31.5 Moon Light Lover5
「がるるぅ」
青浜さんは未だに、ヘラを構えてクマぽっちゃんを威嚇し続けている。
「まあまあ。それよりほら、焼けたっぽいよ?」
僕も閑話放題し、クマを畳に投げ転がして、お好み焼きを指差す。
(注 閑話放題という四字熟語はありません)
「お白洲のお裁きをお願いします[焼き奉行]様」
奉行所の[お白洲]と魚の[シラス]をかけてそう言いつつ、深く頭を下げる。
「うむ、任されよ」
青浜さんはすぐにノってくれて、鷹揚に頷いてから、お好み焼きに向き合った。
「まずはっ、小鉢のシラスをドンッ! だっ」
青浜さんは二つのシラス入り小鉢のうち、一つの小鉢を持って、二つのお好み焼きの上に、半々をぶちまけた。
そして両手にヘラを持つと――
「そりゃ!」
くるりんっ!
「ていっ!」
くるりんっ!
可愛い掛け声と共に、二つのお好み焼きを、綺麗に引っくり返してみせた。
パチパチパチ!
「おおっ、お奉行様っ、お見事っ!」
拍手する。
「はっはっはっ、これにて一件落着っ!」
青浜さんは、ヘラを持って胸を張り、拍手に応えた。
すると、夏服の制服の薄い生地を、胸が形良く押し上げる。
パチパチパチパチパチパチ!!
「おぉ! 素晴らしい」
焼きお奉行様の胸を凝視しながら、追加で拍手する。
「よしっ、もう一つも焼いちゃうなっ!」
青浜さんが、小海老チーズ餅明太のお椀を掴む。
「お願いします[町奉行]ならぬ[火付け盗賊改め方]ならぬ[火加減 焼き加減 改め方]様」
そう言って、大袈裟に頭を下げる。
「あにそれ? ツナ追加する?」
今度は、物凄く冷たく返してきた。
どうも、この無駄にひねった冗談は、通じなかったようだ。
チャカチャカチャカチャカ……
青浜さんは手際良く一部のチーズをお皿に避けて、小海老チーズ餅明太を混ぜる。
「豚玉の豚肉はどうする?」
「あ、ひっくり返す前に乗せる感じでお願い」
「あいよっ」
青浜さんはそう景気良く返事をすると、生の豚肉をお皿に避けた。
チャカチャカチャカチャカ……
そして、なぜかツナ入りになってしまった豚玉の生地を、手早く掻き混ぜる。
ジュジュゥゥ~~
そのまま豚玉、小海老チーズ餅明太と、続けて鉄板に生地を流し込み、綺麗に円く形を整えた。
「ほほぅ、本当に見事だね。青浜さんは相当、料理に慣れているんだね」
見事な手際に感心して、素直にそう感想を述べる。
「う。……ま、まーーな。他の料理も、お好み焼きと同じようなもんだからな。……たぶん」
照れているのか、なぜか歯切れ悪く、そう答えた。
「さってとっ。こっちはもう、いけそうだなっ」
先行して焼かれた、二つの[シラスとアサリのミックス]を見てそう言う。
べたたぁーー
「焼けてきたら、まずはソースを塗ってぇ――」
べたたたぁーー
青浜さんはハケを使って、二つの[シラスとアサリのミックス]にソースを塗る。
「その上に、小鉢のシラスを乗せる」
残してあったもう一つの小鉢のシラスを、二つの[シラスとアサリのミックス]の上に、均等に乗せていく。
ビュルルルー
「そこにマヨを、景気良く飛ばすっ!」
ビュルルルルー
青浜さんはマヨネーズを掴むと、勢いよくマヨネーズを飛ばして、綺麗な編み目を描く。
それはどこか、数日前のジェラートショットを彷彿とさせていて、思わずシャイニング・ブルーの素晴らしいおっぱいの感触を、思い出してしまった。
(ブルーのおっぱい……良い感触だったなぁ……)
脳が、ピンク色に染まりかける――
(――って、いかん、いかん。好きな人の前で、他の女性の胸の感触を思い出すなんて、最低だっ)
すぐに反省して、ブルーのおっぱいの感触を、頭から振り払う。
ばささぁ
「そして、すかさず鰹節をでりゃあっ! と、ぶちまけてぇぇぇ――」
ばさささぁ
青浜さんは、摘んだ鰹節を、マヨの上に大胆に撒き散らす。
「で、最後にこれでもかっ! と、言わんばかりに青海苔をか……」
青浜さんは、青海苔の入った缶を大きく振りかぶった……
ピタリ
が、急にそこで止まってしまった。
「へ? 青海苔をか?」
「……青海苔をかけても、かけなくても良い。今日のあたしは、かけない気分だ」
そう言って、振りかぶった手をストンと下ろし、僕に青海苔の缶を渡してきた。
「へっ? ……じゃあ、僕も青海苔はいいや」
僕も、焼き奉行様の気分に従うことにした。
【挿絵 シラスとアサリのミックス】
「おしっ。後は自分で、好きに切り分けて食べなっ」
ヘラと取り皿を、一つずつ渡された。
青浜さんはくりんっ、くりんっ、と、黒髪を耳にかける。
「じゃ、いただきまーーすっ」
ぱちんっ
豪快に割り箸を割り、手を合わせた。
「いただきまーす」
僕も早速、取り皿にお好み焼きを取って、箸を割る。
お腹はかなり減っているので、熱いのを承知でかぶりつく。
ハフハフ はふはふ
口内の熱を逃がしながら、食べる。
――美味いっ。
焼いたシラスも、釜揚げのままの[あとのせ]シラスも、味がちゃんと感じられた。
皿から顔を上げて、青浜さんを見る。
お好み焼きを食べる青浜さんは、日焼けした頬っぺたが、リスのようにモコモコと膨らんでいて、可愛いらしかった。
ハフハフ はふはふ
「……美味しいね」
はふはふ ハフハフ
「……だろ? この店は外れがないからなっ。全部美味いっ。もんじゃも、焼きそばも美味いんだっ」
ハフハフ はふはふ
「へえぇ、それはいいね……」
それからは、二人して空腹だったせいか、しばらく黙々と食べ続けた――
「――うわあぁぁあぁぁんんん~~!!、カオリちゃあぁぁあん~~!!」
突然、へなちょこな生き物の鳴き声が、店内に響いた。
奥の席の二人に、耳を傾ける。
「――まだまだ、お相手探しは早いって言ってるのにさぁ~。あの[鬼ババア]が強引にさぁ~、カオリちゃんに組織を任せちゃうんだもんなぁ~。相っっっ変わらずぅ、息子の言うことなんて聞きぁぁぁしないんだっ!! あの[鬼ババア]はっ!!」
「――おいっ、ソレ、聞かれ、たら、お前、殺される、ぞっ!」
「――大丈夫ですぅぅ~。あの[紫鬼様]は一年も前にぃぃ~、鎌倉の[赤狐様]とぉぉ~、世界一周旅行に出かけましたぁぁ~~。戻って来るのは、早くても来年ですぅぅ~~。聞かれるわけがっ、無いぃぃつ~~の」
「――馬鹿っ。それでも、お耳に、入れて、しまうのが、菖蒲院様、だろ?」
「――うぐっ!? ……まっ、まあっ、母上殿のことは置いておいてさっ! 高次もさすがに、カオリちゃんにはまだ早いと思わないかっ!?」
「――いや、お前の、時みたいに、すぐには、見つから、ない、だろ? おそらく、何年も……、いや、何十年も、先になる、かも、だろ?」
「――いやいや、それが最近さぁ~、何かお気に入りなのが見つかったポイんだよなぁ~~。このボクちんより凄いかも~~って、噂のヤツが現れちゃってさぁぁ~~。何か光瑠ちゃんの話では、そいつにすっかり御執心だとかなんとかって……」
「――ああ、アレか。まぁ、アレは、確かに、凄い、けどな」
「――今日の夕方なんてさぁ~、いつものようにゆっくりと親子の語らいをしようって誘ったのにさぁ~、[日曜日の作戦立案と準備で忙しい]って断られたんだぞっっ!! 今までこんなこと、なかったんだぞぉぉぉぉーーー!!!」
「――おいっ、俺は、もう、関わらない、取り決め、とはいえ、その情報を、俺に、教える、か?」
ジロリ
急に龍巳さんのお父さんが、周りをけん制するように、僕らしかいない店内を、一睨みした。
食べながら、何気なく会話する二人を見ていた僕は、怖くて、慌てて目を逸らす。
一枚目のお好み焼きが、だいぶ消費された……
第31章「総統とイタリア怪人が愛した杜若」
終了まで、あと3話




