7.3 怪人君の夜3
江の島方向へ、歩行者道路のすばな通りを天紫野会長と一緒に歩く。
(さてさて、そろそろオタクの使命を果たしましょうかね)
頃合いを見て、さっそく布教活動に入る。
「あの、天紫野会長。ゲームなんですが……魔法少女が倒されるゲームも良いですが、それとは違う感じの、僕お奨めの名作ゲームがいくつかありまして……良かったら試してみませんか?」
やんわりと問いかける。
好きなモノを布教して同好の士を増やすのは、オタク生活でいくつかある喜びの中の一つである。
「うーーーん、そうね……仕事があってあまり時間は取れないけれど……」
歩きながら、天紫野会長が考える。
「……そう……ね。一本くらいは名作ゲームというモノをプレイしてみるのも、良いかもしれないわね。貴方のお奨めなら」
前向きな返事をいただいた。
「でしたら、まずは…………」
その後、歩きながら、天紫野会長の好みの傾向、使用出来るゲーム機などの話をした。
話し合いの結果、天紫野会長の会社には、昔のOSのPCもあるそうで、古いPCゲーム作品でも大丈夫とのことだった。
ただ、インストールの手間や誤作動を考慮すると、間違いなく動く、携帯型のゲーム機[PSP]のソフトがもっとも適当だとの結論に達した。
「……では、僕の大好きな作品[この青空に約束を]と[さかあがりハリケーン]のPSP版をお貸ししますね」
「分かったわ。楽しみにしてるわね」
[この青空に約束を]は[丸戸史明]神の作品で、[さかあがりハリケーン]は[木緒なち]神の作品だ。
どちらもゲームメーカー[戯画]から発表された、学園モノの名作だ。
ここまで話すと、江の島方面と小田急片瀬江ノ島駅方面との分岐点まで着いた。
角にある、観光案内所の横で立ち止まる。
「あの、この後、バイトの前にですね、お気に入りのイタリア料理店で軽く食事をするつもりなんですが……良かったら一緒にどうですか? 凄く美味しい店なんですよ」
同志候補とゲームの話が弾んだので、思い切って誘ってみる。
「いえ、ありがたいお誘いだけれど、今日は遠慮させてもらうわ。今日だけはどうしても、会社に早く行きたいから」
はっきりと断られた。
ただ、天紫野会長の顔には、しっかりと残念そうな表情が浮かんでいたので、僕は気持ちよく、納得出来た。
「あっ、ですよね。……それじゃあ今日はここで。今度、ゲームを持って来ますので、またその時に」
笑顔で会釈する。
「ええ、その時に。……あと、その……次は美味しいイタリア料理店、一緒に参りましょう。それではまた」
天紫野会長も笑顔で会釈すると、凛と背筋を伸ばして、国道の下を潜る地下道へと降りて行った……
……なんとなく、その歩き姿は、龍巳さんに似ているような気がした……
(それにしても、オタク候補とはいえ、女子をすんなりと食事に誘うだなんて、僕も変わったなぁ……)
イケメンになって自信がついたのか?
それとも朝から色々な女子と話したせいで、女慣れしたのか?
はたまた、青浜さんに断られて開き直ったのか?
どれが要因かは分からないが、たった半日で外見だけではなく、中身まで変化したのは確かだろう。
「気持ちがただのオタクのままじゃ、青浜さんを恋人にすることなんて出来ないからね……」
僕は変わっていかなければ……成長していかなければならない。
フィリッポさんの店へ向かうために、境川にかかる弁天橋を渡る。
「うーーーん……でも、ナポリタン好きだけは、中々変われそうにないなぁ……」
これから食べる絶品ナポリタンに思いを馳せながら、一人苦笑いをして頭をかいた……
……………………
カランコロン……
「はい、らっしゃーい。」
[Orizzonte(水平線)]の扉を開けると、店長のフィリッポさんではなく、若い女性の元気な声で出迎えられた。
見ると、赤いくせ毛の髪をポニーテールにし、目鼻立ちのハッキリした青い瞳の外人のお姉さんが、エプロン姿で立っていた。
(初めて見る人だなぁ……)
外人のお姉さんはスレンダーな体型で、ホットパンツから伸びた足がとても長い。
まるで陸上の走り高跳びの選手のような体型の、スレンダー美人だった。
「お一人様ですかぁー? カウンター席へどうぞー」
明るい声で案内される。
この人は発音がネイティブだし、仕草が日本人のソレなので、どうも外人さんではなくてハーフさんのようだ。
年齢は二十歳前後だろうか?
水平線のように平たい胸の上、エプロンに名札のバッジがついていて、そこには[本所]と書いてあった。
「いつものオリジナルナポリタンを下さい」
カウンター席に座り、目の前のフィリッポさんに告げる。
「ナゼ、ソノメニューを?」
怪訝な顔をされる。
「あっ僕、由比里是陽です。ダイエットして痩せまして」
「ハイぃ~? ナーニヲ、ユーテルン、デスカァ~?」
フィリッポさんは呆れ顔で、両手の平を上に向けるジェスチャーで首を竦める。
(まぁ、そうなるよなぁ……)
面倒だけど、僕が由比里是陽であることを、丁寧に説明した……
………………
「嘘だろ? マジであのエドモンド是陽かよっ!?」
素になったフィリッポさんが、酷く流暢な日本語で聞き返してきた。
「こんなイケメンになるなんて……強力なライバル誕生か……いや、敵に回すより味方にした方が……」
フィリッポさんが、ブツブツ言いながら悩む。
「……あの、フィリッポさん? いつもの片言が消えてますよ?」
外人キャラが台無しですよ?
あと客を、スト2に出てくる相撲レスラー[エドモンド本田]呼ばわりしないで下さい。
「よしっ! 是陽っ! 俺の弟子にしてやるから、今から一緒にナンパに行くぞっ!」
エプロンをバシッと脱いだフィリッポさんが、そう宣言してカウンターを出る。
「種馬fratelli gemelli(双子兄弟)爆誕だっ!」
フィリッポさんが、ばばーーーんっ! とポーズをとった。
「なにが双子だ、中年外国人の癖に図々しい」
綺麗なハーフ美人の本所さんが、お冷を持ってやって来て、注意した。
「おい、おっさん、ちゃんと仕事しないと[踵落とし]で頭割るぞ」
本所さんはお冷を置きながら、クイクイと軽く片足を上げ下げした。
「Ho! la mia cara figlia(親愛なるわが娘よ)! ジョジョジョ、ジョウダンデーースよ? イタリアンジョークデェーースっ!」
片言に戻ったフィリッポさんは、顔を引きつらせながら急いでカウンター内に入り、すぐにナポリタンの調理に取りかかった。
「たく、阿呆が。……お客さんも格好良いからって調子に乗って、あんな万年発情中のクズオヤジみたいになっちゃダメだよー?」
本所さんは歩きながら、気さくな笑顔を僕に向けつつそう言い残すと、別のお客さんの所へ行った。
(うーーーーん……この二人ってただの店長と従業員って感じじゃないよなぁ? ……恋人って感じでもないし、一体、どんな関係なんだろう?)
僕はお冷をちびちび飲み、首を捻りながら不思議な二人を眺めて、ナポリタンが出来上がるのを待った……




