31.8 Moon Light Lover8
ちゅるるるぅぅ~~
チュルルルゥゥ~~
飲み物の残りを、ストローで飲み干す――
「――うし、行こう」
青浜さんは少しせっかちにそう言うと、座った姿勢のまま、素早く小上がりの端まで行き、靴を履いた。
僕はアイスコーヒーの後に、お冷の残りも一気飲みして、青浜さんの後に続く。
「ほのかさーーんっ、お愛想お願いぃぃーーっ」
青浜さんが財布を出しつつ、厨房に呼びかけた。
「――あっ、は~~~~い。今、行きまぁぁ~~すぅ」
すぐに厨房から、返事が返ってくる。
「あっ! 青浜さん。ここは僕が奢るよ。そういう約束で来たんだし」
お財布を持って、払う気満々でレジに向かう青浜さんの背中に、呼びかける。
「ん? そうだっけ? まぁ、別に割り勘で良いんじゃないの?」
パタパタパタ……
スリッパの音をさせて、ほのかさんがやって来た。
ピタリ
が、レジに回ることなく、僕らのそばで立ち止まった。
「あのねぇ~、二人のお会計はさっき、高次さんと杜若さんが、一緒に払ってくれたのよぅぅ~」
「杜若さんが二人の制服を見て、自分たちの高校の後輩だからってさ。高次さんも、夏音ちゃんとその彼氏だからって言って、二人で払ってくれたのよぅ~?」
「ほへ?」
「え?」
驚き、財布を持ったまま、青浜さんと顔を見合わせる。
「……う~~ん。まぁ、おっちゃんにはあたしがお礼を言っとくよ。イケメンのにーちゃんの方は……。知らん」
青浜さんは軽く悩んだ後、そう僕に告げた。
「……後、おっちゃんにはアレは彼氏じゃないって、伝えておく……」
青浜さんは少し頬を赤くして、そうつけ足した。
「はいは~い。由比里君はまだ彼氏じゃないのねぇ~。ふふふふふっ」
ほのかさんが、悪戯っぽく笑う。
「違っ!? ぐぬぬぬぅ……。ほのかさんっ、ご馳走様っ!! 行くぞっ、由比里っ!!」
いったん否定しかけた青浜さんだが、上手く言葉が見つからなかったのか、それ以上の反論を諦めたようだ。
引き戸に手をかけて、帰ろうとする――
「ふふふっ、ありがとうございま――、……あらあらぁ~? 夏っ君、忘れ物よぉ~」
ほのかさんが、小上がりに置きっ放しになっていた、ビニール袋を目敏く見つける。
パタパタパタ
素早く取りに行ったほのかさんは、スリッパを履いたまま、立て膝で、小上がりに乗った。
そのまま、スルスルと壁際まで行って、ビニール袋を覗き込んだ。
「あらあらぁ~、美味しそうな桃ねぇ~。いいわねぇ~~」
ほのかさんが、喜色を含んだ呑気な声を上げた。
「あ、もらった桃、忘れてた」
「あ、意富加牟豆美命を忘れてたね」
また、青浜さんと顔を見合わせる。
(注 意富加牟豆美命とは、古事記で桃に与えられた神名です。つまり、是陽君のつまらない古典冗談です)
「……なあ? アレ、ほのかさんにあげていいか? 遅い時間に入れてくれたお礼にさ」
青浜さんが提案してきた。
「うん、良い考えだと思うよ。元々、もらい物だし」
「ん。ほのかさん、良かったソレもらってよ」
ビニール袋を手に戻って来たほのかさんに、青浜さんが告げる。
「あらぁ~? 良いのぉ~?」
「うん。遅い時間に来ちゃったし、迷惑料だよ。なっ?」
「はい、ソレは元々、僕が何となく受け取っちゃったもらい物なんで、美味しいお好み焼きのお礼ってことで、どうぞ」
「あたしがさっき、由比里からもらったんだけどさ、ウチは桃の皮を剥いて食べるような殊勝な人間はいないからさ、どうしようかなぁ~? って思ってたんだわ」
「そうぅ? それじゃあ、頂いちゃうわぁ~。私、桃が大好物なのよぉ~。嬉しいわぁ~。ありがとうぅ~」
ほのかさんが微笑んで、ビニール袋を抱えた。
カラカラカラカラ
それに僕らは微笑で返事を返すと、引き戸を開けて外に出た。
「「ご馳走様でしたーー」」
「はぁ~~い、ありがとうございましたぁぁ~~」
カラカラカラ……パタン
引き戸を閉め、商店街の通りを向く。
ガタンッ トトンッ ガタンッ コトン……
すると丁度、藤沢行きの江ノ電がやって来て、目の前をゴトゴトと通り過ぎて行った……
さらさらさら……
夜の涼しい潮風も、江ノ電と共に通りを抜けていく。
二人でなんとなく、腰越商店街に光を振り撒く江ノ電の、後姿を見送る――
「――じゃ、あたしはもう帰るな。また来週」
青浜さんは、江ノ電が少し先の、龍口寺前交差点を曲がるのを見届けてから、そう言った。
「あっ、遅いから家まで送るよ」
「いや、すぐそこだからいいよっ。ここから走れば10秒だ」
すたすたすた……
青浜さんは一人、近くの細い路地に向かう。
たたたたっ……
僕は小走りでその背中を追い、声をかける。
「あのっ! また一緒に、食事しようねっ」
「んー。……まぁ、機会があったらなっ」
チラリ
青浜さんは素っ気なく言うと、振り向いた。
瞬間、大きな瞳が、僕をしっかりと捉えた。
シュタッ
「じゃ、またな」
ふわりと黒髪のショートカットを翻した青浜さんは、後ろ手を軽く挙げる。
ダタッ
そのまま振り返らず、走り出した。
「あっ! おやすみっ、青浜さんっ。また月曜日に――」
一瞬で加速した青浜さんは、あっと言う間に路地の奥に消え、僕の言葉は途中で、腰越の夜空に吸い込まれた……
【挿絵 夜の腰越(住宅地)】
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その帰り、僕は江ノ電の中で一人、本日の大躍進を脳内で反芻して、密かにガッツポーズを取った。
薔薇色の未来――いや、薔薇色かつ、桃色の未来がきっと来る。
その夜の僕は、そう信じて疑うことを知らなかった……
ちなみに、家に帰ると、すかさず妹の檸檬の奇襲攻撃があったが、華麗に避けて、自室に退避した。
ふふっ、檸檬君よ、もう昔のおデブで、すっトロい兄ではないのだよ。
ぷくぷく。
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土曜日の午前中
勤務時間よりだいぶ前に、B.I.P.の地下アジトにある[怪人ナポリタン専用部屋(四畳半)]に入る。
椎名君と一宮君もすぐにやってきたので、ちゃぶ台でお茶を飲みつつ、僕が持ち込んだノートPC(愛称 下倉バイオ)の画面を覗き込む。
……いや、椎名君のみ、プロテインを飲みつつ、腕立て伏せをしながら、覗き込む。
当然、僕は怪人ナポリタンの姿で、二人は戦闘員の格好をしている。
椎名君は以前に怒られてから、戦闘員姿になる時は、普段手足に付けた20キロの重りは外す。
なので、今はとても、体が軽く感じるそうだ。
もちろん筋トレは、パワースーツを起動させない状態で、おこなっている。
ノートPC(愛称 下倉バイオ)で起動しているのは、昨日、藤沢で買ったゲームだ。
洋服を買う途中、ついこのゲームを買ってしまったことを二人に伝え、アレコレ言い合いながらプレイする。
久々のオタトークに、花が咲く。
……いや、椎名君は腹筋を鍛えながら、花を咲かせた。
むろん、藤沢で青浜さんにエンカウントして、一緒にお好み焼きを食べたことは、友人二人に伝えていない。
じりりりりりんっ!
しばらくすると、黒電話が鳴る。
電話の相手はDr.ヘッドランドで、三人で個人研究室へ来るよう、命令された。
僕は[恩師へのお土産]を、中身が見えない黒いビニール袋に丁寧に包んで、それを手に個人研究室へ向かう。
僕の企みを知っている友人二人は、クスクスと忍び笑いを洩らしながら、ついて来た……
第31章「総統とイタリア怪人が愛した杜若」終了
第32章は「新装備慣熟と新能力」(6話)
エピソードタイトルは「神さまからの贈り物」になります。
―――――――【祝150話、節目の予告】――――――
このあと、訓練と第2回目の戦闘があり、戦闘の終結をもって、第2部完結となります。
180話……もしかしたら、190話あたりでの、第2部完結を予定しております。
第1部は、第1回目の戦闘終結まで
第2部は、第2回目の戦闘終結まで
ここまでが、序盤です。
第3部は、第3回目の戦闘終結まで
第4部は……とある騒動まで
ここまでが、中盤です。
数話のエピソード0を挟み
第5部は……
第6部は、色々あってからのエンディングとなります。
お楽しみにっ☆




