26.3 私と私3 ~夏音Side~
雨は止んでいて、腰越の町は、ジットリとした空気に包まれていた。
早足で、桜花の家に向かう……
あたしの気持ちを切り替えるために、ここでちょっと、ご近所紹介。
桜花の家は、江ノ電が走る通りに面した店舗兼住宅で、表は[龍巳和菓子店]、裏手に住宅の玄関がある。
[龍巳和菓子店]は創業……何年かは知らないけれど、割と昔から続いている和菓子屋だそうだ。
基本的に和菓子を作っているのは、桜花の父親の[龍巳高次]さん(婿養子)と、その弟子の若い職人さん(通い勤務)の二人。
販売はパートさんと、桜花が担っているが、職人さんがレジに立つこともある。
家族構成は祖父、父、娘の三人暮らしで、祖父の[龍巳与一]……じっちゃんは、和菓子作りからは引退している。
祖母……桜花のばっちゃんは一昨年、天寿を全うし亡くなった。
お母さんも、桜花が子供の頃に、交通事故で亡くなっている。
現在、家事は大半を桜花が担っている。
でも、父親の高次さん……おっちゃんも、炊事や洗濯をよくしている。
[腰越のエジソン]と呼ばれるじっちゃんは、家事はからっきしだ。
ウチは母親が家事を放棄しているので、あたしは昔から、桜花の家に出入りして、食事をご馳走になっている。
遠慮なしに。
[龍巳和菓子店]の隣には、幼馴染のお姉ちゃんで、元シャイニング・レッドの本所撫子ちゃんの家がある。
ここも店舗兼住宅で、表はお好み焼き屋の[本所]だ。
撫子ちゃんは大学一年生で、赤い髪に碧眼の、ハーフのスレンダー美人。
母親の[本所ほのか]さんは日本人で、未婚の母。
娘に父親のことは殆ど話さないそうで、撫子ちゃんも[良く知らないし興味ない]と言っている。
現在、祖父母はまだ健在で、四人で楽しそうに、お好み焼き屋を切り盛りしている。
撫子ちゃんは高校時代(七里高校)、走り高飛びで結構良い記録を出したそうだが、現在、陸上はスッパリと辞めてしまっている。
全身バネのような人で、変身しなくても、強烈な踵落としを放つことが出来る、凄い人だ。
とゆーか、あの人には、変身する必要性を感じない。
きっと生身で、怪人を倒せると思う。
圧勝で。
前に、本人にそのことを伝えたら[おまえもなー]と気さくな口調で返された。
何で?
ピュア・シャイニングは、大学受験の準備のために、高校三年の春で引退した。
晴れて大学生になった今でも、復帰するつもりは、さらさら無いらしい。
何でも最近は、自分たちで立ち上げたフットサルサークルの活動で忙しいらしい。
撫子ちゃんは[学生会の陰謀でボックス戦争が勃発した]と変なことを言っていた。
時代は今、サークル同士のバトルロワイヤルなのだそうだ。
意味はサッパリ分からないけど、とりあえず変身しちゃえば良いのにね。
後、ちょっと大学って、楽しそうだなぁと思った。
ちなみに、名前が撫子なのに、ピンクではなくレッドだったのは、じっちゃん曰く[イメージカラーは名前ではなく、性格によって自動的に決定される]とのことだった。
本所のお好み焼きは美味しいので、あたしも桜花もよく食べに行く。
お店には地元民だけではなく観光客も訪れるので、メニューは[しらすミックス]が一番人気だそうだ。
そして[お好み焼き本所]の隣には[湯島不動産腰越]がある。
ここは[蔵前]という一家が住んでいるのだが、店舗は湯島不動産腰越。
これは、この家の旧姓[蔵前翠]さんが結婚して、[湯島翠]さんと成り、旦那さんの[湯島義明]さんと一緒に、不動産業を営んでいるためだ。
元は、昔に閉店して空き店舗になってた[蔵前洋品店]だ。
ちなみに翠さんは、あたしたちの高校の先輩で、そのほか諸々でも先輩だ。
同時に子供の頃からの、あたしの憧れの人でもある。
そしてこの住宅には、撫子ちゃんと同い年の蔵前大和という、阿呆なにーちゃんが住んでいる。
阿呆の大和……さんは、湯島翠さんの年の離れた弟だ。
撫子ちゃんと同じ小中高校、大学と通っている変質者……じゃなくて、近所のおにーさんだ。
蔵前家はウチと同じく両親が離婚しており、家族構成は父、姉夫婦、阿呆の四人暮らし。
けど、普段、父親はあまり家に帰って来ないそうだ……
阿呆の大和……さんは、自他共に認める極度の[おっぱい星人]。
普段から、胸が小さい撫子ちゃんをからかっては、生粋の日本人のくせに、外人みたいな馬鹿笑いをしている。
そして、あたしや桜花の胸を、やらしい目で見てくる阿呆だ。
割とギリギリ、イケメンの部類に入る顔立ちで、子供の頃は頭も良くて、頼れる近所のリーダー的お兄さんだった。
その頃はちょっと憧れてたのに、残念なことに、中学の時に突然、阿呆に変身してしまったのだ。
撫子ちゃん曰く[ある日突然、ずっと塞ぎ込んでいた大和の脳が[ぱーん]と軽い音を立てて、その瞬間、阿呆が誕生した]そうだ。
現在は猫背で、覇気がなく、怠惰で、口が悪く、下品でエロな、限りなく最低な人物となっている。
[モテないイケメン]という新境地を開拓したことで、腰越界隈では有名な人物だ。
そしてその頭頂部は常に、撫子ちゃんの踵落としの的となっている。
以上、面白ご近所さん紹介でした。
ご近所紹介のお陰で、気持ちがフラットに戻った。
「こんばんはーー!! ゴチになりに来たよーー!!」
ガラガラガラガラッ
あたしは、元気良く声をかけながら、桜花の家の玄関を開ける。
「……む。来たか、夏坊……まあ、上がれ」
渋い声の桜花の父親、龍巳高次さん……おっちゃんが出迎えた。
この人はとにかく、無口で顔が怖い。
いつ見ても、一ミリの狂いもなく、同じ角刈り頭をしている。
[不器用ですから]と言って、器用に和菓子を作るタイプの人だ。
常に怒っているように見えるが、子供のころからの付き合いのあたしには、おっちゃんの喜怒哀楽が、ハッキリと分かる。
(今日は……少し戸惑ってる表情……かな?)
ちょっと珍しい表情だ。
「おっちゃん、桜花は?」
靴を脱ぎながら、聞く。
「下に、いる。夏坊も、すぐ来て、欲しい、そうだ」
「あいよー」
返事をして、遠慮せずに上がる。
勝手知ったる家なので、戸惑うことなく廊下を進み、誰もいない茶の間の横を通りすぎる。
ちなみに、おっちゃんがあたしを[夏坊]と呼ぶのは、子供の頃、本気であたしを男の子だと勘違いしていた名残だ。
……まったく、失礼な角刈りだ。
廊下の突き当たりに、和菓子店に続くドアがある。
そして、その横に、上にも下にも続いている階段がある。
階段は一般家庭にありがちな、木製のモノだ。
あたしは、いつも通り、軽快にその階段を下りて[湘南防衛機構サンシャイン]の、地下秘密基地へと向かった……
第26章「私と私」終了
【予告】
次回から、第27章「湘南防衛機構サンシャイン」(全9話)と、なります。
湘南防衛機構サンシャインの地下基地での新展開や、物語のキーとなる人々の関係性など、盛りだくさんな章になります。
モテないイケメンの阿呆大和(物語とは無関係キャラ)などの、不必要な人物も登場っ!
乞うご期待!




