31.3 Moon Light Lover3
「それじゃあ、ごゆっくりぃ~」
パタパタパタパタ
ほのかさんは、空になった二つのお椀だけお盆に載せて、厨房に戻って行った。
すぐに、鉄板の上のお好み焼きは、表面からプチプチと気泡が出来て弾け、油の焼ける匂いを放ち始める。
(……あっ、そういえば、青浜さんと一緒に食事するのは初めてだなぁ)
プチプチと弾ける気泡を眺めていると、ふとその事実に気がついた。
鉄板から視線を上げて、おしぼりで手を拭く青浜さんを見る。
と、大きな瞳と、バッチリ目が合った。
「べー」
青浜さんは小さく舌を出すとおしぼりを置いて、横を向き、[クマぽっちゃん]を手に取った。
そして意味もなく、ぽっちゃりとしたお腹をムニムニと弄りだした。
(あぁ、こんな仕草も可愛いなぁ……幸せだなぁ……)
偶然にも藤沢でエンカウントして、こうして夕食を共に出来るなんて、本当にラッキーだ。
これも観音電車のご利益なのだろうか?
そして自問する。
二人で外食する――
この状況は、最早デートだと言ったら、過言だろうか?
いや、過言ではない。
これはデートである。
僕らの初デートなのだと、思ってしまおう。
にへらぁ~
思わず頬が緩む。
青浜さんは横を向いて、ぽちゃりしたクマを弄っている。
だが時折、大きな瞳を動かして、チラリチラリとこちらを窺うような視線を送ってくるのだ。
江ノ電の中でもそうだったが、今日の青浜さんの仕草や表情は、僕を憎からず思っているように感じられた。
[もしかしたら、青浜さんも僕のことを結構意識しているのでは?]と、思わず期待を抱いてしまう。
(意外と青浜さんも[デートみたいだ]と考えていたりして……)
順調ではなかったが、日々のアプローチが――、特に今日のアプローチが、少しずつ伝わったのかもしれない。
(さて。ここからさらに、仲を深めるステップは何だろう? うーーーん……あっ! やっぱり連絡先の交換かしら?)
思いつく。が、
すぐに、現在のスマホは借り物だったことを思い出す。
勝利ボーナスの20万円は、もう半分ちょっと使ってしまったので、残りでスマホを買うのはキツイ。
(まあ、まだ連絡先の交換はいいか……次の勝利ボーナスでスマホを買ってから聞こう)
怪人化の解除――つまりイケメン化の解除は三か月だ。
だから、あまりのんびりとはしていられない。
けれど、ここで一気に距離を縮めようとするのは、焦りすぎだと思った。
([急いては事を仕損じる]ってやつだよね。今日はだいぶ強引に誘ったから、これ以上畳みかけたら、強く拒否られるかもしれない)
そう考えると、スマホがなくて聞けないのは、不幸中の幸いかもしれない。
それに、知り合ってからかなり間を空けてから連絡先を聞くのは、ほぼほぼ、告白に等しいと思うのは僕だけだろうか?
知り合ってすぐに聞けば、友達になるためだと思われる。
が、友達になってから聞くのは、暗に[友達以上になりたい]と宣言している感じがするのだ。
こう考えると、連絡先の交換は意外とハードルが高い。
それこそタイミングを見誤ると、そこまで積み上げた関係が、一気に水の泡になる危険性があると感じた。
(なら、連絡先の交換は、告白直前に聞く方がタイミング的に一番良いかな?)
これなら、連絡先の交換OKが出れば、そのまま自信を持って告白出来る。
もし交換NGなら、告白を一時中断して、再度、慎重にアプローチをかけて、仕切り直して告白だ。
……まあ、そうなったらタイムリミットがある僕には、相当、厳しい状況だが……
(……うーーーむ……告白かぁ……)
青浜さんを前にそんなことを考えていると、今、告白する訳でもないのに、妙に緊張してくる。
と、なると、身が固くなり[今、感じている手応えは、気のせいなんじゃないのか?]と疑心暗鬼が頭を擡げてきた……
(……オタクの僕が告白か……本当に出来るのか? 成功するのか?)
こんな上っ面だけ格好良くなったオタクが、本当に憧れの人と結ばれるのだろうか?
(いや、弱気になるなっ、自分を信じろ、きっと上手くいく。絶対に恋人になってやる)
それに僕は元々、ノーチャンスだった人間なのだ。
そして今は、僕の人生で真っ当な恋愛が出来るラストチャンスを得ている。
ここでチャレンジしなければ、一生、後悔する。
(不安になったら、ポジティブシンキングだ。成功後を想像しよう)
無理にでも、妄想を膨らますことにした。
交際後の、ラブラブな二人の情景を思い浮かべる。
(初めはプラトニックな交際だよねぇ。一緒に登下校してさ、人の少ない時は互いに照れながらも、手を繋いじゃたりするだぁ)
(で、プラトニックでもキスくらいはしちゃってさぁ、帰りぎわ、家の前でチュッって……なーーーーんてねっ! でへへへへっ!)
段々と妄想が広がる。
(僕らは何て呼び合うのかな? 互いに呼び捨てで、是陽と夏音かな? ダーリンとハニーは古臭いけど、憧れなんだよなぁ……)
際限無く、だだ広がる。
良い感じに、脳が溶けてきた。
(順調に交際を続けるうちに、今日の初デートは二人の大切な思い出になるんだろうなぁ。きっとこの日は二人の[思い出の記念日]として記憶され、毎年、二人でこのお店を訪れたりするはずだな、えへへへ。それでそれで、[今日の記念日]の呼び方を二人で決めるんだ。えへ。[なに記念日]が良いかしら? [お好み焼き記念日]かなぁ? それとも[江ノ電記念日]かな? うーん、マイハニーは[なに記念日]って言うかなぁ~。えへへ)
クマを弄る愛しい人を見つめる。
と、ピタリと目が合った。
にへらぁ~
「僕は[角刈り記念日]以外なら何でも良いよ、ハニー」
脳が溶けたまま微笑み、いいねっ! と親指を立てて、愛しい人にウインクした。
「……うん、分かった、[角刈り記念日]以外にするよ」
青浜さんが、なぜか哀れむような目で優しく返事をし、厨房を向く。
「ほのかさん追加注文ーー。DHA入りのツナ缶ってあるー? アレが改善するやつーー」
と、呼びかけつつ、クマを置いた。
「……は~~い、やっ君用のツナ缶で良ければ一杯あるけど、それで良いかしらぁ~?」
ほのかさんが、厨房から顔を出してそう応えた。
「うん、OK」
青浜さんが返事をする。
パタパタパタパタ
と、ほのかさんがツナ缶を手に持って、厨房から出て来た。
奥の席では、龍巳さんのお父さんが意外にも甲斐甲斐しく、出来上がった焼きそばをお兄さんのお皿に移している。
パタパタパタパタ
その横を、ほのかさんが小走りに通って、やって来た。
「でもコレ、いくら食べてもやっ君のアレが治らないって、なっちゃん(ほのかの娘)が嘆いていたヤツよ~?」
ほのかさんが、青浜さんにツナ缶を一つ手渡す。
缶にはデカデカと[駄目な脳によく効く! DHA・EPA入り!]と書かれていた。
【挿絵 駄目な脳によく効くツナ缶】
「ありがと、ほのかさん。こいつは大和と違ってまだ軽症だから、たぶん効くよ」
青浜さんは、受け取ったツナ缶の蓋を、パカリと開けた。
そして
「プレゼントだ。早くアレが治るといいな? 由比里」
そう言ってツナ缶を、まだ焼いていない豚玉のお椀の上でひっくり返し、全て投入した。
「ほへ? ありがと?」
僕はよく分からないけど、お礼を言った……
第31章「総統とイタリア怪人が愛した杜若」
終了まで、あと5話
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