6.4 BRAND NEW DAY GIRL4
ちょっとだけ、登場人物紹介
青浜夏音 マルチロールファイター。
元々、身体能力が高かったが、最近、さらに上がったとの噂。
時々、[なに]を[あに]と発音する癖をもつ。
「どこだ?」
姿を探すと、廊下のずっと遠くに、ショートカットの女生徒の背中が見えた。
「うっ、相変わらず動きが早い」
背中に向かってかけ出す。
ギュン!
(うおっ!? 速いっ!? 身体が軽すぎるっ!)
走り出したら、怪人の身体能力の高さに、思わず驚かされた。
(自分で言うのもなんだが、正にバケモノじみた身体だっ!)
頭がついていかずに戸惑い、一瞬、足を緩める。
タタタ……タ……タ……
が、怪人化細胞の本能が働いたのか、すぐにスピードに慣れ始めた。
ギュン!
また、加速する。
肥満だった頃なら、常に移動速度が速い青浜さんには追いつけないが、今はこの身体なのでグングンと背中が近づく。
タッタッタッタッタッタッ……
20メートルほどまで近づくと、足音に気がついた青浜さんがクルリと振り向いた。
そのままジッと僕を見る。
僕はスローダウンして、無理やりイケメン風の笑顔を作り、爽やかに手を振る……
すると青浜さんは、ベェっと小さく舌を出した。
ダダダッ!
突然、踵を返した青浜さんが、なぜか脱兎の如く、かけ出した。
「えっ!? えっ!? えっ!?」
僕が唖然として戸惑っている間に、青浜さんはトップスピードにのってグングンと離れて行く。
「ちょっ!? 青浜さんっ、待ってっ!」
なんだか、よく分からない
(なんで走り出したんだろう???)
でも、これがギャルゲーなら[追いかけるOr追いかけない]と、選択肢が出る場面だろう。
そして、十中八九、追いかけるが正解で、そのルートの先でCG絵を回収出来るのが、鉄板だ。
(よしっ! よく分からないけれど、追いかけてみようっ!)
心の選択肢で[追いかける]を選んだ僕は、走り出す。
この身体能力で全力疾走をすると、人類の限界速度まで達しそうなので、他生徒から奇異に写らないように、八割程度の力に抑えて追いかける。
それでも、周りの生徒が何事か? と振り返った。
タタタタタタタタタタタタッ……
(うおぅ!? 信じられないっ!? なんて速さだっ!? 差が少しずつしか縮まらないっ!)
追いかける始めると、青浜さんの足の速さに驚かされた。
僕は八割の力とはいえ、それでも陸上部のエースクラスのスピードは、出ているはずだ。
(ここまで身体能力が高かったのかっ!? さすがはマルチロールファイター[青ズゴック浜]だ)
軽くスカートが跳ね上がり、健康的なスラリとした脚が、規則正しい回転で床を蹴り続ける。
しっとりと薄暗い校舎一階の廊下に、窓から初夏の日差しの照り返しが入り込み、床に断続的で不規則な光と影のストライプを作っている。
その中を、制服の青浜さんが軽やかに、しなやかに疾走する。
一瞬で、光と影を飛び越して行く後姿は、幻想的な美しさに満ちていて、僕は走りながら、白昼夢を見るように、うっとりと眺め続けた。
(ああ、綺麗だなぁ。出来ることなら、追いついて、後ろから抱き締めたい……)
なんで、こんな追いかけっこをしているのか分からないが、夢中で背中を見つめ、追う。
キュキュ!
青浜さんが軽やかに上履きを鳴らして、廊下を曲がった。
続けて僕も曲がる。
そこは階段で、青浜さんはしなやかに、ピョンピョンと飛び跳ねるように何段も跳ばして上って行く。
チラリと見えた、日焼けした太ももが眩しかった。
二階、三階とかけ上がると、この体でもさすがに少し、息が切れてくる。
「はぁハァ・青浜さんっ、なっ、なんで逃げるのっ!?」
だいぶ近くなった背中に声をかける。
「ぶぶっははっ! はぁハァ……いやいやっ、普通っ・変な男に追い回されたらっ、逃げるだろっ!? ぶっ・はっはっはっはっ……はぁハァ……」
青浜さんは、階段をかけ上がりながら笑っている。
どうも、からかわれているらしい。
タンッ! タンッ! タンッ! タタッ……キュキュ!
「ゴーーーーーールッ!! 一着っ、青浜選手っ!! はぁハァ……」
屋上の入り口、踊り場までかけ上がった青浜さんが、勝利のグリコポーズをとった。
タンッ! タンッ! キュッ!
「あっはっはっはっ、最下位は由比里改め、無闇に女を追い回す変質者選手でしたぁーーー……はぁハァ……」
青浜さんは、続いて到着した僕に、無体なコメントをつける。
「はぁハァ……いや、追いかけたのは青浜さんが逃げたからで……変質者は酷いよ……ハァ……」
軽く息を切らしながら、軽く抗議する。
「くくくくくっ、青浜さぁ~ん、なんで逃げるのぉ~……だってっ! ぶあっはっはっはっはっ!」
僕の声マネをして、お腹を抱えて笑う。
「……はあぁぁ、面白かったっ。……走ったらあっちくなったなぁ! 風に当たろうっ」
バッタム! ギキィィィーーー……
僕の抗議を完全スルーした青浜さんは、ドアを開けて屋上に出てしまう。
僕も後を追って、閉まりかけた金属製の重いドアを押さえて屋上に出る。
ちなみに、僕の身体は、すでに完全回復していて、もう、息一つも切れていなかった。
屋上は海からの強い風が吹き抜けているが、その潮風は生暖かくて、あまり心地良くはなかった。
青浜さんはのんびりとフェンス際まで行くと、網状のフェンスをガシャン! と片手で掴んで、海の方角を眺めた。
「はぁぁあぁぁ、由比里のせいで喉が渇いた……。ふぅ~……暑いしジュース……いや、アイスでも食べたいな……」
ショートカットの髪を潮風で揺らし、青浜さんは外を見ながら呟いた。
「いや、僕のせいって……でも、確かにアイスでも食べたくなるね……」
数歩離れた後ろで、サラサラと風で動く短い髪を眺めながら同意する。
(あっ! 話しの流れ的にも、ここでアイスの買い食いに誘うのは自然じゃないのかなっ!?)
かなりナイスタイミングだと思う。
「こっ、こんな時はさっ、江ノ島にある紀の國屋本店のアイス最中でも食べたくなる……よね?」
走ってリラックスしたのか、前回より断然、口が動く。
「……そうだっ! よっ、良かったら放課後、アイス最中を食べに行かない?」
「ん? 今じゃなく、放課後の話……」
背中を向けていた青浜さんがクルリと振り向く。
「……あっ! もちろん、僕が奢るからっ。この前、バイト代が入ってね、それで青浜さんには日頃お世話になってるから……」
「む。何で急に由比里に奢ってもらう必要があるんだよ?」
青浜さんが、少し突っかかるように指摘する。
「それに二人でってことか? ……ちょっと、変な下心でもありそうな……」
否定的な言葉にさめた表情。
今にも断られそうな雰囲気に狼狽て、焦る。
そこで前もって考えていた、一石二鳥の改善案を出すことにした。
「ああぁっ、あのっ! 二人が嫌なら龍巳さんも誘って三人で一緒にっ……」
「む。あんだよ、あたしじゃないんだ。……そうか、桜花狙いであたしをダシに使いたいってことだな」
大きな瞳を険しく細めて、ジト目で僕を見つめた。
「えっ!? いやっ! ダシとかじゃ……」
「ふうん、由比里は芹園だけじゃなくて、桜花まで狙ってるのかよ。イケメンになったとたん、ずいぶんと見境なしなんだな」
なにか、とんでもない誤解を受けてしまったようだ。
「えええっ!? ちがっ! 誤解だよっ! 芹園さんなんて狙ってないしっ、僕はそんな下心は……」
慌てて否定する。
「はいはい、もう良いよ。由比里にはガッカリした」
青浜さんが肩をすくめる。
「あたし、そういうのは御免だ。それに、親友の桜花を、いい加減な男の手に渡すつもりもないから、もう追い回すのは止めてくれ」
聞く耳を持たないと言った感じで言いつつ、ツカツカツカと僕の横を通り過ぎる。
バッタム! ギキィィーー……バダンッ!
青浜さんは、止める間もなく、ドアを開けて行ってしまった……
「あっ………………………………」
完全な拒絶に、もはや足が動かず、ただ、閉じた重いドアを見つめる。
「……青浜……さん……」
そして僕はそのまま、江ノ島の蝦蟇石のように固まり、しばらく屋上でポツネンと佇んだ……
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