27.2 潮風のエトランゼ2 〜夏音Side〜
「はぁ!? 許婚だぁ!?」
思わず、あたしは素っ頓狂な声を上げて、ファイティングポーズを解いてしまう。
あたしと桜花は親友だが、そんな話は初耳だ。
「さらに言えば、湘南防衛機構サンシャインの次期長官となる者だ。と、いうわけで、君も少しは身を弁えたら、どうかね?」
白浪は、お茶にも和菓子にも手をつけずに、淡々と話す。
「許婚で次期長官っ!? あに寝言を言ってるんだっ!? あんたっ、頭大丈夫かっ!? 脳内に害獣を飼ってる妄想でも、あるんじゃないのかっ!?」
あれ? 今、あたし自爆した?
……まぁ、そっちはいいか……
あたしは、白浪と桜花を、交互に見やる。
「……………………」
「……………………」
二人に親密な男女の様子など、微塵もない。
とても許婚だとか、そんなホットな関係に見えない。
だいたい、桜花がそんな重要なことを、あたしに話さなかったなんて、信じられない。
「桜花、こいつの言ってることって、ホントなのか?」
「そっ、それがね……何と言っていいのか……」
桜花が答えづらそうに、口篭っていると……
ガゴンッ
「おおっ、夏音君も来たかっ!」
突然、中央作戦司令室に、明るい声が響いた。
「あっ。じっちゃんっ」
声のした方を見ると、カラフルな床の一部が開いていて、そこから一人の人物が出てくるところだった。
「よっこい……せっ」
床から這い出たその人は、還暦はとっくにすぎた、おじいちゃんだ。
ボサボサの白髪頭に、カラフルで、ファンキーで、クレイジーな形のゴーグルを乗せている。
服は、原色のアロハシャツの上に、白衣を着込んでいる。
そして半ズボンを履き、腰ベルトの大きめなバックルには、なぜか敵のB.I.P.の亀のマークが、燦然と輝いていた。
肩から下げているショッキングピンク色の作業バックには、工具類が入っていて、結構、重そうだ。
この珍妙奇天烈な人が、桜花のじっちゃんで[腰越のエジソン]と呼ばれる発明家だ。
そしてその正体は、正義のマッドサイエンティストにして、湘南防衛機構サンシャインの創設者であり、現役の長官なのだ。
「桜花よ、わしにはココアをくれるかのっ」
ドサリ
じっちゃんは笑顔で桜花に声をかけると、白浪の正面に座った。
こくん
桜花はじっちゃんに頷くと、心配そうにあたしを見た。
「夏音ちゃんには、いつものを入れてくるね?」
「ん」
あたしは軽く答えて肩を竦めると、白浪から距離を取った。
すすすすす
それを見た桜花は、ホッとした顔を見せて、音もなく、給湯室に消えていった。
「待たせてすまんかったのう、遥君。いやいや、こうして顔を合わせるのは、正月の集まり以来じゃの」
じっちゃんは白浪に、屈託のない、笑顔を見せた。
「昨晩はだいぶ、ドラゴニック・アクセレレーターに負荷がかかったからのう、メンテナンスをしておったのじゃよ。いやいや、待たせてすまんかった」
「いえ、私がアポイントメントも取らずに、勝手に押しかけたのです。どうかお気になさらずに」
くいっ
白浪は眼鏡を直して、嘘くさい柔和な笑顔を見せ、答える。
「はっはっはっ、親戚にアポイントメントもなかろうてっ。いつでも気軽に、遊びにくれば良いのじゃ」
ニカッ
じっちゃんは笑うと、あたしを見た。
「そうそう遥君、この子は近所に住む夏音君じゃ。シャイニング・ブルーをやってもらっている」
「小さな頃からウチに出入りしてるから、まあ、血縁関係はなくとも、この子もわしの孫娘のようなものじゃなっ。中々、可愛い子じゃろっ? はっはっはっはっはっ」
じっちゃんはあたしを見て、目を細めると、朗らかに笑った。
「ええ、桜花君から先ほど紹介されました。中々、血気盛んで、元気な戦闘員ですね」
白浪はあたしには目も向けずに、作り物の笑顔を、じっちゃんに向けて言った。
シュン
すすすすす
そこに、桜花がB.I.P.のマークの付いたマグカップを二つ、お盆にのせて、戻って来た。
「はい、おじいちゃん」
一つは、じっちゃんの前へ。
「夏音ちゃんも」
もう一つ……あたしがいつも使っている方のマグカップは、空いているシートの前に置いた。
「桜花君も、座ったら如何ですか?」
白浪が、桜花だけに水を向ける。
もちろん、立ってるあたしには、目も向けない。
「ふん」
こんな鬼畜眼鏡の傍に座るのは、あたしだって御免だ。
あたしは、B.I.P.のマークの付いたマイ・マグカップを掴むと、少し離れたモニター前へ移動して、そこのシートに座った。
ちなみに、マグカップの中身は、あたしのフェイバリットドリンク[イチゴ牛乳]だ。
桜花は戸惑いつつも、じっちゃんの隣に、綺麗な所作で座る。
「んん? 夏音君は、そっちに座るのかの?」
じっちゃんが、ちょっと寂しそうな顔をした。
だが、すぐに気を取り直して、正面の白浪に顔を向けた。
「今日はよく来てくれたのう、遥君。ウチに来るのは、あやつが死んだ直後、君がアースジャスティス長官就任の挨拶に来て以来じゃから、半年ちょっと……7、8ヶ月ぶりくらい、かのう?」
「いえ、祖父が他界したのは一昨年の冬ですので、一年半ほど、こちらにはご無沙汰したことになります」
「ややっ!? もう、それほど経つかのぅ!? そうか……あやつが逝って、もうそんなに経つのかのぅ……」
じっちゃんが、中央作戦司令室の壁ではない、どこか遠くをジッと見つめた……
「時が経つのは、早いものですね。私も長官として日々、雑務に追われておりますと、時の速さを身をもって感じます」
白浪はさも分かったような、親身な口ぶりで、じっちゃんに同調する。
「さて」
白浪が、姿勢を正す。
「本日ご挨拶に参りましたのは、すでにお聞き及びかと存じますが、この度、我がアースジャスティスは、長年の宿敵である鎌倉夜叉狐……いえ、KMR47の壊滅に、成功した件を報告に参った次第です」
「う、うむ。少々強引な手法もあったと聞き及んでおるがのう、まあ勝負は水物じゃしな、不測の事態も起きるものじゃろう」
「遥君も、五人戦隊[Wave Five]も、見事宿願を果たしましたな。お祝い申し上げますじゃ」
じっちゃんが、頭を下げる。
「は、有難う御座います。湘南防衛機構サンシャイン長官からの祝言を頂き、亡き祖父も今頃、喜んでいることと、存じます」
白浪が、頭を下げた。
「う……ん。――果たして――あやつが紅夜叉様を悲しませたことを――喜ぶかのぅ……」
聞こえないほどの小さな声で、じっちゃんが、なにかを呟いた。
「鎌倉夜……KMR47壊滅の際の不手際については、恥ずかしながら部下の暴走を、私が止め切れなかったために、起きました。全て、私の不徳の致すところであると、真摯に受け止め、猛省しております」
白浪が再度、頭を下げた。
「うむ。戦闘中は混乱するものじゃ。遥君が止められなかったのも、致し方なかろうて。そこまで気に病むことも、あるまい」
じっちゃんは、鷹揚に対応する。
「はっ。恐縮です」
白浪が姿勢を正して、返事をした。
「さて、話は変わりますが、大叔父さん。鎌倉夜叉狐の壊滅に先立ちまして、一つ確認して頂きたいものが、御座います」
白浪は内ポケットから、畳んだ和紙を出してきた。
「これは先ほど、桜花君にも目を通して貰ったのですが……」
表面が黄色く変色したその古い和紙を、じっちゃんに渡す。
すっ……
桜花が、目を伏せた。
「ん? ……これは……」
じっちゃんが、古い和紙を開く。
あたしからは、達筆な字でなにかが書いてあるのは見えるが、内容までは分からない。
「――!? ななななななっ!? 何とっ、これはっ!?」
じっちゃんが目を丸くして、声を上げた。
「この血判状は昔、大叔父さんと私の祖父が取り交わした物で、相違ありませんね?」
白浪が、微かに口元を歪めながら、聞く。
「う、うむ。確かにそうじゃが……よくもまぁ、こんな古い物が……」
じっちゃんは和紙に目を落としたままなので、白浪の小さな表情の変化には、気がつかない。
「血判状の内容は、先に悪の組織を壊滅させた方が、相手の子供を嫁か婿に迎え入れ、かつ相手方の組織を吸収合併する、と約束したものです」
ギラッ
縁無し眼鏡が光る。
じっちゃんはポカンと、白浪の話を、ただ聞いている。
「つまりこの血判状に従えば、鎌倉夜叉狐を壊滅させた私は[桜花君を嫁に迎え入れ、かつ湘南防衛機構サンシャインは、私の傘下になる]、とのことになります」
第27章「湘南防衛機構サンシャイン」
終了まで、あと7話




