30.6 いなせなロコモティブ6
おんんんんんん……
次の[湘南海岸公園駅]に近づいたようで、窓の外を流れる夜景が、徐々にゆっくりとなっていく。
「……里奈とはどうなんだ?」
青浜さんが、唐突に口を開いた。
「ほへ? リナ?」
何のことだか分からずに、聞き返す。
ぷしゅ~~ ばたむっ
電車は小さな[湘南海岸公園駅]に着き、片開きのドアが開く。
速やかに、数人の乗客が入れ替わる。
「里奈だよ。帚木里奈。今日の昼、一緒に弁当を食べていただろ?」
青浜さんは、乗客の入れ替わりを軽く目で追いながら聞く。
「……里奈とは……どんな感じなんだ?」
「あぁ、帚木さんね。どんなも何も、帚木さんとは今日初めて、話したくらいだし……」
何だか要領の得ない質問で、意図が分からない。
「どんな感じも、特には何も?」
なので、要領の得ない返事を返した。
「ふーーーーーーーーーん」
だが青浜さんはそれで納得したようで、返事をするとぱたぱたと足を振った。
ぷしゅ~~ ばたむっ
おおんんんんんん……
江ノ電は、湘南海岸公園駅をとっとと後にする。
(まあ、よく分からないけど、お弁当の話題が出たし、これも説明しておこう)
「お昼のことなんだけどね、ええと……。今日、何だか帚木さん、お弁当を作りすぎたそうで、たまたまソレを、僕がもらうことになったんだ。で、えーーと……。学食で食べるのはNGだからって、椎名君と一宮君と牧さんが強引に――」
「――あー、その辺の噂話は、周りから聞いた」
ヒラヒラ
青浜さんが手を振って、途中で遮る。
「別にクラスの誰も、由比里から弁当を強請ったとは、思ってないよ」
実に素っ気なく、仰った。
「あ、そうなんだ……」
どうも、言い訳する必要はなかったみたいだ。
おおんんんんんん
[300形]という、いかにも鉄道車両といった味気ない名前が付けられているレトロな江ノ電は、僕ら乗客を心配させるほど[快調?]に速度を上げていく。
「……なぁ、里奈の弁当って美味しかった?」
「え? ……ああ、うん。作り慣れた人のお弁当って感じで美味しかったよ。ナポリタンも入っていたし」
ここ数日の懸案事項は粗方解決したので、余裕を持ってのんびりと答える。
「アレは実に、良いナポリタンだったよ」
「ふーん。あっそ。良かったじゃん?」
ぽふっ
青浜さんは足をぶらぶらさせずに、シートに背中を預けた。
(あれれ? 今ちょっと不機嫌になった? 何でだ?)
首を捻る。
もしかして、青浜さんも帚木さんのナポリタンを、食べたかったのかな?
「……なあ? やっぱり男ってのは皆、料理が出来る、女らしい女が好きかな?」
電車の揺れに身を任せ、そっぽを向いたまま聞いてくる。
「ほへ? ……さあ? 一般的にはどうなんだろうね。必ずしもソレが、好きになる条件って訳じゃないんじゃないかな?」
昭和レトロな江ノ電は、まるで夕飯時の民家の裏庭にお邪魔するように、片瀬の住宅の隙間を抜けていく。
「……桜花もさ、料理が上手いんだよなぁ……」
すっ
青浜さんが健康的に日焼けした足を組んで、独り言のように呟いた。
(??? 何で急に、龍巳さんの料理の話なんだろう???)
「……あー、そんな感じだよね。前にお弁当も自分で作っているって言ってたし」
「そう、毎日、自分で弁当を作ってるんだよ。偉いよな。もしもあたしが男だったら、迷わずに桜花を嫁にもらうね」
くるり
そう言って、こちらを向いた。
「ホント、桜花はお淑やかで、好い女だよ。……由比里もそう思うだろ?」
青浜さんの大きな瞳が、まるで見えない何かまで見通すかのように、僕の瞳を射抜いた。
(こっ、これはどういう意味で、言ってるんだろうか?)
よく分からない。
ただ、ここは適当には返してはいけないと、本能的に感じた。
「た、確かに龍巳さんも人気があるけど、好みは人それぞれだから」
青浜さんの瞳を、しっかりと見つめ返す。
ドクッ! ドクッ!
自分自身の心臓の音が聞こえる。
「僕としてはその……龍巳さんみたいなタイプの人より、そのぅ……もっと活発な感じの人が、好きなんだ」
思い切って、遠まわしに[青浜さんが好きである]とのアピールを試みる。
「こう……。ボーイッシュな感じの恰好可愛い人が、僕は好きです」
緊張と高揚で顔が熱くなるのを感じた。
ぷいっ!!
「ふっ!? ふーーーーーーーーーんっ。そっかっ。ふーーーーーーーーーんっ」
青浜さんはそっぽを向くと、組んでた足を解いて、ぱたぱたと振った。
「ふーーーーーーーーーんっ。変わってるなっ! 由比里はっ」
そう言って窓を向く。
ぱたぱた♪ ぱたぱた♪
「……………………」
青浜さんは、それっきり黙ってしまった。
「……………………」
ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!
まだ耳の中で、激しく血液が流れる音が聞こえる。
ドッ! ドッ!
(……遠回しだけど僕の気持ち、伝わっただろうか?)
チラチラ
青浜さんの、ショートカットの黒髪に隠れた横顔を盗み見しながら考える。
ドッ ドッ
(う~~む。この様子だと伝わったかどうか分からないけど、少なくとも拒絶的な反応が無かっただけ、今回は良しとしよう)
僕としては、今のは大きな[始めの一歩]だ。
(こうしてアピールを続けて、ただの友人から、恋愛対象に見てもらえるようにして、いつか正式に告白しようっ!)
気持ちを新たに決意する。
おんんんんんん……
いったん会話が途切れたままでいると、レトロな江ノ電が速度を落とし始めた。
カン カン カン カン カン
駅横の踏切をゆっくりと通過して、江ノ島駅に進入する。
【挿絵 江ノ電江ノ島駅】
がくん ぷしゅ~~ ばたむっ
小さく振動して停車した。
対向の藤沢行きは、まだ到着していない。
反対側のホームでは、数人の乗客が静かに、藤沢行き電車を待っている。
レトロな江ノ電は、対向の藤沢行き待つために、ドアを開けたまま、そっと静かに停車し続ける。
僕も静かに座って、胸の高まりが落ち着くのを待った。
夜の江ノ島駅に、静かに潮風が流れる……
海から少しだけ離れているので、潮騒はここまでは、聞こえてこない……
第30章「袖振り合うも多生の江ノ電」
終了まで、あと2話




