2.12 遥か国神の島12
僕は偽装の出入り口から外に出る。
路地を歩き弁財天仲見世通りへ。
この辺りのお店はほとんどが六時前に閉まるし、頂上のサムエル・コッキング苑は八時までなので、通りの人気は途絶えている。
静かな弁財天仲見世通りを、のんびりと下る。
「あれ?」
青銅の鳥居を潜ると、その違和感に気がつく。
「……記憶が……消えないぞ?」
いつもは、青銅の鳥居を潜ると機密保持の怪電波で、BIPの記憶が一時的に消え、ボンヤリと[今日も蛸せんべいを作っていた気がするなぁ]と、記憶が曖昧になる。
なのに、今回は覚えたままだ。
「……壊れたのかな?」
BIP戦闘員の自覚を持ったまま、夜の青銅の鳥居を見上げる。
「Dr.ヘッドランドも大変だなぁ……」
Dr.ヘッドランドは、機械技術系の責任者でもあったはずだ。
青銅の鳥居も、あの人の管轄だろう。
「触手細胞は失敗するし、鳥居は壊れるしで、踏んだり蹴ったりだよね……」
ちょっと申し訳ない気持ちになるが、僕にはどうすることも出来ない。
テクテクと夜風が冷たい江ノ島弁天橋を渡る……
「ふう……」
風が冷たいのに、妙に汗をかき始めた。
「……また、太ったのかな?」
ハンカチを取り出して、汗を拭う。
ついでに、眼鏡も拭こう……
「あれれ? 僕、眼鏡かけ忘れてた……」
顔を触って初めて、自分が眼鏡をかけてないことに気がつく。
同時に、別の違和感にも気がついた。
「……おかしいな……眼鏡をかけてないのに、ぼやけずに普通に見えるぞ……」
歩きながらキョロキョロと、辺りを見渡す。
右側の暗い海に浮かぶ、腰越小動岬の防波堤の影まで良く見える。
「……視力が良くなってる? ……そんなことってあるの?」
どうして急に?
いつから治った?
あれ? Dr.の研究室でも見えてた?
いや? あれれ?
そんなことを考えて、首をひねりつつ橋を渡り切りる。
すばな通りを江ノ電江ノ島駅に向かって歩く。
途中でどんどんと、汗が滴り落ち始め、ハンカチがぐっしょりと重く、湿る。
「あ……れれ?」
なんだか少し、体がだるくなってきた。
「……疲れたのかな? それとも夏風邪?」
汗を拭き拭き、江ノ島駅に入る。
すぐにやって来た江ノ電に乗り、自宅がある鵠沼駅に向かう。
が、電車に揺られているうちに、段々とだるさと眠気が強くなる。
しかも汗が止まらない。
6、7分で鵠沼駅に着き自宅に向かう……
少し足取りまで、重くなってきた……
「ただいま~~」
幸い、自宅は駅から近いので、すぐに着いた。
玄関を開けて居間へ行くと、家族がいた。
ウチは両親と、僕と妹の四人暮らしだ。
ギャルゲーによくある設定[親が海外出張中で主人公は一人暮らし]なんてことはない。
両親は健在で、父さんは自宅から出勤している。
兄を激しく気持ち悪がる妹も、ちゃんと家から学校に通っている。
「うわっ、キモ兄ぃ、豚汁が凄いっ!? キモいっ! 逝なすわよっ!」
ソファーで転がっていた妹の檸檬が、僕を見て罵倒してくる。
「兄の汗を、豚汁と呼ぶな~~……」
何だかちょっと、美味しそうじゃないか。
だるいし、檸檬の罵倒はいつものことなので、軽く、力なく抗議する。
一つ年下の檸檬は、僕と違って中々頭が良くて、現在、鎌倉にある進学校に通っている。
この妹は顔も可愛いし、抜群に外面は良いのだが、本性を現す自宅内では、とても凶暴で口が悪いのだ。
「はぁ!? 口答えすんなっ、キモ兄ぃ」
「ああああぁっ!? 床に豚汁がボタボタ落ちてるっ!? あっちいけっ! 逝ねっ!」
早口でキャンキャンと怒鳴られる。
父さんと母さんは、妹の僕への罵倒をいつものことと受け止めているので、咎め(とが)たりはしない。
あと、僕が眼鏡をかけてないことも、誰も気にしてない。
檸檬が拳を固めて睨んでくる……
と、ふと檸檬の腕時計に、目が留まった。
まっ黄色の、やたらゴツい腕時計で、正直、女の子が好んでつけるタイプではない。
なのに、少し前から家でも、常に身につけているのだ。
「……最近、その時計、気に入ってるなぁ~。……新手のGショック?」
「違うし、あげないわよ。あと逝なす」
さらに鋭い目つきで、睨んでくる。
ここは檸檬の手が出る前に、退散した方が良いだろう……
僕は力なく居間を出て、二階の自室に向かう。
「ふうぅぅ~~~……」
制服だけ脱いで、タオルで汗を拭き、シャツとトランクスのままで、ベットに転がる。
「だるいから風呂はいいか……賄い食べて、あまりお腹は減ってないし、このまま寝ちゃお……」
のそのそとタオルケットを体に被せる……
すると間髪入れずに、眠りに落ちた……
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