7.1 怪人君の空1
ずーーーーーーん……
昼休み以降、教室に戻っても、蝦蟇石化して負の瘴気を放ち続ける僕に近づく、猛者は誰一人いなかった。
あれだけ騒いだ女子も、敵意に満ちた残念ヤンキー君も、あまりに落ち込んでいる僕の様子に、さすがに空気を読んで遠巻きに眺めるだけだった。
(さすがはみんな日本人だね。唯一空気を読まないのは、マイペースに筋トレを続ける中肉中背だけだよ……)
全ての授業が終わり、ランス先生(担任の大岡一大教諭)のホームルームは華麗にキャンセルされて、本日の日程は終了となった。
放課後になると、青浜さんは女子サッカー部の練習に出るようで、さっさと教室を出て行った。
アレ以来、青浜さんとは一度も目を合わせていない。
龍巳さんは今日はお店の手伝いだろうか?
こちらも早々に、教室を出て行った。
(ハアァ~~~、なんでこうなるかなぁ……)
生徒が徐々(じょじょ)に捌けていく教室で、着席したまま考える。
「国敗れて山河在り、恋破れて夏砂熱し……」
六限は漢詩を習ったのでソレっぽい詩を一人詠んでみる。
(イケメンなら、憧れの二人と上手くやれると楽観視していた、今朝の自分が憎いよ)
大方の女子生徒の態度は180度好転したが、肝心なのは本命の二人だ。
龍巳さんはまったく態度に変化がなく、青浜さんに至っては、態度が180度暗転してしまった。
(ハアァ~~~、青浜さん……)
特に彼女のことが、気になって仕方ない。
いつも屈託のない笑顔を向けてくれたあの人に冷たくされると、こんなにも寂しくて悲しい気持ちなるものなのか。
今日の一連の出来事を思い出すと、切なくてギュッと胸が締めつけられる。
(やっぱり僕は、青浜さんのことが、本当に好きなんだなぁ……)
昼、背中を追いかけている時にも強く思った。
僕はこの人が好きなのだと。
多分、龍巳さんへの気持ちは憧れで、青浜さんへの気持ちが恋なのだろう。
(でも、それに気がついたところで、もう遅いよなぁ……)
オタで恋愛経験値の低い僕には、ここからどう挽回していけば良いのかサッパリ分からなかった。
(果たしてここから、青浜さんと恋人になれるルートは存在するのかなぁ? そんなの最初からないのかもしれない……)
……もう諦めるべきなのかもしれない……
「同志よ……」
ふと声がしたので見上げると、窓から射し込む日差しを受けた逆光の中、椎名君が背中を向けて立っていた。
「何を一人で落ち込んでいる。つらいこと、悲しいことがあったのなら俺たち親友を頼ってくれ。力になるぞ……バックサイドダブルバイセップス!」
ただの中肉中背は、背中を向けたポーズジングのまま、顔だけ振り向いて、慈愛に満ちた表情で微笑んだ。
「そうで御座る。困りごとがあるなら、拙者共が力になるので、元気を出すで御座るよ」
教室の窓が創り出す光と影のストライプの中、一宮君もさかき傘(愛用の折り畳み傘の名前)を八双に構えて、微笑みかけてくれた。
「……うん、ありがとう……」
(あぁ、こんな時に励ましに来てくれる……友達って良いなぁ……)
僕はその頼もしい親友二人の姿を、ねっとりと眺め続けた。
つらく悲しい気持ちが次第に和らぐ……
ニヤ……
にや……
その刹那の一瞬間、友人二人の口元が微かに吊り上るのが見えたっ!
「うむ。屋上で青浜嬢に振られたことはもう忘れて元気を出せ。なに、同志由比里にはまだラブラブの芹園嬢がいるじゃないか……フロントダブルバイセップス!」
正面を向き、ポーズジングをとった椎名君が、イヤラシイ笑顔を浮かべて励ましてきた。
「なああぁぁあぁ!? なんでそれを知ってるのっ!?」
驚き、イヤラシイ笑顔を浮かべた二人を交互に見る。
「いや先ほど、こちらも様子のおかしい青浜殿が、なにやら由比里殿に立腹されてたので、思い切って訊ねたら簡単なあらましを教えて下さってな、拙者共を含めた5人でなら行きたかったのに、と洩らされて御座ったぞ」
一宮君の説明に椎名君がウンウンと頷く。
すっかり生徒が少なくなった教室で僕は二人を見つめ、アングリと口を開けたまま呆ける。
僕の顔に光と影のストライプとやらが当たり、変なコントラストを創る。
「しかしまぁ……いやはや、何とも水臭いと申すか、酷い抜けがけと申すか……」
「だがまあ、俺達は寛大だからな、今回の同志の暴挙を全く気にしてはいないぞ? それだけのイケメンになったのだ、リア充へ走る気持ちも分からんでもないしな」
「で御座るな。恋人をお望みなら、次は芹園殿を誘うのが良いのでは御座らんか? あいや、もちろんその時は拙者共に気遣いなくお二人でどうぞ」
ニヤ……
にや……
友人二人の口元が、さらに吊り上る。
「ぐぬぬぬぬぬぬ……」
(なんてことだっ、この二人にバレてたなんてっ。二人が妨害に回ったら、僕は本当に芹園さんルートに入って、青浜さんとのトゥルーエンドを逃してしまうだろう)
ギャルゲー的にいえば僕はルート分岐の選択肢をすでに間違えて、取り返しのつかない地点まで来てしまったということなのか?
……やはり諦めるしかないか……力なく目を閉じる……
……と、脳裏に青浜さんの疾走する姿が浮かんだ。
バンッ!
(いやっ、これはゲームじゃないっ! 僕の人生だっ!)
机を叩き、椅子を蹴って立ち上がる。
(初日で諦めてどうするよっ! 青浜さんだってちょっと誤解しただけだ、まだまだ挽回のチャンスはあるはずだよっ!)
リアルはゲームみたいに[結末が決まったルート]なんて存在しないんだ。
僕の前には、常に未来を変えるチャンスもピンチも転がっているのだ。
(とにかく、青浜さんの[節操なしに女子を狙っている]との誤解を解くことから始めよう)
一生に一度の三ヶ月だけのチャンスタイムなんだ、後で後悔しないようにやれるだけやってみるんだっ。
そして、いつか必ず、あの背中に追いついて抱き締めてみせるっ!
「待っていてねっ! マイ・ハニー!!」
とうとう、三人だけになった教室で決意を固めて、拳を天に突き上げる。
「むむっ!?」
「チッ……」
元気を取り戻した僕を見て、友人二人の口元が下がった……
…………
ブルルルルルル……
ふいに、制服の中のスマホが震えた。
反射的にポケットに手を入れて取り出そうとしていると、そばで椎名君、一宮君も同じようにスマホを取り出していた。
スマホを操作してメッセージを確認する……内容は[有限会社お土産べんてんてん]から緊急シフト要請だった。
「お土産べんてんてんからの緊急シフト要請ぇ~? 17:30までに来てくれって……」
椎名君が怪訝な声を上げてこちらを見る。
三人で顔を見合わせて肩を竦めた。
どうも三人に同じ内容のメッセージが届いたようだ。
[有限会社お土産べんてんてん]……もちろん、これはBIPのダミー会社だが、記憶を失っている二人には、ただのお土産工場と認識されているはずだ。
「あの小さな工場から緊急のシフト要請とは……しかも特別手当まで出すと書いてるで御座るよ。こんなことは初めてで御座るなぁ」
「ふむ。タコせんべいの大量発注でもあったのかな? まあ、金になるなら出てやるか……」
二人は呆れたような口調で、暢気に話し合う。
ブルルルルルル……
そこでさらに、僕のスマホだけ、再度震えた。
そのまま確認する。
(あっ! 今度はDr.ヘッドランドからだ……)
差出人はDr.Hで、メッセージの内容は[これは緊急召集だ。怪人のお前に拒否権はない。来なければお前の股間の触手をもぐ]とのことだった。
スマホの次に僕がブルルと震えた。
もちろん、去勢宣言も恐怖だが、それより緊急召集ってことは、おそらく僕に戦闘させるつもりなのだろう。
そこに強い恐怖を覚え、震えた。
(訓練なしに、いきなり魔法少女と戦うのかな? まずは精密検査だって言ってたのに……)
油断という訳ではないが、戦闘はまだ先のことだと高を括っていたので、狼狽てしまう。
「……っと、拙者共は出勤すると返事したで御座るが、由比里殿は如何になさる?」
スマホを手に佇んでいた僕に一宮君が聞いてくる。
「……………………無論、出るよ」
そう、僕に拒否権はないのだから出るしかない。
(それになにより、整形代を稼がなくてはいけないし、戦闘で大活躍したら三ヶ月後も注射を打ってくれる確率も高まる……怖くても青浜さんとの薔薇色の未来のために魔法少女と戦わなくてはっ!)
腹をくくり、気持ちを引き締めて、Dr.ヘッドランドに了解の旨を返信する。
「…………じゃあ、行こうか?」
(頑張って魔法少女を倒してくるね、青浜さん……)
僕は決意を胸に秘め、力強い足取りで教室を出た……




