31.2 Moon Light Lover2
僕は、青浜さんの正面に座る。
「ほいよっ」
青浜さんが、テーブル横にあったメニューを取って、僕に渡す。
「腹減ったし、ちゃちゃっと決めようぜっ。おススメはシラスとアサリのミックスなっ」
そう言った青浜さんだが、自身はメニューを一切見ない。
なので目線で[見ないの?]と聞く。すると
「あたしは、[シラスとアサリのミックス]と[小海老チーズ餅明太]と[イチゴ牛乳]で、すでに決定済み」
即刻、返答が返ってきた。
「ぇぇぇぇぇ、早いよぅ……」
先に決められると、妙に焦りを感じてしまう。
不平を呟きつつ、慌ててメニューに目を落とす。
品数はそこそこ多いので、かなり迷う。
メニューには、もんじゃ焼きも多くある。
もしかしたらココは元々、もんじゃがメインのお店だったのかもしれない。
さっき、へなちょこお兄さんがナポリタンを頼もうとしていたのを思い出し、念のため探してみたが、やはりなかった。
残念。
「……って、え? イチゴ牛乳?」
我ながら物凄い時間差だが、急に青浜さんのチョイスが気になり、顔を上げて聞き返す。
「お好み焼きに、イチゴ牛乳?」
「あにさ? 悪い?」
ジロリ
大きな瞳で睨まれた。
「……いや。……まあ、いいけどさ」
気を取り直して、またメニューに目を落とす。
「……僕は……じゃあ、[シラスとアサリのミックス]と……ええと……」
悩みながら、メニューの文字に目を走らせる。
と、奥側の小上がりから会話が聞こえてきた。
「はぁい、杜若さん、ビールお待ちどうさまぁ~。それから、本当にナポリタン作りますかぁ~?」
「あ、いや、この馬鹿の、言葉は、本気に、しないで、大丈夫、ですよ」
「馬鹿とは何だよっ、この四角形頭っ!」
「はい、はい、良かった、な。ほのかさん、メニュー通りの、普通の、焼きそばを、一つ、お願い、します」
「はあぁ~~いぃ。焼きそば一つですねぇ~」
メニューから顔を上げずに、会話を聞く……と
パタパタパタパタ
サンダルの音が近づいて来た。
顔を上げると、お冷をお盆に載せたほのかさんが、間近まで来ていた。
「はぁい、お冷でぇ~す」
とん とん パサ パサ
ほのかさんが手際良く、テーブルにお冷とおしぼりを置く。
「それでぇ、ご注文は決まったかしらぁ?」
「あたしは、シラスとアサリのミックスと小海老チーズ餅明太とイチゴ牛乳だけど……」
青浜さんがお冷に手を伸ばしながら、こちらを見る。
「……決まった?」
「えとっ、シラスとアサリのミックスとっ……あとっ、豚玉でっ」
いつまでも迷って待たせたらカッコ悪いと思い、急いで、無難な豚玉をチョイスした。
「はぁぃ、シラスとアサリのミックス二つ、小海老チーズ餅明太、豚玉、イチゴ牛乳二つねぇ~」
ほのかさんはエプロンのポケットから伝票を取り出して、さらさらと書きつける。
「はい、それで。……いやいやっ、イチゴ牛乳は一つでっ」
いったん返事した後、不穏な言葉に気がついて、慌てて訂正を入れる。
「あら、由比里君はお飲み物はいらないのぉ?」
「あー……じゃあ、僕はアイスコーヒーで」
「うげ、コーヒー……」
青浜さんが、苦々しい顔で呟いた。
「はぁぃ、シラスとアサリのミックス二つ、小海老チーズ餅明太、豚玉、イチゴ牛乳、アイスコーヒーねぇ~」
ほのかさんは復唱し直し、注文を書きつけると、すぐに踵を返した。
パタパタパタパタ
「すぐに持って来るわねぇ~」
ひらひら~~
そのまま手を振って、立ち去った。
パタパタ……
その後ろ姿を何となく見送ると、奥に座る二人が目に入る。
そこでふと、疑問が浮かんだ。
「……何かさ、龍巳さんのお父さんともう一人のお兄さんってさ、不思議な組み合わせだよね?」
僕は、おしぼりを掴みながら、浮かんだ疑問を口にする。
「……ん? あにがさ?」
くぴり、と小さく喉を鳴らしてお冷を飲み込んだ青浜さんが、反問してきた。
「年が離れてそうなのに、お互いに忌憚ない感じで話していてさ……こう、[先輩後輩]とかの[上下関係]が感じられないのが、不思議じゃない?」
「うーーん……まあ、確かに。変と言えば変か」
青浜さんがのんびりと振り向いて、無遠慮に奥の席をガン見した。
「親戚……ではないよな? アレは……」
ガン見しながら、お冷をチビチビと飲み、首を傾げる。
僕たちの視線に気がついたイケメンお兄さんが、こっちを見てにへらぁ~と笑った。
「うーーん、わっかんね」
そう言った青浜さんは、お兄さんのだらしのない笑顔も全く意に返さずに、僕に向き直った。
「たださ、何となくあのイケメンにーちゃんって、由比里に似てるなっ」
トンッ
お冷をテーブルに置いて言った。
「えー? 僕ってあんなにだらしない顔してるの?」
まがい物の今の顔だけれども、あのへなちょこお兄さんに似ていると言われると、とても抵抗を感じる。
「してる」
青浜さんは真顔で、即答断言した。
「えぇ~、納得いかないなぁ」
へなちょこイケメンお兄さんを見ながら呟く。
お兄さんは、へらへらと笑ったり、ぷぅぷぅと口を尖らせて怒ったりと、目まぐるしく表情を変える。
(好きな人に、あんなへなちょこに見られてたなんて、ショックだ……)
思わず、へなちょこお兄さんの醜態から目を背けたくなり、プイと横を向く。
と、テーブルの横に並んだ置物の中に、小さな、ぽちゃっとしたクマの縫いぐるみがあるのが、目にとまった。
「あっ、[クマぽっちゃん]だ」
ヒョイ
話題を変えるために、煙で煤けたクマに手を伸ばす。
「青浜さんって、コレ好きだったよね」
手に取った[クマぽっちゃん]を青浜さんに見せる。
[クマぽっちゃん]は、僕たちが子供の頃に若干流行った、キャラクターだ。
世間一般ではすでに忘却の彼方になって久しい。
が、青浜さんは[強欲な某国の不機嫌な国家主席]に似ているクマのキャラより、こっちの[クマぽっちゃん]が好きだと言ってたのを、よく覚えている。
「……あたし最近、ちょっとコイツを嫌いになりかけているんだ……」
青浜さんは眉間に皺を寄せて、[クマぽっちゃん]を睨みながら、真剣に呟いた。
「え? 何で?」
その答えに、慄然とする。
青浜さんと[クマぽっちゃん]の間に、いったい何があったのだろうか?
パタパタパタ
「はぁい、お待ちどぅ様ぁ~」
ほのかさんがお盆を持ってやって来た。
僕は、クマを元の位置に戻した。
ほのかさんが手際良く、
スチールのお椀に入ったお好み焼き四つに、お皿を二つ、
それと釜揚げシラスの入った小鉢が二つ、
さらにアイスコーヒーとイチゴ牛乳を、テーブルに並べていく。
「どっちから焼くぅ?」
サッ サッ サッ
ほのかさんが鉄板に油を塗りながら、笑顔で聞く。
「…………」
青浜さんが無言で僕を見て、目で[どうしたい?]と尋ねる。
どうするのがベストなのか、僕にはさっぱり分からない。
なので、首を傾げて[分からない]と応えた。
「ん」
青浜さんは小さく頷き、
「じゃ、シラスとアサリのミックスで。もう一つは、自分たちで勝手に焼くよ」
と、ほのかさんに告げた。
どうやら、自身が[焼き奉行]になることを、即断即決してくれたようだ。
「はーい。シラスは混ぜるぅ? それとも後乗せぇ?」
「……」
チラッ
青浜さんは、僕を一瞥してから、
「両方後乗せで。それも自分たちでやるよ」
と応えて、おしぼりを手に取った。
「了解ぃぃ~」
ほのかさんは、暢気な声とは裏腹に、手際良く、二つのシラスミックスのお椀を混ぜる。
ジュジュゥゥ~~
パッと鉄板に流し込み、二つの、綺麗な円のお好み焼きを作った。
【挿絵 焼ける前のお好み焼き】
ジュウジュウと良い音が鳴る。
「それじゃあ、ごゆっくりぃ~」
パタパタパタパタ
ほのかさんは、空になった二つのお椀だけお盆に載せて、厨房に戻って行った。
すぐに、鉄板の上のお好み焼きは、表面からプチプチと気泡が出来て弾け、油の焼ける匂いを放ち始めた……
第31章「総統とイタリア怪人が愛した杜若」
終了まで、あと6話




