27.6 潮風のエトランゼ6 〜夏音Side〜
「夏坊、おかわり、どうだ?」
「サンキュー、おっちゃん」
おっちゃんに空の茶碗を渡す。
「しっかしムカつく奴だったなぁ、あの発光眼鏡は」
あたしはアジフライの半分にソースをかけ、もう半分に醤油をかけながら、思わず漏らす。
「うーーむ、親族の集まりでは好青年なのじゃが、確かに夏音君には、ちょっと冷たかったのう。……遥君は、人見知りが激しいのかのぅ?」
「好青年? じっちゃん達は騙されてるって。あたしに向けた態度が、奴の本性だね」
B.I.P.マークの付いた醤油差しを、持ったまま言う。
かぱっ
おっちゃんが、卓袱台の横に置いた炊飯器を開けて、ご飯をよそう。
「確かに遥さんの夏音ちゃんへの態度は酷かったけど、夏音ちゃんも、最初に人質の話で喧嘩を売ったのは、良くなかったと思うの」
「あれで、関係性が決まっちゃったような……」
桜花が、あたしにも原因があるようなことを言う。
親族だからか、皆、白浪をそこまで悪い人間だとは、思っていないらしい。
「……まあさ、あたしは親戚じゃないし、部外者の余計な口出しだったのかもしれないけどさ……」
ちょっと負い目を感じて、あたしは無意識にそんなことを口にした。
「これ、夏音君、そんな寂しいことは言わんでおくれ」
「遠くの親戚より近所の[見なし孫娘]じゃ。血が繋がっていなくても、家族だと思っておるのじゃよ。のう?」
じっちゃんが水を向けると、桜花とおっちゃんが、こくこくと頷いた。
「うん。それに[夏音ちゃんにも同席して欲しい]ってお父さんに言伝したのも、私なんだし」
「私たちが言い辛いことを、夏音ちゃんが言ってくれて助かったし、余計な口出しなんて、思ってないよ」
桜花がそう言うと、今度はじっちゃんとおっちゃんが、うんうんと頷いた。
「ほれ、夏坊。大盛りに、したぞ。喰え」
すちゃ
「……サンキュー、おっちゃん」
おっちゃんから、大盛りの茶碗を受け取る。
あたしの胸が熱くなる。
あたしの家はあんな状態だから、子供の頃から頻繁に、龍巳家に逃げ込んできた。
そんなあたしを、嫌な顔一つせずに快く迎え入れて、家族同然に扱ってくれる龍巳家の皆には、感謝しても、し切れない恩がある。
(だからこそ、あたしが白浪の不当な要求を、突っぱねていかないと……)
もちろん、桜花やじっちゃんが白浪の要求に、心から納得した時には、反対はしないつもりだ。
でも、ちょっとでも、龍巳家側が納得しきれていない間は、あたしが盾になろう。
あたしは心の中でそう決めて、大盛りのお茶碗をかっ込んだ……
―――――
―――
―
(まずは白浪以外は誰も納得していない、許婚について、しっかり話しておこう……)
「……桜花。あいつ[また連絡する]って言ってたけど、親戚だからって、普段からあんなのと、連絡取り合っていたのか?」
「……うん、確か高校に入学する少し前頃から、頻繁に連絡をもらうようになって……」
「鎌倉の学校のことや、アースジャスティスのことを聞かせてもらったり、相談に乗ったりしていたの……」
「電話とか、メッセだけ?」
「ううん。何度かお誘いを受けて、放課後に喫茶店でお話ししたけど……」
「じゃあ、あんなふざけた許婚の話も、前から知っていたのか?」
「うーーーん? ……遥さんが前に一度、そんなことを仄めかしたけど……でも私、その時はあまり気に留めなくて」
「だから今日、夏音ちゃんが来る前に、遥さんに血判状を見せられて、許婚の話を聞かされて、びっくりしちゃって。……急なことで、全然考えが纏まらなくて……」
(チッ。あいつ、桜花に冷静に考えさせる時間を与えないために、不意打ちをついたな……)
そう考えると、あたしが喧嘩を売って、いったん追い払う形になったのは、大成功だったのかもしれない。
「で、少し間を置いてどうなん? やっぱり、あんな眼鏡ばっかり光らせる奴なんて、結婚したくないだろ?」
「う……ん、どうなんだろう? 何だかまだ、現実感がない、遠い話に思えちゃって……男性とお付き合いしたこともないのに、いきなり将来の結婚なんて、想像も出来ないよ」
「うん、まあ、そうだろうなぁ……」
そこは乙女として、激しく同意出来る。
あたしなんて結婚どころか、初恋だって、上手く実感が出来ていない……
「遥さん……やさしく、真面目で誠実な印象だったけど、最近は少し、肩肘が張りすぎている気もして……今日も夏音ちゃんに、酷いことを言うし……」
そう言って桜花が、目を伏せた。
(やっぱり桜花は、乗り気じゃないな……)
だいたい、やり方が男らしくない。
桜花のことが好きなら、血判状なんて持ち出さずに、正々堂々とアタックするべきだろう。
恋愛で策を弄するとか、外堀を埋めるとかした時点で、男失格だ。
駄目男、認定だ。
[ぷくぷく。注 コレはナツネの超個人的意見です。ぷくぷく]
そんな男失格と結婚したら、桜花が不幸になる。
(これはやっぱり、許婚の話は、絶対に、ぶっ潰さないといけないなっ)
ずずずっ
あたしはお味噌汁を啜って、決意を新たにした。
「おっちゃんっ」
あたしは桜花から、おっちゃんへ向き直る。
「もう、おかわり、か?」
「いや、あとちょっと……。じゃなくて、さっきも散々言ったけど、おっちゃんも地下に降りて来て、その怖い顔で[桜花は嫁にやらんっ!]って言えばよかったんだよ」
「角刈り父親なんだからさっ、ビシッと言ってやる権利があるだろっ?」
あたしは、娘を守らずに、夕飯を作っていたおっちゃんに、また文句をつける。
玄関での騒動の直後、あたしは台所に乱入して、話し合いに参加しなかったおっちゃんに対し、説明がてらに、散々、文句を言ってやったのだ。
ちなみに、なぜかあたしには、料理禁止令が出ているので、台所では口しか動かしてはいない。
「それは、桜花が、決めること、だからな」
わさび醤油でアジフライを食べているおっちゃんが、渋い声で言う。
「もちろん、桜花が、首を、縦に、振らない、なら、親同士で、決める、などは、決して、しないっ。桜花の、意思が、一番、大事、だ」
「そっかっ。さすが角刈りだなっ」
おっちゃんが力強く断言してくれて、あたしは少し安心する。
「桜花も決められないなら、血判状なんて気にせずに、とりあえず拒否しちゃえ」
「それで白浪が四の五の言うなら、このあたしが発光眼鏡を叩き割って、桜花を守ってやるっ」
あたしは胸を張って、断言した。
こくり
桜花が微笑んで、頷く。
「ふ、夏坊は、相変わらず、桜花の、彼氏だな」
「あにさ? こんな純真な乙女を捕まえて、失敬な」
角刈りの非礼に対して、ビシリと不平を述べる。
脳内のクマも[全くだ]と、ぷくぷく怒る。
え? あんた牝グマだったの?
「ふふ、夏坊、おかわり、どうだ?」
「サンキューおっちゃん」
おっちゃんに、空の茶碗を渡す。
「じっちゃんも、もっとしっかり拒絶しないと、つけ込まれるぞっ」
「ぼけぼけしてたら、いつの間にか、サンシャインを乗っ取られてましたー、ってなるかもよ」
許婚の件は何とかなりそうなので、サンシャイン乗っ取りの件に話を振る。
「う・ううん……そうかのう……」
白衣を着たまま[心ここに在ず]といった様子で、アジフライにケチャップをかけて食べているじっちゃんは答えた。
何だかじっちゃんは、いつもの元気がない。
「おじいちゃん、どうかしたの?」
桜花が、心配そうに声をかけた。
「いや、あの血判状を見て以来、何じゃか遠い昔ばかりを、思い出してしまってのう……」
じっちゃんは、目を細める。
「[年々歳々 花相似たり、歳々年々 人同じからず]……かのう……」
じっちゃんがまた、部屋ではない、遠くを見つめて、呟いた……
第27章「湘南防衛機構サンシャイン」
終了まで、あと3話




