30.8 いなせなロコモティブ8
「ぐっ! ぷくぷく笑うなっ、この害獣っ!」
ジロリ
大きな瞳で睨まれた。
「害獣?」
何のことだろう?
(だけどコレは、チャンスだなっ)
鵠沼では断られたが、この機会にもう一度、食事に誘ってみよう。
「ねえ? 僕も青浜さんもお腹が空いてるんだしさ、やっぱり一緒に、何か食べようよ? 驕るからさ」
まだまだ一緒にいたい一心で、再度、提案する。
「腰越周辺で、行きたいお店とか無い?」
「……この辺りの店、だいたい八時に閉店かラストオーダーだから、無理だろ」
青浜さんは、素っ気なく答える。
「あー、そっかぁ……」
確かに鎌倉と江ノ島周辺は、関東の日帰り旅行先なので、観光客相手の店は閉店時間が早いのだ。
車窓に流れる腰越の商店街の店々は、シャッターが下りている所が多く、全体的にひっそりとしていた。
(でも、否定では無かったし、何とか粘って、糸口を探そう)
「うーーーーん……。あっ! もしかして、家で夕食を食べないと、家の人に怒られる派? 門限とか、もう過ぎてる?」
その可能性を失念していたことに気がつき、慌てて聞いてみる。
「いや、全然。門限なんて存在しない。食事も今日は、コンビニに寄って弁当買って、一人で食べる予定」
青浜さんは軽く肩を竦めると、サバサバした表情で答えた。
(ふむ。ご両親は仕事とかで忙しくて、家にいないのかな?)
何にしても、ソレなら遠慮せずに誘える。
「じゃあやっぱりさ、ファストフードでも何でも良いから、やってる所を探して一緒に食べようよ? 僕、お腹が空いちゃったよっ」
ちょっと強引でしつこいと思われようと、ここで引いたらダメだ。
なぜなら、ギャルゲーの主人公たちはこんな時、絶対に粘って、チャンスを掴んでいたからだっ。
カン カン カン カン カン
おんんんんん……
腰越駅に近づき、電車がスローダウンする。
腰越駅は、四両編成中、三両までしか停まり切らない。
まるで、民家裏の縁側に迷い込んだような気分になる、短いホームにゆっくりと進入していく。
「……分かったよ。一軒、心当たりがあるから、そこで良いなら行こう。さっき前を通ったら、まだ暖簾が出てるの見えたし」
青浜さんは、しばし黒ずんだ木製の床をジッと見つめた後、確りと承諾してくれた。
「うんっ、そこで良いよっ」
(やったっぞ! 一念岩をも通すとはこのことだっ)
がくん ぷしゅ~~ ばたむっ
古ぼけた音を立てて、ドアが開く。
「まだどんな店かも聞いてないのに、快諾するな」
ひょい
青浜さんは立ち上がりながら、ジト目で言った。
「家の近所に美味しいお好み焼き屋があって、そこ、閉店時間が客足次第で変わるんだ。だから、この時間もやってるかもしれないんだよ」
「なるほど」
ヒョイ
僕もビニール袋を持って、立ち上がる。
「お好み焼き、良いねっ。丁度、食べたいと思っていたところだよっ」
本当は一緒なら何でも良いのだが、笑顔でそう答えた。
タタンッ
腰越駅のホームに下りる。
昭和レトロな電車とは、ここでお別れだ。
ぷしゅ~~ ばたむっ おおんんんんん……
ドアが閉まり、柔らかな光を振り撒く古い江ノ電は、直ぐに発車した。
ガタンッ トトンッ ガタンッ コトン……
青浜さんは、少し名残惜しむかのように、去りゆく江ノ電を目で追った。
【挿絵 江ノ電腰越駅】
古い江ノ電は、茜色のテールランプの光を、夜露に濡れたレールの上に朧に残して、民家と民家の隙間に消えていった。
「今から行っても大丈夫か、電話して聞いてみるな?」
青浜さんはそう断ってから、スマホを取り出した。
青浜さんはホーム上でダイヤルし、指でクリンと黒髪を耳にかけてから、スマホを耳に当てる。
「……もしもソコが駄目だったら、大人しくコンビニ弁当買ってバイバイな?」
青浜さんは相手が出るのを待ちながら、そんな残酷な宣言をした。
「……う、うん」
僕は出かかった言葉を飲み込むようにして、承諾する。
「あ、ほのかさん? 夏音だけど、今、やってる? えっ? うん……うん……」
電話が繋がり、青浜さんが話し出す。
僕は隣で、江ノ島から吹く潮風の匂いを感じながら、[どうか一緒に食べられますよーに]と、[江ノ島弁財天]と[江ノ電観音電車]に祈った……
「……OKだってさ。あんか、長居してる常連客がいて閉められないから、来いってさ」
手短に会話を終え、電話を切った青浜さんが、そう告げた。
「ホントにっ!?」
嬉しい報告に、跳び上がる。
「イヤッホーーーーイィィィッ!!」
バババババッ ビシリッ!
既に人気が無くなった腰越のホームで、空中に正拳突きを激しく連打した後、情熱的にガッツポーズをする。
「ぶぷっ! 何だよっ、そのオーバーリアクションはっ!」
青浜さんが、スマホをポケットに仕舞いながら、笑う。
「ただのお好み焼きを食べるだけだろっ。ばーーか」
そして少し照れ臭い様子で、べえぇーと舌を出した。
「ほれ、いこうぜ」
青浜さんは、さっさと改札に向かって歩き出した。
「うんっ」
僕も弾むような足取りで、後を追う。
一緒に腰越駅から出て、江ノ島駅方向に向かって歩き出す。
タッ タッ タッ タッ タッ タッ タッ♪
青浜さんの小気味良い歩調と、僕の浮かれきった歩調は、静かな夜の腰越商店街で、見事な調和をみせた……
―――――――
―――
―
腰越の商店街の中ほどにある、民家ほどの間口の[こぢんまり]としたお店、お好み焼屋[本所]の前に立つ。
「ここの隣は、桜花の家だよ」
青浜さんが、隣の、すでにシャッターの降りた店舗を指差しながら、言った。
「あ、うん、和菓子屋さんには入ったこと無いけど、電車で通るから知ってる。……で、青浜さんの家はこの近くなの?」
キョロキョロ
そっちが気になるので、辺りを見回しながら聞く。
「あたしんちは、ここから奥に向かって歩いて一分弱……いや、30秒くらいだな」
青浜さんは、今度は陸側の右斜め方向を軽く指差して、言った。
(注 陸側を見て、向かって右が腰越駅方面、向かって左が江ノ島駅方面です)
「ちなみに、こっちの隣には、凄い阿呆が住んでいる」
そう言って[本所]の隣の、シャッターが降りた湯島不動産を指差した。
「湯島さんって阿呆なの?」
「ううん、ここは蔵前さんちで、大学生の息子が凄い阿呆なんだ」
そう言いつつ、お好み焼屋の[本所]の引き戸に手をかける。
カラカラカラカラ
「ちわーーー」
青浜さんは景気良く声をかけながら、引き戸を開けた……
第30章「袖振り合うも多生の江ノ電」終了
第31章は「総統とイタリア怪人が愛した杜若」(全8話)
エピソードタイトルは「Noon Light Lover」です。




