30.4 いなせなロコモティブ4
オンンンン……
と、江ノ電が速度を落とし始めた。
(てっ、しまったっ! 鵠沼駅に着いちゃうよっ!)
僕の最寄り駅はここ、鵠沼駅だ。
(せっかくのチャンスなのに、誤解を解く言い訳が出来てないぞっ!)
大失敗だ。
ンン……
僕がいくら慌てても、江ノ電は容赦なく鵠沼駅に入って行く。
この駅は島式のホームなので、対向の藤沢行きの電車が、すでに到着して待っていた。
プシューー……
ドアが開く。
このまま青浜さんと別れるのは、余りにも勿体ない。
(どどどっ、どうしよう!? いっそ、乗りすごして、腰越まで行っちゃうか!?)
そんな事を考えて、僕が立ち上がれずにいると――
ひょい
――唐突に青浜さんが、荷物を持ったまま立ち上がった。
「何してんだ? 由比里の家は鵠沼だろ? サッサと降りないと、ドア閉まるぞ」
タッタッスタンッ
青浜さんは、不思議そうな顔で座ったままの僕を一瞥すると、チャッチャッとドアに向かい、降りてしまう。
「ほへ?」
きょとん
予想外の行動に、呆けてその背中を見送っていると、発車のベルが鳴った……
「……うわぁぁっ!? 降りますっ、降りますっ!」
弾かれるように立ち上がる。
ハバッ! ダダッ・ピョンッ!
急いで荷物を抱えると、怪人化で得た身体能力をフル活用して、一足飛びでドアから踊り出る。
プシューー……バダンッ!
次の瞬間、背中でドアが閉まった。
「……いつもそうやって、降りてんのか?」
青浜さんが、心底不思議そうに小首を傾げて、聞いた。
「ぷ。変なの」
ガガッコンッ……オオンンンンンン……
ホームを挟んだ[藤沢行き]と[鎌倉行き]の江ノ電が、わずかな時間差で、別方向に向かって走り出す。
ガタンッ トトンッ ガタンッ コトン……
江ノ電は光と音の余韻を残して、速やかに夜の闇に溶けていった。
「あのっ、何で青浜さんまで、鵠沼で降りたの!?」
他の乗客が階段へと歩き始めるなか、僕はホームに佇んで、質問した。
「あんでって、由比里一人じゃ、また荷物落とすだろ? あたしがコレを家まで持って行ってやるよ」
青浜さんは当然といった様子で、自身の手に持った荷物を軽く掲げた。
「ええぇっ!? そんなっ、悪いよっ!」
二度目の想像以上の厚意に、驚き慌てる。
「まさかそこまでしてもらおうとは、僕、考えて無かったよっ」
「いや、車内でこの荷物を渡して[はい、さよなら]って言う方が、逆におかしくないか?」
青浜さんは、軽く肩を竦めた。
「自分で乗りかかった船だ、最後までやるのがスジだろ?」
「あっ、ありがとっ!」
(うわぁ、相変わらず行動が男前だよなぁ。そこに痺れる憧れるって感じだよね)
青浜さんは、こういう人なのだ。
ますます、惚れてしまう。
「凄く助かるよっ!」
ビシリ
頭を下げる。
「今度、何かお礼するからね」
「別にいいよ、そんなん。中途半端だとあたし、背中がムズムズしてきて嫌なだけだし。ほい。さっさと行くぞ」
タッタッ
青浜さんが僕を促し、歩き出す。
すでにホームには、僕たち以外の人影は無くなっていた。
僕も追いかけるように、歩き出す。
「ホント悪いね。ここまでしてもらっちゃって」
まだ一緒にいられることを喜びつつも、迷惑をかけていると考えて、恐縮する。
「だから別にいいって。……確か前、家は近いって言ってたよな?」
「うん。ここから徒歩二分くらい。境川の近くなんだ」
地下を通って駅の外に出る。
【挿絵 江ノ電鵠沼駅】
タッ タッ タッ タッ タッ タッ タッ♪
自宅に向かって歩き出すと、直ぐに静かな住宅街になる。
ぐぐぅぅぅぅ~~~……
突然、静かな夜の鵠沼に、青浜さんのお腹の音が、鳴り響いた。
「!?!?」
ポンッ
音でもしたかのように、青浜さんの顔が、一瞬で真っ赤になった。
「そそそそそっ、そのっ、さっきペペロンチーノの話をしたからっ、お腹が減ったんだっ! 文句あるかっ!」
逆切れというか開き直りというか、顔を赤くしながらも、堂々と言い切った。
「ふふふっ、文句なんて、全然ないよっ」
[らしく]て、可愛いなぁ、と思いつつ答えた。
「そうだ、その桃でも食べる? 荷物持ってくれたお礼ってことで、もらい物だけど良かったら、どうぞっ」
ちょっとだけ、からかうような口調に変える。
「なんなら、こっちのサラミもガブッとイッちゃって良いよぅ~?」
「む。……どっちも歩きながらじゃ、食べられないだろっ」
まだ顔が赤い青浜さんが、ジト目で、ぶっきら棒に返す。
「ふふふっ。じゃあさっ、真面目な話で、この後お礼に、夜ご飯を驕るよっ」
冗談で話の流れが良くなったのか、自然と誘い文句が口から出た。
「片瀬江ノ島駅のロータリーの近くに、おススメのイタリア料理店があるんだけど、そこなんてどうかな?」
渡り廊下の言い訳もしたいし、何よりもっと一緒にいたい一心で、本気のお誘いをかける。
「それっ――。……いや、やっぱりいいよ」
青浜さんは少しの間の後、ハッキリと断った。
「あたし、昨日も一昨日もパスタだったしさ。まあ、お礼は桃だけで良いよ」
青浜さんの頬の赤みは、いつの間にか消えていた。
「今回のことは、コレもらってチャラでいい」
そう言って、軽くビニールを掲げて、静かに微笑んだ。
僕は二の句を告げられないまま、自宅の前に着いてしまった……
―――――――
―――
―
鵠沼は、古くは日本初の分譲別荘地だったそうだ。
広大な敷地の高級別荘地として、明治時代に開発され、その後は徐々に高級住宅地として発展。
現在は、古くからある高級住宅地エリアと、鵠沼駅周辺の、再分割されて普通の広さになった、一般住宅が立ち並ぶエリアに分かれている。
もちろん、僕の家は、その一般住宅の方だ。
ガッチャ! ポイッ ポポイッ
マイ鍵で玄関を開けて、次々に、荷物を中に放り込む。
「青浜さん、もう暗いし、この後、僕が家まで送るよっ」
玄関に荷物を放りながら、不退転の決意でそう告げる。
(絶対に、このチャンスを活かすっ。ここで[さよなら]なんてするものかっ!)
ここはどんなに断られても、喰らいつかないといけない場面だ。
――そうっ、散々プレイしたギャルゲーだと、ここはそんな場面なのだっ。
「あんだ? 送り狼にでもなるつもりか? イケメン」
青浜さんは、桃の入ったビニール以外の荷物を僕に渡しながら、茶化すように返事をした。
「そんなつもりは無いからっ。本気で心配だから、送りたいのっ」
実際、[チャンスを活かす]気がなくとも、好きな女の子を一人で、湘南の夜道
――この辺りの住宅街は大丈夫だが、腰越は超有名な片瀬や七里ヶ浜のすぐ側だ――
を、歩かせたくはない。
つまり、送るのは一石二鳥、……いや一石三鳥くらいの利点がある。
(まぁ、まだ六月だから、胡乱なヤツは、さすがに少ないだろうけどさ)
「おいおい、このあたしが[マルチロールファイター]と[水陸両用の青ズゴック浜]の異名を持っていると知って、言ってるのか?」
ニヤリ
青浜さんは、余裕の笑みを浮かべる。
「変態が現れたって迎撃か逃走、どっちを選んでも、ビタイチ負けるつもりは無いぜっ!」
ビシッ
青浜さんは格好よく、親指を下に向けるポーズを取った。
(あれ? なんだろう? デジャビュ?)
このポーズ、どこかで見た気がするのだが……
(って、そんなことは、どうでもいいやっ! ココは何としても、押し切らなくてはっ!)
「運動神経が良いのは知っているけど、それでも青浜さんは可愛い女の子なんだから、危ないよっ」
真剣に願い出る。
「心配だから、お願いっ! 送らせてっ!」
「可愛っ!?!? ……そっ……あたっ、あたしっ……」
第30章「袖振り合うも多生の江ノ電」
終了まで、あと4話




