29.6 女呼んでブギウギ6 ~夏音side~
夏音side
「ただいまぁ……」
あたしは居間に入って、ソファーに寝転がる物体に声をかけてみる。
ZZZ……
「ぐごごごっ……ぐごっ……ぐうぅぅ……」
「チッ。返事がない。ただの屍のようだ」
あたしは呟くと、ソファーでイビキをかいている母さんを放置して、自分の部屋に向かった。
明日、練習試合で近隣他校へのプチ遠征がある。
なので、今日の放課後の練習は、一時間強のミーティングのみと短く、あたしは早々に帰って来たのだ。
帰り道、学校そばの坂道を後輩たちと下っていると、なぜか椎名と一宮がいた。
[もしかして、近くに由比里もいるかも?]と、ドキリとして周りを窺ったが、椎名と一宮のみだった。
あたしはホッとして、路上で筋トレをする椎名を笑い飛ばし、さっさと帰って来たのだ。
「てりゃ……」
ぼふぅ
部屋に入ると、制服のままベッドにダイブして、[クマぽっちゃん]の縫いぐるみを引き寄せた。
「あたしまだ、気にしてるよなぁ……」
むぎゅぎゅぅ
呟き、[クマぽっちゃん]を抱き締める。
あれ以来、一切会話しないようにして、視界にも入れないようにしている。
なのにまだ、あたしは由比里のことが吹っ切れていない。
いや、吹っ切れていないどころか、今日の昼休みの出来事が、さらにあたしを混乱させた。
[アレは一体、どういうことなのか?]と、気になってしまい、放課後のミーティング中も気がつくと、そのことばかり考えてしまった。
「むうぅぅぅ~~~……」
ごろごろごろ……
[クマぽっちゃん]を抱えたまま、由比里の言うところの[天帝反則]をしてみる。
まぁ、なぜこの寝返りを打つ行為が、[天帝の反則]になるのかは、謎だけど。
たぶんきっと[三国志]とか[戦国無双]とか[世紀末伝説]とかの、故事的な理由があるのだろう。
(注 由比里君は[天帝反則]ではなく[輾転反側]と言いました)
「うぬぅぅぅ~~~……」
ごろごろごろ……
「……やっぱり、由比里はまだ、芹園とはつき合っていないのかな?」
ごろごろごろ……
昼休みの出来事を何度も考えてみたが、結局、その結論に行き着く。
「芹園とつき合っていたら、あの二人と一緒に弁当なんて食べないよな?」
しかも、芹園が廊下に来ているのに、ほったらかしにして、だ。
つまり、あの渡り廊下の事件後も、由比里と芹園の仲は、特別、進展しなかったということだろう。
「ぷしゅぅぅぅ~~……」
ごろごろごろ……
由比里は[芹園に興味なし]なのか?
それとも、やっぱりお猿だから、標的を近場にまで伸ばしただけ、なのか?
クラスの噂話では[和泉子と椎名と一宮が、里奈と由比里をくっ付けようと画策した]なんてことを言っていたが――
[――ぷくぷく。ユイーはお猿じゃないよ。そんな子じゃないって、ナツネもよく知っているでしょう? ぷくぷく]
今日もまた、脳内に[クマぽっちゃん]が登場してきた。
「まあ、なぁ……」
見た目が変わっても、元々の性格は良く知っている。
里奈は、イケメンになる前の由比里を、特別、嫌うことはなかった。
が、ほぼ会話をしたことも、なかったはずだ。
そんな里奈に自分からアプローチするなんて、あいつの性格上、ないだろう。
[ぷくぷく。つまりユイーは、ゾノーにもリナリナにも、興味はナシナシってことだよね? ぷくぷく]
ニヤリ
脳内の害獣が笑う。
[ぷくぷく。て、ことでナツネ。チャンスだ。GO!]
ビシリ
害獣が格好つけて、短い親指を立てた。
「チャンスって何だよ? ばーーーか」
その二人に気がなくても、可愛い子なんて……由比里が好きになりそうな子なんて、沢山いるじゃんか――
「――例えば、桜花とかさぁ」
ドキンッ!
自分で口にしておいて、思わず心臓が止まりそうになってしまう。
――そう、その可能性が一番ありそうな話だ。
由比里が前から仲良くしていた女子は、あたしと桜花くらいしか、思い浮かばない。
そして、あたしと桜花を比べたら……
残念なことに、女らしさでは圧倒的に桜花が上だろう。
「正直、あたしがお嫁さんにもらいたいほど、桜花は女らしさに溢れているよ」
ご近所から[男らしさに溢れている]と言われるあたしとは、正反対だ。
――あたしだって、今まで、男子に告白されたことは、ないことも無い。
が、その何倍も[女子から告白された]という、乙女としては、誠に不名誉な過去がある。
それに、告白してきた男子だってみんな、本気か冗談なのか分からない[男友達の延長]みたいな軽いノリの告白だったから、全く考慮に値しなかった。
ごろごろごろ……
「由比里が、あたしみたいな[男前系女子]を、選ぶはずないよなぁ……」
[ぷくぷく。でもユイーが最初に、[アイスを食べよう]と誘ったのは、ナツネでしょ? ぷくぷく]
「あれは……。それこそ桜花狙いだったんだよ。やっぱりさ」
結局、その結論に達する。
[ぷく……]
「ぷしゅぅぅぅ~~~……」
ごろごろごろ……
そこで、あたしも脳内のクマも、黙り込んでしまった……
「…………はあ、駄目だ。少し気分を変えよう」
ぽいっ
あたしは抱き締めていた縫いぐるみを放り出し、体を起こす。
ごろごろしているから、よりいっそう、考えてしまうのだ。
こういう時はなにか行動して、気を紛らわせた方が良い。
「……そうだっ。スパイクを買いに行くかっ」
スクッ
ベッドから立ち上がる。
――以前から欲しいと思っている[格好良いスパイク]があるのだが、この近辺のスポーツ用品店を何度探しても、見つからないのだ。
当然、スパイクを試しに履かずにネットで購入するなんて論外だ。
なので、未だに買えてない。
「藤沢辺りなら、見つかるかな?」
藤沢には何軒かスポーツ用品を扱う大型店舗があるし、どこも品揃えが良くて、安い印象がある。
それらを巡れば、きっと見つかるだろう。
「よしっ。行くかっ」
パパパパッ
早速、机の引き出しを開けて三万円を取り出し、お財布の中に補充する。
お金は、父親が無闇にお小遣いとしてくれる。
でも、あたしは無駄遣いが嫌いなので、結構、貯まっているのだ。
[ぷくぷく。ナツネはずっと、色気より食い気だったもんね。だから使うのは食費ばかり。ぷくぷく]
脳内の害獣が[やれやれ]と首を振った。
「[だった]じゃない。今も、色気に興味なんて無いぞ」
あたしは自分でも、本音なのか強がりなのか分からない言葉を呟いた。
バタン
そして制服のまま、藤沢に行くため、部屋から出た……
あ、ちなみに、いくらあたしでも、さすがに藤沢まで走って行く気はないぞ。
まず向かったのは、江ノ電の腰越駅だからな。
勘違いしないよーに。
ぷくぷく。
第29章「ジョブチェンジ・ランチ」終了
第30章は「袖振り合うも多生の江ノ電」(全8話)になります。




