30.5 いなせなロコモティブ5
「心配だから、お願いっ! 送らせてっ!」
「可愛っ!?!? ……そっ……あたっ、あたしっ……」
「荷物を運んでもらってココで[はい、さよなら]って言う方が、逆におかしいでしょ?」
駅での青浜さんの言葉を逆手に取って、説得する。
「わっ! 分かったよっ! 勝手にしろっ!」
ぷいっ
自分の言葉を引用されたのが気に障ったのか、横を向いて、逆切れ気味に承諾した。
(よしっ! なんにしても承諾してもらったぞっ!)
心の中でガッツポーズをとる。
「……でも、万が一に送り狼になってエロいことをしてきたら、舌噛んで死ぬからな」
チラリ
青浜さんがこちらを見てそう呟くと、またそっぽを向いた。
「由比里がな」
「あ、死ぬのは僕なのね」
遠回しの殺人予告だったらしい。
「不埒なことは絶対にしないと誓うから。よろしくね」
玄関のドアノブを掴みながら、そう言う。
ちなみに、先ほどから何度も[ただいま]と声をかけているのだが、賑やかな居間からは、一切の返事はない。
「檸檬って変な名前。ぷくぷく」
バタム
とりあえず、妹へのヘイトを呟いてから玄関を閉めて、鍵をかけた。
ビュウゥゥーー
その時、境川を強い風が吹き抜けて、僕と青浜さんの髪を乱した。
一瞬[逝ぬれっ!!]とヒステリックな声が聞こえた気もするが、きっと風音の聞き間違いだろう。
「お待たせ。じゃ、行こっか?」
シュタッ
意識して爽やかなイケメン笑顔を作り、手を上げて促す。
「……あいよ」
青浜さんは淡白に返事をしつつ、風で乱れたショートカットの髪を、指でクリン・クリンと両方の耳にかけた。
「……ちょっと暑いな」
そう呟いてから、歩き出した。
(あっ! 耳出しバージョンの青浜さんだっ。こっちも好きだなぁ)
僕は、青浜さんがたまにする、この仕草が大好きだ。
ぽぉー
思わず見惚れてしまう。
普段の、耳の先端だけが出てるバージョンも良いが、こっちも甲乙つけがたいほどに、可愛いのだ。
タッ タッ タッ タッ タッ タッ タッ♪
二人で鵠沼駅へと戻って行く。
僕は手ぶら(ポケットに財布と借り物のスマホのみ)で、青浜さんの手には桃の入ったビニール袋がぶら下がっている。
今さらの感はあるが、ジェントルマンを気取って、[レディファーストだから]と僕がビニールを持つことを主張した。
青浜さんは呆れたといった様子だったが、最後は笑って渡してくれた。
青浜さんの可愛い耳と、耳と一緒に現れた柔らかそう後れ毛をチラチラと盗み見みしながら、取りとめのない話をする。
タッ タッ タッ タッ タッ タッ タッ♪
二つ、三つと会話していると、あっと言う間に鵠沼駅に到着した。
二人で再度、改札をくぐって一緒にホームへ上がる。
ガタンッ トトンッ ガタンッ コトン……
しばらくすると、鎌倉の方向から光が近づいて来た。
光を振り撒きながら、藤沢行きの江ノ電が停車する。
プシュー
江ノ電はドアを開けたまま、発車せずに佇む。
ガタンッ トトンッ ガタンッ コトン……
すると直ぐに逆方向から、鎌倉行きの江ノ電がやってきて、駅に進入する。
「あっ、古い奴だ。こいつって頑張っているよな」
入線してきた[抹茶色の江ノ電]を見た青浜さんが、感心したように言う。
その[抹茶色の江ノ電]は、1960年代初めに製造された古い車両を、数年前に直して現役復帰させた電車だ。
この製造から70年以上経過した電車は、近年、江ノ電の象徴的なレトロ車両として、人気を集めている。
ぷしゅ~~
片開きのドアをくぐり、二人で古ぼけた鎌倉行きに乗り込む。
【挿絵 江ノ電300形車内】
車内は先ほどよりも、さらに空いていた。
「偉いなぁ、お前は」
ぽんっぽんっ
青浜さんは機嫌良さそうにそう言って座り、優しくシートを叩いた。
僕も青浜さんのすぐ隣に座る。
古ぼけた車内は、不思議なほどに柔らかな光に満ちている。
靴に伝わる黒ずんだ木製の床の感触が、何とも味わい深くて、心のどこか奥の方が、小さく波立った。
藤沢行きからワンテンポ遅れて、僕らを乗せた鎌倉行きが発車する。
おおんんんんんん……
古い江ノ電が、独特のモーター音を響かせて、加速する。
鵠沼駅を出ると、電車はここからグネグネと、急カーブを左に右に曲がる。
みしみし みしみし
古い江ノ電は、その度に床が鳴った。
そしてその度に青浜さんが、楽しげに、足をぶらぶらさせた。
(タイミングばかり見計らっていても埒が明かないや。強引でも、今、言い訳しようっ)
いい加減、ここ数日の僕の行動を説明しておきたい。
幸い、今はとても機嫌が良さそうだ。
「……あの、ちょっといいかな?」
意を決して、切り出す。
「……あにさ……」
ピタリ
楽しそうなぶらぶら足が、止まる。
「ええっと……。一昨日の放課後の渡り廊下のことなんだけどさ……」
かなり唐突感はあるが、この際しょうがない。
青浜さんは返事をすることなく、前を向いたまま耳を傾けている。
「えと……。公共の場で男女がその……、抱きつくのは確かに目障りな姿だったかもしれないけどね、アレは泣いていた芹園さんを[ただの同級生として]落ち着かせるためのモノだった訳です」
「だからその……アレは馬鹿ップルとかがする、いかがわしいイチャつきとは全然、別物だった訳で――」
話の纏りがないが、とにかく[ただの同級生]という部分を強調して説明する。
「――由比里は……さ。その……。芹園と、付き合っているのか?」
青浜さんはこちらを見ずに、ぽつりと聞いた。
「えええっ!? 付き合ってないよっ!! 全然っ! 全くっ! 芹園さんとは付き合ってませんっ!」
とんでもない誤解に、思わず敬語になるほど、強く否定する。
「ふーーーーーーーーーん」
青浜さんは僕の気持ちなんて他所に、前を向いたまま関心なさげに返事をすると、ブラブラと足を振った。
「全くもってあり得ないからっ。僕、彼女いない暦と、年齢が同じだからねっ」
誰とも付き合ってないことも、さり気なくアピールする。
「何で、そんな変な誤解をするかなぁ……」
「だってさ、お前ら学食で、最近、いつも一緒に食べてるじゃん? 仲良さそうにさ」
青浜さんがこちらを向いた。
「アレって普通、友達以上に見えるぞ」
「アレはたまたま、なりゆきで一緒に食べただけなんです。喋喋喃喃に見えたのはきっと、椎名君と一宮君の悪戯のせいだよ」
(喋喋喃喃とは、男女が仲むつまじく話す様子)
「超チョー何なん? あんだそれ?」
きょとん
青浜さんが小首を傾げた。
「あっ、いや……。その、とにかく、芹園さんとは同級生として多少の交流があるだけで、それ以上の、恋愛感情みたいなモノは全くないんだ」
要領は悪かったが、最後は、吸い込まれそうな青浜さんの瞳をジッと見つめ返して、真摯に答えた。
プイッ……
「ふーーーーーーーーーん……」
青浜さんはまた前を向いて、関心なさそうに、昭和中期らしいデザインの車窓を眺めた。
前を向いた拍子に、耳にかかっていた髪が解けて、耳出しバージョンが終了してしまう。
残念。
僕も青浜さんに釣られて、窓を向く。
(まあ、とりあえず、一番の誤解は解けたみたいだから、良かったよ)
ホッとして、車窓を眺める。
おんんんんんん……
次の[湘南海岸公園駅]に近づいたようで、窓の外を流れる夜景が、徐々にゆっくりとなっていった……
第30章「袖振り合うも多生の江ノ電」
終了まで、あと3話




