28.6 メリージェーンと琢マッシーーン6
「――と、いうわけでガニ、文化財の器物損壊は保険の対象外になるのでぇガニ、作戦行動中は、くれぐれも注意して悪事を働くように。……あ、ガニ」
キュッキュッ キュッ
講師が、マジックを蟹のハサミでちょこっと摘まみ、書きづらそうにホワイトボードに、要点を書き込む。
ここは[訓練準備室]。
座学講師は、上半身が磯にいそうな箱型の蟹の姿で、下半身はパワースーツを着た人間の姿という、潮溜まり怪人イソガニン准将。
[訓練準備室]の広さは、学校の教室ほどで、そこに僕とイソガニンさんの二人だけ。
「――と、なるガニなのでガニ、破壊行為には事前申請が必要となるガニ。なので――」
上半身の蟹は、明らかに人工物だ。
おそらく、中の人が着ぐるみのように、蟹スーツを着ているのだろう。
ただ、蟹スーツの上部から、どう見ても[生物的な蟹の目]が飛び出しているので、中の人は、完全に普通の人間という訳でもなさそうだ。
「――破壊申請書は事務室でもらえるので……もらえるガニで、怪人つき戦闘員ガニに、ガニしてもらって、ガニ――」
ちなみに、准将に昇格したイソガニンさんだが、これは異例の出世という訳ではない。
例えば、軍隊のパイロットは、新任でもいきなり階級の高い[少尉]になるものだが、B.I.P.の怪人への扱いは、それよりも厚遇だ。
僕のような新任の怪人でも、軍隊で例えるなら、佐官(注 准佐、少佐、中佐、大佐とかのことね)に該当する地位になる。
なので、ベテラン怪人のイソガニンさんが准将になるのは、順当な出世だ。
そしてこのことは、いかに怪人が希少な存在であるかを、よく物語っている。
「――ここまでで、何か質問はあるガニかな? ……あれ? かなガニ、か?」
くるりっ
イソガニンさんが振り向き、聞いてくる。
「……あのぅ、質問ではないのですが、一つ良いですか?」
僕は渡された資料を開いたまま、軽く挙手をする。
「何かな? ナポリタン君。……ガニ」
「戦闘時以外、僕もイタリア人キャラを止めてますし、イソガニンさん……准将も喋りづらかったら、普通に話しても、良いと思うのですが……」
正直、喋り方が気になって、座学が全く頭に入らないのだ。
「おっ!? そうかっ!? やっぱり普通の喋り方の方が、良いかっ?」
覇気のある、腹から出る声で、イソガニンさんが聞いてきた。
コクコク
僕は頷く。
「はっはっはっ。なら普通にしようかっ。実は俺、蟹語は余り得意じゃなくてなっ。怪人になって早数年だが、未だに戦闘でも、探り探りで使っているんだよっ」
イソガニンさんが、腹に響く力強い声で笑う。
「しかも最近は、逆に普段の生活の中で、急に蟹語が出てしまって、困ってるんだよなっ。はっはっはっ」
「あー、分かります。僕もこの前、イタリア人のフリをするのに、凄く戸惑いましたし、逆に、普段の生活で、妙なイタリア語を使いそうになったりします」
[蟹語って何だよ、おっかないなぁ]と思いつつ、同意する。
「はっはっはっ。そうかそうか、皆、悩みは同じだなっ」
マジックを、ホワイトボードの溝に置く。
「実を言うと、怪人への講師役はこれが初めてで、勝手が分からんのだ」
「だから事前に、Dr.ヘッドランドに相談したのだが、[あのガキはクソ生意気だから、舐められないように、蟹語を使って威厳を保てっ]と忠告されたんだよ」
「うわぁ! あの人、そんなことを言ったのですかっ!?」
あの人絶対、イソガニンさんをおちょくって、遊んだだけだろう。
「何か偉そうなことを言ったら、ハサミで股間のモノをちょん切れ、とまで言われたぞ。治癒能力があるから、ナニの一本や二本、切り落としても平気だ、ってなっ」
ジャキンッ! ジャキンッ!
そう言って、鋭いハサミを開閉して見せた。
「か、勘弁して下さい……」
苦笑いして、大げさに怯えて見せた。
(くそぅ。今度、隙を見てDr.ヘッドランドに、仕返しの嫌がらせしてやろうっ)
僕は密かに決心した。
「はっはっはっ。何だ、君はキチンとした良い生徒ではないかっ。Dr.の言葉を信じて、鯱張って構える必要は、なかったなっ」
「そうですよ。あの人を信じちゃ駄目ですよ。基本、Dr.ヘッドランドは、自由な子供ですからねっ」
僕はいいねっ! と親指を立てる。
「はっはっはっ。そんなことを堂々と言うから、Dr.から生意気だって言われるんじゃないのかっ? はっはっはっ」
スッポン!
そう言いながら、突然、右のハサミを取ってしまう。
中から、パワースーツに包まれた、男性の太い腕が出てきた。
ゴトリ……
教台の上に、右のハサミを置く。
スッポン! ゴトリ……
そしてすかさず、左のハサミを取ると、教台の上に置いた。
「ふう~、楽になったなぁ~」
ぐるんぐるん
気持ち良さそうに、両腕を回した。
蟹の横から、人間の太い腕が生えてる。
……とっても珍妙な姿だ。
ドカリ
イソガニンさんはしばらく、ラジオ体操のように手足を伸ばした後、教台の椅子に座った。
ギシシシ
蟹スーツは重量があるのか、椅子が軋んだ。
(うわぁ。一転して、超リラックス状態に入ったなぁ……)
まあ、きっとこれが、本来のイソガニンさんの、素の振る舞いなのだろう。
「さて、ここからは、俺の実戦談を話すとしようか」
そう言いながら、イソガニンさんは蟹スーツの中から[稲村健康ランド]とプリントされたタオルを取り出して、手汗を拭った。
――そこからしばらく、イソガニンさんの実戦談……というか、途中から完全に、敗戦談を聞かされる。
僕の知っている戦闘の話も少しあったが、ほとんどは、一年以上前の知らない話で――
「――へえぇぇ~、[踵落としのレッド]ですかぁ。僕がアルバイト戦闘員になった時には、もういませんでしたねぇ。ちょっと、見てみたかったなぁ……」
話に何度も出てくる[踵落としのレッド]が特に気になって、そんな感想を漏らしてしまった……
第28章「リア充ノリが分からない僕」
終了まで、あと3話




