27.3 潮風のエトランゼ3 〜夏音Side〜
「つまりこの血判状に従えば、鎌倉夜叉狐を壊滅させた私は、[桜花君を嫁に迎え入れ、かつ湘南防衛機構サンシャインは、私の傘下になる]ということになりますね」
ニヤリ
とうとう、本性が隠し切れなくなったのか、口元を吊り上げた。
「まままま待つのじゃっ! これはっ、わし等がまだ若かりし頃、ただの従兄弟同士の喧嘩が、組織同士の全面抗争に発展しかけた時に、苦肉の収めどころとして、あやつと書いたものなんじゃ」
「衝突を避けるための、方便なのじゃよっ。それに第一、桜花は娘じゃなくて孫娘じゃ。君も、あやつの息子ではなく、孫では――」
「我がアースジャスティスとしては、この約束は現在まで継続していると考えて、長年、活動して参りました。時間が経ったからと、一方的に反故にされては困ります」
眼鏡はじっちゃんの言葉を遮って、古い和紙を指差す。
「こうして互いに血判まで押して作成した物ですから、親族という視点でも、軽々とは扱えませんでしたよ」
「裏書には、仲裁に入った全国ヒーロー協力組合の証判と――」
「お二人は[約束を違わぬことを、荼吉尼天と弁財天に誓う]とまで書いてあります」
「そ……それは――紅夜叉様と文目様が――」
じっちゃんが、二の句を続けられず、なにか小声で、ゴニョる。
「へっ! そんなのただの難癖だろっ。湘南防衛機構サンシャインを乗っ取るための口実だっ」
ババン
あたしは、たまらなくなって立ち上がり、口を出す。
「大体、そんな紙切れ一枚で桜花を嫁に貰うだなんて、冗談じゃないっ。桜花は犬猫とは違うんだぞっ」
桜花があたしに話さなかったのは、こんな一方的で奇妙な話だったからだと、理解出来た。
ぐぐっーーー!!
あたしは、イチゴ牛乳を一気にあおった。
「ぷはぁぁ!」
美味いっ! 気合が入ったっ!
「第一、KMR47を壊滅させたやり方だって、まともじゃ無いんだから、そんな約束は無効だねっ!」
ツカツカツカ
三人のいるテーブルに、歩み寄る。
「箍の外れた、キレた戦い方をする[狂気のイエロー]を、敵のアジトに単独潜入させて、中にいた非戦闘員を人質に取るっ」
「そこに戦隊が雪崩れ込むっ。この戦い方のどこが、正義の組織なんだよっ?」
[狂気のイエロー]とは、五人戦隊[Wave Five]の一人についた二つ名で、イカレた戦い方をするので、最近、有名になってきているのだ。
「人質の非戦闘員を守るために、抵抗出来ずに壊滅したKMR47の方が、よっぽど真ともな組織だと思うぜっ!」
なおも、一気にまくし立てる。
「さっきは部下が勝手にやったとか惚けてたが、本当はあんたが、そう指示を出したんじゃないかっ!?」
「少なくとも、ヤツがヤバいって知ってたはずだっ! このっ、嘘つき眼鏡っ!」
ビシシッ!!
あたしは白浪に向かって斜に構え、格好よく、親指を下に向けた。
これは撫子ちゃんの得意ポーズを、あたしが受け継いだものだ。
「なっ、夏音ちゃんっ!?」
「まっ、まぁまぁ夏音君……」
桜花とじっちゃんが驚いて腰を浮かし、あたしを見る。
「………………」
しかし白浪は、あたしの指摘や、格好良いポーズにも、眉一つ動かさない。
「まあ、この血判状に関しましては、私も一朝一夕に決まるとは、考えておりません」
「特に婚姻に関しては、私も桜花君もまだ高校生ですので、早急に決めるなど不可能でしょうしね」
くいっ
また白浪は、眼鏡を人差し指で直す。
「とりあえず現状は、親族間での許婚の口約束とでも、考えてみては如何でしょうか?」
くいっ
そんなに直すならそれ、サイズ合ってないんじゃないか?
「う……む……いや、しかし、それは本人がじゃなぁ……」
じっちゃんが、またゴニョる。
「父と母も、桜花君であればと喜んでおります。機を見て正式に、白浪家から龍巳家に申し入れようかと、話しておりました」
「しかし、今時、親族間で婚姻を取り決めるというのはのぅ……時代に合わんじゃろうて……」
じっちゃんは、曖昧な返事を、繰り返す。
(じっちゃんは、急に向こうが譲歩してきたせいで、強く否定が出来なくなっているんだ)
それとあたしが言いすぎたと思って、負い目を感じてしまったのかもしれない。
ついむきになって口を挟んだのは、失敗だったか?
ビシシッ……
ちなみにあたしは今も、親指を下に向けたポーズを保ったままなのだが、完全に無視され続けている。
桜花はまた俯き加減になって、言葉を発しない。
「それから、互いの組織の統合についても一旦保留して、まずは共闘や人員を派遣し合う、人的交流から始めては如何でしょうか?」
くいっ
「それならば、互いに得るものが多いと思いますが?」
白浪が、許婚を否定される前に、話を変えた。
(くそう……)
そろ……
さすがのあたしも、ここまで無視されると心が折れて、そっと元のシートに戻った。
「白浪と龍巳、両家自体は良い親族関係でありながら、大叔父さんと私の祖父のみが折り合いが悪く、両組織は長年共闘するには、至りませんでした」
くいっ
「しかし祖父は一昨年に亡くなり、代替わりでアースジャスティス内は刷新されました」
「ならば過去の遺恨は忘れて、これからは本当に、共闘するべきではありませんか?」
くいっ
あたしも、この話は知っている。
じっちゃんと、従兄弟であるアースジャスティスの創設者は、子供の頃から仲が悪かった。
互いが正義の組織を立ち上げた後も、何かにつけて張り合っては、足の引っ張り合いまでする始末だったそうだ。
結局、悪の組織に、仲の悪さにつけ込まれてはいけないと、両組織の関係者が[仲の良い親族で常に共闘関係にある]との、偽情報を流し続けたそうだ。
「動画を見ました。昨夜はB.I.P.の新怪人に、相当苦戦したようですね」
くいっ
「アースジャスティスは現在、鎌倉でKMR47の残党狩りのみですので、余力があります。短期間なら、こちらへ戦力を送ることも可能です」
「共同作戦でも行えば、新怪人諸共、B.I.P.など直ぐに潰せると考えていますが、如何ですか?」
ギラリ
また縁無し眼鏡が光る。
(あの眼鏡、発光でもしてるのか?)
アレもアースジャスティスの科学力が、成せる業なのだろうか?
「「………………」」
じっちゃんと桜花は、白浪のペースに完全に呑まれて、言葉を失くしている。
このままだと、じっちゃんは頷いてしまいそうだ……
[ぷくぷく。ナツネGO!]
脳内ぽちゃクマが、親指を下に立てた。
あんた指あったっけ?
いや、とりあえずGO! だっ。
「へっ! それでまた卑怯な人質作戦でもしようってか? あたしはそんな共同作戦は御免だねっ」
ババーーン
脳内GO! サインを受けて、あたしは再度、勢いよく立ち上がった。
「白浪っ、ピュア・シャイニングはあんたの力なんて、必要としていない。エロ新怪人なら確かにエロ強かったけど、最後はボコボコにしてやったから、問題ネッシングだぜっ!」
「あれなら、復帰するまで良くて数ヶ月、悪ければ再起不能だっ。なっ? じっちゃん」
あたしはじっちゃんに、水を向ける。
「うん? ……まあ、そうじゃな……」
だけどじっちゃんは、なぜか歯切れが悪く、苦い顔をした。
女将軍の[こんるり波]が心配なのかな?
「なっ? 卑怯なアースジャスティス……いや、お前みたいな卑劣な[発光眼鏡]の力なんか、必要ないんだよっ!」
「あんまりしつこいと、その眼鏡を割って、光らなくするぞっ!」
あたしはその場で白浪に向けて、拳を固めてみせる。
「「……………………」」
じっちゃんと桜花は、あたしの言葉を否定も肯定もせずに、押し黙ってしまった。
「女子と小人は養い難しと為す也。之を近づくれば則ち不遜、之を遠ざくれば則ち怨む、か……」
くいっ
「論語の通り、やはり女と……いや教養のない女と、下賎の者は、度し難いな……」
ぶつぶつ……
発光眼鏡が、なにかを呟く。
「……ふう。分かりました。話の通じない親族以外の部外者もおりますし、この話は日を改めるとして、本日はもう辞去致しましょう」
第27章「湘南防衛機構サンシャイン」
終了まで、あと6話




