31.1 Moon Light Lover1
カラカラカラカラ
「ちわーーー」
青浜さんは景気良く声をかけながら、[本所]の引き戸を開けて暖簾をくぐった。
続けて僕も暖簾をくぐり、お店の明るい光の中に入る。
【挿絵 お好み焼き屋 本所 店内】
店内は左右に小上がりがあり、中央に土間が通っている和風の造りだった。
「いらっしゃあぁ~い」
のんびりとした女性の声に迎えられる。
パタパタパタパタ
エプロン姿のその声の主が、おっとりとした足取りで近づいて来る。
三十代後半くらいだろうか?
肥満ではなく、女性らしい場所に柔らかいお肉がたくさん付いている感じの、綺麗な女性だった。
特に胸は物凄く、エプロンが悲鳴を上げているほどの巨乳だ。
「ほのかさん、こんばんはー」
シュタッ
青浜さんが手を挙げて、エプロン姿の女性に挨拶する。
「あら? ……あらあらあらぁ~、夏っ君(夏音のこと)たらぁ~、二人って聞いたけど、連れて来たのは男の子だったのねぇ~、珍しいわねぇ~」
エプロン姿の女性は、嬉しそうに斜めに手を合わせて、邪気のない、朗らかな笑顔を見せる。
「夏っ君に、こんなカッコいい彼氏が出来たのねぇ~。良かったわねぇ~」
「なああぁぁああっ!? かかかかっ、彼氏じゃないってっ! コレはただの友達っ! クラスメイトだからっ!」
青浜さんが顔を赤くして僕から一歩離れ、強く否定する。
「完っっっ全なっ、誤解だからっっ!」
(むうぅ、そんなに否定しなくてもいいのに……)
などと不満に思いつつ、
「こんばんは」
と、エプロン姿の女性――[ほのか]さん、だっけ?――に、挨拶する。
「そっ、それでっ、残っているのは長居してる常連客だけって話だけど……」
青浜さんは話題を変えるためなのか、頬を赤く染めたまま、グリンっと店内を見渡す。
店内の左右の小上がりには、鉄板付きのテーブルを囲んだ席がそれぞれ四つずつ、計八つあり、テーブルとテーブルの間は木製の衝立で仕切られていた。
客は、左奥の席でビールを飲む[男性二人組]のみだった。
その[男性二人組]のうち一人は怖そうな[角刈りの壮年男性]で、もう一人は二十歳過ぎくらいの[イケメン]だった。
「うおっ!? おっちゃんっ!?」
[男性二人組]を見た青浜さんが、素っ頓狂な声を上げた。
「うん?」
角刈りのおじさんが振り向き、こちらを見る。
「おおっ、夏坊か」
そう言うとすぐに雪駄を突っかけて土間に下り、こちらへ向かう。
ぺたり ぺたり ぺたり ぺたり
雪駄を鳴らして歩いてくるその男性は、白い割烹着を着ていた。
「夏坊?」
小声で、隣の青浜さんに聞く。
「アレ、桜花の父親だよ。子供の頃から乙女のあたしを男扱いして[夏坊]って呼ぶ失礼な角刈りな。もう一人の方は、ビタイチ知らない」
青浜さんが小声で返事をした。
「ん、夏坊が、男連れ、とは、珍しい……いや、初めて、だな」
そばまで来た角刈りのおじさん――龍巳さんのお父さんは、低い声でぼつりぼつりと話す。
「……そうか。桜花、より、夏坊、の方が、先だった、か」
感慨深げに腕を組んで、青浜さんと僕を交互に見比べる。
「ほへ? 先って何?」
キョトン
青浜さんが首を傾げる。
「彼氏、が、出来るのが、だ」
うん うん うん
そう言って腕を組んだまま一人、何度も頷く。
「だだだだだだだ、だからっ、コレは違うんだってっ! こいつはただのクラスメイトなのっ! 桜花も知ってるヤツだよっ。ほらっ、由比里っ。桜花んちのおっちゃんに挨拶っ!」
ぴちーーんっ
青浜さんそう言って、僕の肩を叩いた。
「痛て……。あの、由比里是陽といいます。龍巳さんには、いつも仲良くして頂いてます」
ペコリ
頭を下げる。
「――む? 微妙に、モリナオに、似てるな――」
ジッ
聞き取れなかったが、何かを呟き、僕の顔を見つめる。
[不器用ですから]と言いながら、器用に日本刀を振り回しそうな龍巳さんの角刈りお父さんに見つめられて、緊張する。
おっかなくて。
「いや、アレより、は、まとも、そう、だな」
また何か呟き、一人、納得顔をした。
「まあ、夏坊が、自分で、選んだ、なら、良しと、しよう。だだし、夏坊を、泣かす、なよ?」
ジロリ
眼光鋭く僕を見つめて、念を押すように言う。
「え? あの……えと……」
一人納得して、睨みつけてくるおっかない龍巳さんのお父さんに、どう返事をすればいいのか、悩んでいると……
「だぁーーかぁーーらぁーーーー!! こいつとはそーゆーのじゃないって言ってるだろぉぉ!!」
赤い頬の青浜さんが、横から口を挟んで、
テテンッ! テンッ! テンッ!
と、軽快に地団駄を踏んだ。そして
シッシッ!
「おっちゃんはもう、向こうに戻ってくれよっ!」
手を振って、追っ払いにかかる。
その時、
「ほのかちゃ~~んっ。もぅ一本、おビールちょ~~だいっ」
気の抜けたヘナチョコ声が、店内に響いた。
ヘロヘロ~~
見るとイケメンさんが、ほのかさんに手を振ってアピールしている。
「あ、はぁ~~い。ちょっと待ってねぇ~~」
ひらひら~~
ほのかさんはイケメンさんに、手を振り返す。
「おい杜若、もう、いい加減に、しろ」
龍巳さんのお父さんがイケメンさんに向き直り、低い声で窘める。
「何だぁ、うっさいぞぅ、高次ぃ。俺は角刈り睨まれても、ちっとも怖くないからなっ」
そう言ってイケメンさんは、下品に中指を立ててみせた。
「ほのかちゃーん、あとぉ~、小腹が空いたから~、ボクちんの好きなナポリタンを作ってちょーだいっ」
そう言って再び、でへへへ~と、だらしのない笑顔をほのかさんに向けた。
「お好み焼きを、頼め、馬鹿っ」
ぺたり ぺたり ぺたり ぺたり
龍巳さんのお父さんはそう言いつつ、後ろ手で青浜さんに手を振って、奥の席に戻って行った。
「たく、何だよぅ、常連客っておっちゃんだったのかぁ」
青浜さんは少し不満そうに、可愛く口を尖らせた。
「ただのご近所さんってゆーか、ここのお隣さんじゃん」
「あらぁ、高次さんはお隣さんになる前から、ウチの常連さんよぉ? もう一人の杜若さんと二人で、学生の頃からよく、ウチに来ていたのよぉ~」
にっこり
ほのかさんは笑って言った。
「ふうぅん。まあ、ここはご近所や知り合いが多いか。翠さんと山吹さんも、昔からよくここで飲んでるもんなぁ。――あと、傍若無人なセンセーも――」
青浜さんが納得したように言う。
「そうよ~。さて、それでお席はどこにするぅ?」
「あ。あの[へなちょこの酔っ払い]がうるさそうだから、遠くがいいな」
尋ねられた青浜さんが、すぐ手前の、右側の席を指差す。
龍巳さんのお父さんが座っている席からは、一番遠い、対角線上にある席だ。
「はいは~い、どうぞぉ」
ほのかさんがすぐに、通路からテーブルの下に手を入て、鉄板に火を入れる。
その横で、青浜さんがチャッチャッと靴を脱いで小上がりに上り、通路側の座布団にぽてんっと座った。
僕も習って、いそいそと靴を脱ぐ。
「メニュ~はソコのを見てねぇ? それじゃあ、お冷を持って来るわねぇ~」
ほのかさんはすぐに席を離れる。
パタパタパタパタ
ほのかさんはそのまま、龍巳さんのお父さんたちの横を通り過ぎ、奥の暖簾のかかった、厨房の中に消えた。
僕は、青浜さんの正面に座った……
第31章「総統とイタリア怪人が愛した杜若」
終了まで、あと7話




