26.2 私と私2 ~夏音Side~
「運動神経、良かったなぁ……正直、格好良かったよ。それは認める」
太っていた頃は分からなかったけど、どうも由比里は、抜群の運動神経を持っていたようだ。
女にはスポーツですら暴力的なモノは苦手というヤツもいるけど、あたしはピュア・シャイニングをやっているせいか、平気だ。
もちろん、イジメのような一方的な暴力は完全否定だけど、対等な喧嘩や、ルールを守った格闘技なら、抵抗を感じない。
だから今日、喧嘩をする由比里を見て、単純にカッコいいと思った。
救いようのない嫌なヤツから売られた喧嘩を、軽くいなして、倒す……
「まるで正義の味方みたいだった。シャイニングメンにスカウトしようかと思ったぞ」
(もしも、由比里と一緒に怪人と戦ったら、楽しいだろうなぁ……)
ぽぉーー
ついつい、想像してしまう。
(二人で磐田を倒した時は、最高の気分だったもんなぁ……)
ぽぉーー
例えば、昨日のイタリア怪人ナポリタンを、シャイニングメンの由比里と一緒にぶちのめしたら、最高にスカッとしただろう。
ぽぉーー
ぽぉーー
[ぷくぷく。だからその後、ゾノーがユイーに抱きつくのを見て、悲しくなったのね。ぷくぷく]
再び、脳内クマぽっちゃんが、話しだす。
「うっさいぞ、害獣……」
床の縫いぐるみを、睨みつける。
でも、現実の縫いぐるみは、ただ、ぽちゃっと転がっているだけだった。
[ぷくぷく。今日、ナツネは朝からダメダーメだったよね?]
[昨日、あんなにイケメンは好きにならないって決意したのに、坂道でユイーの笑顔を見たら、イチコロだったもんね]
脳内害獣は、同情するような顔をする。
「………………イチコロじゃない。少し雰囲気が変わって、ビックリしただけだ」
[ぷくぷく。ユイーってさ、なんか、昨日より精悍な雰囲気になって、さらにカッコよくなったもんね]
[あれじゃあ、ゾノーもますます、夢中になるよねぇー。ぷくぷく]
「……みたいだな。学食でも由比里に、くっついていたしな」
[ぷくぷく。そうだよね。学食飛び出したら、ゾノーから離れて、昨日みたいに追っかけてくると期待したのにね。ナツネ残念。ぷくぷく]
害獣が[ガックシ]と、なで肩を落とす。
「……あたしは、そんな期待、してない」
[ぷくぷく。お昼も夕方も、ナツネはユイーに追いかけてもらいたくて、走り出したんだよねぇ? 何度も振り返っていたもんね? ぷくぷく]
「……………………」
確かに、昼休みも放課後も、あたしは走りながら、何度も後ろを振り返った。
昨日と同じ姿を探して、何度も、何度も……
「……由比里は芹園を助けるために喧嘩したんだ。だから芹園を放り出して、あたしを追いかけるはず、ないだろ?」
分かっていることだ。
……あの後、渡り廊下で良い雰囲気になった二人は、どうなったのだろう?
もしかしたら、付き合うことになって……
……そしてそのまま、キス……なんてことに、なったのかも……
「くっ……」
ズキリ
胸が痛んだ。
(あぁ、由比里が最初からイケメンだったら、良かったのになぁ……)
それなら決して近づかず、仲良くなったりは、しなかったはずだ。
(仲良くなって……良いヤツだと知ってから、突然イケメンになるなんて、反則も良いところだ……)
雨の中、走りながらあたしは、泣いたのだろうか?
頬を流れたのは、本当に雨粒だけだったのか?
「……そんな訳ないっ。由比里への気持ちはLikeだ。LoveじゃなくてLikeなんだっ」
今日のあたしの行動は、一時の気の迷いだ。
格好良くなった男友だちへの戸惑いを、ちょっと恋心だと勘違いしただけだ。
この気持ちは、夏の海に浮かんだ蜃気楼のようなもの。
すぐに消えて、なくなる気持ちだ。
蜃気楼に向かって泳ぎ出すのは、馬鹿のすることだ。
それが幻だと気がついたのなら、すぐに引き返すべきだ。
(大丈夫、あたしはまだ、ちょっと海水に足を浸しただけだ)
引き返すのは簡単。
(……きっと、由比里と芹園は付き合う)
芹園はガサツなあたしと違って、いかにも女の子といった雰囲気だ。
由比里もきっと、あんな女らしいヤツが好きに違いない。
(……由比里は、もう芹園の彼氏だ)
だから、あたしのこの気の迷いは、封印しなくてはいけない。
「……少し、距離を置かないと、いけないな……」
気の迷いが消えるまで、由比里とは接触しないようにしよう。
登校時も、エンカウントしないように、気をつけよう。
休み時間も話さないようにして、お昼は学食ではなく、購買のパンにしよう。
「……よしっ! うんっ! そうしようっ!」
ババッ!
ベッドから、跳ね起きる。
パンッ! パンッ!
両手で、自分の両頬を叩く。
「よしっ! これで[らしくないあたし]は終わりだっ。あたしは花より団子。桜花の美味いご飯でも食べて、全部忘れようっ」
ご近所から[高燃費・高出力]だと冷やかされるあたしに、恋なんて必要なし。
「でりゃあっ!」
バスタオルを投げ捨てる。
パパッ
さっさと、男の子みたいなラフな私服に、着替える。
出かけることを伝えるために、一階の居間へ。
「う……」
居間が、酒臭くなっていた。
また、母さんが、一人で飲み始めたみたいだ。
「桜花の家で、夕飯食べてくる」
クルッ
そう一言だけ言って、方向転換……
「夏音ぇ~、あんた学校にリュック忘れたのぉ~? さっき、学校から電話かかってきたわよぉ~」
母さんが、ソファーに転がりながら、ダルそうに伝えてきた。
「先生が見つけたから、財布もスマホも無事だってさぁ~。職員室で預かっているから、明日、取りに来なさいってぇ~」
ヒラヒラ
母さんは手を振って、そう言った。
「ぐ……」
そうだった。
恥ずかしい。
財布もスマホも入っているリュックを学校に忘れて、しかもそれに気がついていたのに、学校に連絡もしないで放置する……
本当にあたしは今日、どうかしていた。
ただ、母さんは酔ってるせいで、疑問を感じてないらしく、それ以上は何も言ってこない。
……また夕方のこと……由比里のことが、頭をよぎりそうになる……
「行ってきまぁーーーーすっ!」
ダダッ
あたしはソレを振り切るように、元気良く叫んで、家を飛び出した。
雨は止んでいて、腰越の町は、ジットリとした空気に包まれていた。
タタタタッ
早足で、桜花の家に向かう……
第26章「私と私」 終了まで、あと1話




