29.1 女呼んでブギウギ1
――木曜日……
――金曜日、昼。
昨日も結局、青浜さんとは話せなかった。
話したのは、火曜日夕方の、あの雨の渡り廊下での出来事が最後だ。
そして今朝の登校時も、青浜さんに会わなかった。
それに加えて今朝は、友人二人のマンマークもなかった。
一人登校して、昇降口から教室までは芹園さんと二人きり。
教室で友人二人に、今朝、マンマークしなかった理由を聞くと――
「踏切側でエロナイト由比里を待ち構えていたら、青浜嬢と龍巳嬢が、いつもより早めに来たので、そのまま四人で登校したのだっ。ふふふっ、マッチョ神のご利益だなっ! フロント・ダブル・バイセップス!!」
――と、ポージング&ドヤ顔つきで説明してくれた。
……これはやっぱり、青浜さんに、意図的に避けられているのではないか?
疑念と不安ばかりが、膨らんでいく。
あと、マッチョ神ってなんだよ?
[おっかなさ]ばかりが、膨らんでいく。
それと余談だが、磐田君は、昨日も今日も休みだった。
さすがに喧嘩に負けた上、お漏らししたのでは、合わせる顔がないのかな?
まぁ、こっちはどうでも良いので、なにも膨らまない。
――その後、休憩時間の度にチャンスを伺うのだが、やはりどうにも、青浜さんとは話せない。
依然、渡り廊下から走り去った謎が解決しないまま、ズルズルと昼休みを迎えてしまった……
「今日、僕はパンにするから購買に行くね」
四限目終了と同時によってきた友人二人に、そう宣言する。
なぜなら、これ以上、芹園さんと一緒に昼食を摂るのは、得策ではないと思ったからだ。
昨日は失念して、結局、学食で芹園さんと一緒になってしまったが、もう誤解を招く行動は止めだ。
「「は?」」
カポン
僕の言葉に、二人が間抜け顔で口を開ける。
「だから学食には、二人で行ってね。Ciao!」
シュタッ
かまわず僕は、百万ドルの笑顔で手を振って、教室の後ろのドアに向かって歩き出す。
「………………ななななななっ、何を言っているっ、同志由比里よっ! それは駄目だっ! 学食を共にするのは、入学以来の我等の約束だろっ!」
「そうですぞっ! 由比里殿っ! [我等三人、生まれた時は違えど、学食は同じに死せんとする]と、桃源で誓った仲では御座らぬかっ!」
ドダタタタタタタッ!!
二人が訳の分からないことを口走り、ダッシュで後ろのドアへと走り込み、僕の前に立ち塞がった。
「いや、そんなおっかない誓い、立ててないから。僕らは特に決めた訳ではなく、流れで、三人で食べるようになっただけだよね?」
笑顔を崩さずに、いいねっ! と親指を立てる。
てか、学食で死んでどうする?
「僕は今日、購買のパンにするってもう決めたから。学食には二人でどうぞ。Arrivederci!(さようなら)」
ちなみに、学食は本校舎一階で、購買は第二校舎一階にあるので、方向が少し違う。
「ええぃ! 御託はいいっ! つべこべ言わずにさっさと学食へ参ろうぞっ!」
ガシッ
一宮君が、僕の腕を抱える。
「さあっ、学食には愛しの芹園嬢が待っているぞっ。あまり、最愛の彼女を待たせるなよっ」
ガシッ
椎名君も、反対側から僕の腕を抱える。
まるで僕は、警官に連行される犯人のようだ。
二人はそのままドアを出て、学食方向へ僕を連れて行こうとする。
「行かないしっ。てか、芹園さんは彼女なんかじゃないしっ」
ジタバタッ
その場で抵抗し、二人の腕を振り払う。
ガガシッ!
「交際まで、後ちょっとだろっ? なっ? 祝福してやるから、大人しく芹園嬢エンドを受け入れろっ!」
ガガシッ!
「性格はアレで御座るが、間違いなく美人で御座ろう? オタには過ぎたエンディングで御座るよっ。もう芹園殿を受け入れなされっ!」
二人が再度、僕の腕に絡みつく。
「嫌だっ、イヤだっ、いーやーだぁーっ! 僕はTrue Endを手に入れるっ!」
「うるさいっ! 猥褻男にTrue Endなどないっ! あるのは芹園嬢ジェラートEndのみだっ!」
「きっと[ナイト殿がナイトに、アレを警棒のように硬くして閨房を訪れる]のを、心待ちにしてるで御座るよっ!」
(注 閨房は、女性の寝室のこと)
「一宮君っ、今の上手くないし、すっごく分かりづらい下ネタだよっ! 後、ジェラートEndって何だよっ、おっかないっ!」
ドアから一歩出た廊下で、三人でしばらく揉み合い、問答する――
「――あっ、あのっ!」
と、その時、教室内から声をかけられた。
ピタリ
僕らはその一声で、動きを止める。
見るとクラスの女子、帚木里奈さんと、牧和泉子さんが、ドアの近くに立っていた。
ウチのクラス内では、青浜さん龍巳さんに続く、美人の二人だ。
サササッ……
「あっ、ごめんね。邪魔だよね」
「ああ、すまんな、お嬢さん方」
「ささ、どうぞお通りを」
通行の邪魔なのに気がつき、素に戻って、その場をどいて道を譲った。
オタクは周りから誤解されやすいので、普段からトラブルにならないように、ジェントルマンであることを、心がけているのだ。
……しかし、道を譲られた女子二人は、その場から動かない。
「……あのぅ……あの、由比里君」
帚木さんは動かないどころか、話しかけてきた。
「……わ、私今日、お弁当ぅ……作り過ぎちゃってね。……そのぅ……良かったらコレ……」
そう言って、可愛い柄の巾着型のランチバックを、僕に差し出してきた。
「はい?」
僕は訳も分からずに、反射的にソレを受け取ってしまう。
「良かったら食べてねっ。それじゃあっ」
パタパタ……
頬を赤らめた帚木さんはそう言い残すと、踵を返して、自分の席へと戻って行った。
「里奈のお弁当、食べてあげてねっ。お願いねっ」
シュタッ!
牧和泉子さんは、僕に軽く片手で[お願い]とポーズを取ると、帚木さんの後を追った。
カポン
「「「……………………」」」
三人並んで、間抜け顔で見送る。
「………………え? これ、お弁当なの?」
恐る恐る巾着を開く……
と、中にはこれまた可愛いデザインの、プラスチック製の弁当箱が入っていた……
教室に戻った女子二人を、廊下から覗き見る――
と、牧和泉子さんが、帚木さんの肩を叩いて[やったねっ!]と喜び、そのまま二人は机を向かい合わせにした。
机の上には、それぞれのお弁当が並んでいた――
「……弁当箱は、一つで御座るなぁ……」
一宮君が巾着を覗き込んで、ポツリと呟く。
「……俺は今、光学迷彩スーツを着ていたっけか?」
椎名君が、自身の体を不思議そうに見回す。
もちろん、そこには制服を着た中肉中背と、20キロの重り以外は、見当たらない。
「月よっ、どうかこの似非イケメンに、七難八苦を与えたまえ……」
一宮君は窓から見える、どんよりとした曇り空に向かって手を合わせ、真摯に祈った。
「中身がコンビニ弁当という、無駄に手の込んだドッキリでありますように……」
椎名君もお弁当に向かって手を合わせ、真摯に祈った。
二人が何を言いたいのかは分かるが、僕は突然舞い込んだお弁当にとても戸惑っていて、ツッコミどころではない。
さすがにオタで、リアルの恋愛経験が乏しい僕でも、作りすぎた云々との話は、ただ言い訳だと分かる。
コレは、僕に渡すために作られたお弁当なのだろう。
「……ねえ? コレどうすれば良いの?」
つい、頼りない友人二人を、縋るような目で見てしまう。
なぜなら、クラスの女子からお弁当をもらうなんて、人生初の経験だ。
まるで対応が、思いつかないのだ。
――[知り合いから受け取った善意のお弁当を食べない]――
という選択肢は、僕の中にはない。
てか、ソレを平気で選ぶ人間には、なりたくない。
だが、どこで、どんな様子で、もらったお弁当を食べるのがリア充男子の作法なのかが、サッパリ分からないのだ。
「どうすればって、聞かれても……なぁぁ……」
「で、御座るよ……」
聞かれた、こちらも男子力低めの友人二人が、顔を見合わせる。
「「「………………………………………………」」」
しばらく、お互いの顔を見たり、廊下の果てを眺めたり、天井の染みを数えたりして、逡巡する……
再度、三人で教室を覗き込む――
と、帚木さん、牧さんの向こう側に、龍巳さんと数人の女子が、一緒に机を並べているのが、目に止まった。
ジッ
友人二人も、そこを見つめる。
龍巳さんグループの並べた机には、椅子の数が一つ多かった……
もしかしてアレは、チャイムと同時に、弾丸のように教室を飛び出した、青浜さんの席なのだろうか……
にや……
ニヤ……
瞬間、友人二人の口元が、嫌らしく吊り上ったっ!
第29章「ジョブチェンジ・ランチ」
終了まで、あと5話




