27.5 潮風のエトランゼ5 〜夏音Side〜
「何かあった?」
ててててて
撫子ちゃんがそう言って、傍まで歩いて来た。
「あっ、聞いてよ撫子ちゃんっ! さっきの奴がピュア――」
あたしは撫子ちゃんに説明する途中、近くに阿呆の大和がいることを、思い出した。
「えっと……ちょっとあの関係のトラブルでさ……」
と、慌てて言葉を濁した。
ちらり
そして阿呆の大和を横目で見つつ、撫子ちゃんに――
「――阿呆に聞かれたらまずいから、今度説明するね――」
と、小声で伝えた。 すると、
「HEY! 夏音っ! もしかして[あの関係]ってことは、今日は[あの日]ってことなのかなっ!?」
ぬたたたたたっ
玄関前に立っていた阿呆の大和が、キモく歩き寄ってくる。
「それで、そんなに不機嫌なのかっ? 大変だなっ」
最低の阿呆が、鼻を膨らませた百万ドルの笑顔で、話しかけてきた。
「まあ、[あの日]が重くて大変でも、初潮もまだの無乳撫子に比べれば、[あの日]が来るだけマシってもんだなっ!! Hahahahahaーーーーー!!」
そして[いいねっ!]と親指を立てて、大和が馬鹿笑いをした
……さすがは、モテないイケメンだ。
笑いにしてはいけないことを、平気でネタにする。
そこに怒れる、殺気立つ。
(万死に値するな。よし、殺ろう)
ダンッ
成敗するために、あたしが一歩踏み出す。 と、その前に――
ヒュ!
「おらあぁっ!!」
ブンッ!
瞬間、撫子ちゃんの踵落としが、阿呆の脳天に向けて、夜空を両断した。
ぬひょい……
しかし、怪人も避けられないような神速の踵落としを、阿呆の大和は、軽々とかわした。
「らあぁっ!!」
それでも撫子ちゃんは、初撃を避けられたことを気にせず、そのままハイキックや首刈りキックの連撃へと、移行する。
ピュン! ブンッ! ブンッ! シュンッ! ブンッ! ……
ホットパンツから伸びた長い足が、潮の匂いがする腰越の空気を、切り裂き続ける。
ヒョイ ひょい ぬひょい
でも大和は、この殺気を孕んだ驚異的な連撃を、ぬるぬると避け続けた。
ぬひょい ひょい ひょろろぃ
「いや、撫子は無乳のオスだから、永遠に生理は来ないかなっ!? Hahahahahaーーーーー!!」
しかも、避けながら、馬鹿笑いまでした。
一応断っておくが、撫子ちゃんは極端に胸が薄いといっても女性――
それも手足の長い、スレンダー体型のハーフで、かなりの美人だ。
ヌスルスルスル……ガチャリ
「Hahahahahaーーーーー!!」
大和は馬鹿笑いを続けながら後退し、蔵前家の玄関を開けた。
ヌルリ……パタン
「Hahaha…………」
阿保大和は、キモ素早く家に入り込み、消えた。
「待てっ、コラらぁぁぁ!!」
ガチャン バタンッ!
追いかける撫子ちゃんは、遠慮なく、蔵前家の玄関を乱暴に開けて、飛び込み、消えた……
シン……
一転、腰越の路地に、静寂が訪れる。
カタン コトン……
少し遠くで、こちらに向かって走って来る、江ノ電の音が聞こえた……
あたしは結局、見てるだけになってしまった。
「……なぁ、あの阿呆ってさぁ、もしかしてB.I.P.の怪人なんじゃないのかな?[オッパイ好き怪人クラマエン]とかさ……」
思わず、桜花に向かって呟く。
まぁ、そんな怪人、いないけどさ。
あの男は、ちょっと色々、人間離れし過ぎている……主に脳が。
「……うん、私も昔、そう思ったの。それで、おじいちゃんから[簡易型怪人探知機]を借りて、こっそり調べたのだけど――」
「大和さんはただの変態……じゃなくて、ただの人だったよ」
桜花がしみじみと、返事をした。
「そっか。じゃあ、怪人じゃないなら、たぶん妖怪だな」
てか、本気で調べるなよ? 桜花さん。
ドガダァーーーーン!!!!
ドサリ……
玄関を、桜花と見るとはなく見ながら話していると、蔵前家から物凄い音がした。
「……仕留めたみたいだな?」
「……うん」
「なあ、いつも最後は同じ結果になるのに、何であの阿呆は、ああして繰り返すのかな?」
「えっと……それが阿呆の血のしからしむるところ……だからかな?」
「あにそれ?」
「狸さん家族の小説の台詞を、引用しました」
ガタン ゴトン ガタン ゴトン
江ノ電が、家の向こう側の表通りを、のんびりと走り抜ける。
「――あっはっはっはっはっはっ、大和、生きてるかーー?」
蔵前家から、翠さんが爆笑する声が聞こえて来た……
阿呆のお陰で、白浪への怒りが、すっかり冷めてしまった。
……この後、蔵前家から一人出て来た撫子ちゃんに、白浪とのやり取りを軽く説明し、あたしと桜花は、龍巳家に戻って、夕飯を食べることにした……
ちなみに、本日の決まり手は、ローリングソバットだったそうだ……
―――――
―――
―
「いっただっきまーーーすっ!」
茶の間に戻って、じっちゃん、おっちゃん、桜花とあたしで、ご飯を食べる。
夕飯は、地下での話し合いの間に、おっちゃんが用意していたのだ。
卓袱台に並んだメニューは、近くの腰越漁港で買ってきたアジフライ。
地魚などの刺身。
それに、おっちゃん謹製マカロニサラダ。
ほうれん草と油揚げの、お味噌汁だった。
江の島には漁港がないので、江の島で売られている海産物の多くは、腰越漁港の船が漁をして、獲ったものだ。
つまり腰越漁港は、あの評判の江の島海産物が気軽に買える、最高の漁港なのだ。
(注。江の島で売られている海産物は、片瀬漁港産、腰越漁港産が多くを占めますが、相模湾の他の漁港や、隣の駿河湾からも、運ばれて来ています)
まずあたしは、大好きなエビをおかずに、ご飯をかっ込んだ。
LOVE甲殻類。
「夏坊、おかわり、どうだ?」
「サンキュー、おっちゃん」
おっちゃんに、空の茶碗を渡す。
第27章「湘南防衛機構サンシャイン」
終了まで、あと4話




