27.7 潮風のエトランゼ7 〜夏音Side〜
「いや、あの血判状を見て以来、何じゃか遠い昔ばかりを、思い出してしまってのう……」
じっちゃんは、目を細める。
「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず……かのう……」
じっちゃんがまた、部屋の中ではない、遠くを見つめて、呟いた。
「まーたじっちゃんは、呪文みたいなこと言ってぇ。サッパリ意味が分からん」
こういう言葉は、理解出来なくて困る。
「花は毎年、美しい姿で同じように咲くのに、それを毎年見る人の姿は、老いて変わっていく……って意味の、時の流れや人の儚さを詠んだ、有名な漢詩だよ」
桜花が丁寧に、説明してくれた。
なるほどっ! と脳内のクマが、ぽふぅと手を叩いた。
「人の時の流れと、湘南の美しい花の時の流れは、まるで違うのじゃなぁ……」
じっちゃんは部屋にある、仏壇に目をやった。
「――文目様や紅夜叉様に比べて、わしらは老いすぎてしまったわい――」
じっちゃんは寂しそうに、なにかを呟いた……
――食事の前、いつも桜花がご飯を供える仏壇の中には、写真が三枚ほど飾ってある。
あたしは子供の頃から龍巳家に出入りしていたせいで、ピュア・シャイニングとなる前から、ここが正義の組織であることを、当然のように認識していた。
でも、湘南防衛機構サンシャインの詳しい歴史は、実際に、ピュア・シャイニングになるまで、教えてもらえなかった。
仏壇の三枚の写真についても、あたしがピュア・シャイニングになると決めた時、やっと詳しく教えてもらったのだ。
一枚は、よく知っているばっちゃん。
じっちゃんの姉さん女房だったばっちゃんは、結婚する前の若い頃、初代ピュア・シャイニングだったそうだ。
そして、ばっちゃんの写真の隣には、じっちゃん達の娘で、桜花のお母さん……藤花さんの写真が並んでいる。
藤花さんも、若い頃は何十代目かの、ピュア・シャイニングだったそうだ。
それで、和菓子職人志望の小動高校の生徒だった、ここのアルバイトのおっちゃんと恋に落ちて交際、その後に結婚したそうだ。
注 おっちゃんは龍巳家の入り婿ね。
興味深いのは、おっちゃんは高校生だった頃、パワースーツを着てシャイニングメンとなり、当時まだ彼女だった藤花さんと一緒に、戦っていたことだ。
この話を聞いた時は[面白い話だな]程度の感想だったが、今は、凄く羨ましく感じている。
あたしだって由比……いや、その先を考えるのはよそう。
藤花さんの写真の隣に、もう一枚、藤花さんにそっくりな女性の写真が置いてある。
あたしはピュア・シャイニングとなる前まで、桜花のお母さんの写真が、二枚飾ってあるのだと思っていた。
が、実はこの人は藤花さんの双子の妹で、名を香花さんといったらしい。
二人は、仲の良い双子姉妹で、一緒に小動高校に通っていたそうだ。
香花さんもピュア・シャイニングとして活動し、高校生の頃は、よく三人で出撃したそうだ。
ちなみに、香花さんのカラーはレッドだったけど、なぜかシャイニング・ローズと名告っていたらしい。
その頃は丁度、B.I.P.が二代目の総統に代替わりした時期で、何と自ら出撃してくる新総統と、何度も直接、戦っていたとの話だ。
この香花さんは、歴代のピュア・シャイニングの中でも、ずば抜けた才能の持ち主だったそうだ。
彼女の特別な戦闘和歌は、未だに、完全再現出来た者は、一人もいないとのことだ。
香花さんと比べると、桜花の戦闘和歌は、まだまだ、粗削りなのだそうだ。
香花さんは、高2でピュア・シャイニングを引退。
小動高校で出会ったおっちゃんの親友――江の島周辺で何軒ものホテルを経営する、お金持ちの息子らしい――と、交際。
二人は大学卒業後に、結婚したそうだ。
また、香花さんの引退と同時期に、B.I.P.が数年間の謎の活動停止に入る。
で、藤花さんとおっちゃんも、そのまま戦闘から身を引き、引退。
その後、B.I.P.が活動再開しても、二人は一度も戦闘には参加しなかったと聞く。
そして月日は流れて、あたしや桜花がまだ子供だった頃、悲しいことに、藤花さん香花さんは二人で行った旅行先で、一緒に交通事故に巻き込まれて、亡くなってしまった。
亡くなったのは十数年前のことで、確か昨日が、藤花さん香花さんの命日だったはずだ……
じっちゃんが、ジッと写真を見ている。
あたし達も写真を見る。
最近の桜花は、写真の藤花さん、香花さんに、どんどん似てきている。
桜花もきっと、その自覚はあるだろう。
あたしは子供の頃、藤花さんに会っている。
瞼の裏の藤花さんの姿は、今の桜花の姿と、本当によく重なる……
「わしも年じゃし、遥君に引き渡すのも、ありなのかのう……」
ぽつり
じっちゃんが呟いた。
「なっ!? 引き渡すって、じっちゃんっ!? あに言い出すんだよっ!?」
あたしは驚き、じっちゃんを見る。
桜花とおっちゃんも驚いて、目を見張っている。
「じっちゃんは、桜花を白浪に渡すつもりかよっ!! そんなんっ、いくらじっちゃんだって――」
ババッ
思わず座布団から、腰を浮かす。
「いやいやっ、桜花の話じゃないわいっ。サンシャインの話じゃよっ」
じっちゃんが、慌てて否定した。
「桜花のことは別問題じゃわい。わしが昔、不用意に書いた血判状なんぞに、桜花が縛られるのは、あまりに馬鹿げておる」
「桜花にその気がないなら、遥君からどんな誹りを受けようが、次に会った時に、キッパリと断るつもりじゃよ」
コトリ
じっちゃんがお茶椀を置いて、続ける。
「あくまで、湘南防衛機構サンシャインの話じゃよ。わしもいい加減、年じゃし、先々を考えんとな」
「あんだよ。そっちか……」
ぽてん
それを聞いたあたしは、安心して腰を下ろした。
「同時期に組織を立ち上げた、従兄弟のあやつが逝った時から、わしももう、身を引くべきではと、考えておってなぁ……」
「最初は、わしが好きで、勝手に作った組織じゃ。なら、いずれ自ら畳むのが道理じゃろ。――文目様との約定も、すでに時効じゃし――」
そう言って、B.I.P.のマークの入った、お味噌汁のお椀を持つ。
「おっ、おじいちゃんっ!?」
バッ
さっきは声を上げなかった桜花が、サンシャインを畳むと聞いたとたん、声を上げてお尻を浮かせた。
「わっ、私はっ、お母さんとおばあちゃんが活躍した、湘南防衛機構サンシャインがなくなるのは――」
「うむ、桜花の気持ちは分かっておる。じゃからあの血判状に従って、組織を遥君に引き渡し、サンシャインの存続を図るのも、一つの手かと思ったのじゃよ」
ずずず……
そう言って、お味噌汁を飲んだ。
「そう……良かった……」
ぽてっ
桜花がホッとして、座布団にお尻を落とす。
(桜花は、昔、藤花さんとばっちゃんがピュア・シャイニングだったことに、憧れや誇りを持っているからなぁ。存続には拘るか……)
あたしは内心で、そんなことを考える。
そして憧れや誇りを持っているせいか、桜花は、あたしが大して意識していない[正義]にも、真剣に向き合っている節がある。
だからこそあたしは、白浪に任せてまで存続させる意味が、本当にあるのか疑問に感じた。
だって、あいつは正義と言えない気がするから……
第27章「湘南防衛機構サンシャイン」
終了まで、あと2話
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