26.1 私と私1 ~夏音Side~
「馬鹿だ、あたしは……」
フオォオォォォンンンーーーー……
お風呂上がり、部屋でバスタオルを体に巻いたまま、ドライヤーで髪を乾かすあたしは、また同じ呟きを口にした。
「本当に馬鹿だ、あたしは……」
鏡に映る自分に向けて、また呟く。
渡り廊下での出来事の後、後輩から借りた傘を手に握ったまま、雨に濡れ、走って家に帰った。
家の玄関で、畳んだままの傘を手に、ずぶ濡れで帰ったあたしを見た母さんは、しばし呆然とした後、弾けるように大爆笑をした。
「そりゃ、爆笑するよなぁ……」
無意識に、昇降口で上履きから靴に履き替えていたのは、せめてもの救いだった。
ただ、仲裁に飛び出す前、渡り廊下の入り口のドア裏に放り出したリュックは、そのまま放置して帰って来てしまった。
「阿呆か、あたしは……」
ちょっと呟きに変化を加えてみる。
もしも上履きで帰ってたら、さすがの母さんも爆笑せず、心配をして、何があったか聞いたかもしれない。
「あんな事、母さんに説明出来るかよ……」
絶対出来ません。
生き恥です。
もしも、ありのままを説明したら、きっと母さんはこう言うだろう。
[あんた、その男の子のことが、好きなの?]って……
「………………んなことあるかっ!!」
あたしが由比里を好きなんて、絶対ないぞっ。
全っ然っないっ。
ないないっ。
ない……
「……あれだ。友だちとしてなら、あるぞっ。うん」
カチッ
ォンンンーー……
髪が乾いたので、ドライヤーを止める。
「さて、着替えなきゃな……」
今日は桜花の家で、夕飯を食べる約束だ。
ぼふっ
そう呟きながらも、言葉とは裏腹に、バスタオルのままベッドに転がる。
すかさず、縫いぐるみを、引きよせる。
「友だちとしてだぞ? だから、いい気になるなよな、由比里?」
縫いぐるみに話しかける。
「Loveじゃなくて、Likeだぞ? 勘違いするなよ?」
多分……じゃなくて絶対!
[ぷくぷく。じゃあ、なんで抱き合ってる二人を見て、悲しくなって、雨の中に逃げ出したの?]
突然、[脳内のクマぽっちゃん]が質問してきた。
「……………………」
あたしは、答えられなかった……
[ぷくぷく。ゾノーとワターが付き合うかも、って期待してドアの裏に隠れてたのにね。結果は悪い方に転がっちゃったね? ぷくぷぷぷ]
脳内のクマぽっちゃんが、短い手を口に当てて、ぷくぷくと笑う。
[ぷくぷぷぷ。もっと早く仲裁に入れば、ゾノーがユイーに、抱きつくこともなかったのにねぇ。お馬鹿さん]
「うっさいぞっ! 害獣っ!」
ぼすっ
現実の、縫いぐるみにパンチを入れる。
なんだか、嫌でも思い出してしまう……
放課後、慕ってくれる部活の後輩から傘を借りたあたしは、あの渡り廊下の入り口に行き着いた。
そこで芹園と磐田が、二人きりで話している様子を目撃した瞬間、なぜか咄嗟に、ドアの裏に隠れてしまった。
二人の会話は、早い段階で、雲行きが怪しかった。
正直、もっと早くに飛び出すタイミングがあったし、そうすれば、あんな喧嘩沙汰にはならなかっただろう。
でもあたしは、中々動かなかった。
別に、磐田が怖かった訳では、ないのに……
あたしはただ、ドアの裏でジッと身を潜めて、何とか仲直りをして欲しいと、願い続けていた。
それは、二人のためを思って、ではなくて……
[ぷくぷく。誰のために?]
脳内の声は、無視する。
結局、芹園がビンタした音に驚いて、顔を出したら、磐田が芹園を殴ろうとしてる場面だったので、咄嗟に飛び出したのだけど……
[ぷくぷく。まさか、反対側からユイーが現れるとはねぇ。想定外。ナツネは石化しましたとさ。ぷくぷく]
脳内の害獣が、胡散臭い外人のように、両手の平を上に向けて、やれやれと首を振った。
さらに想定外だったのは、由比里が喧嘩が強かったことだ。
アレはどう見ても、磐田のパンチを見切っていた。
でも、卑怯な髪掴みには気がつかなかったところを見ると、由比里は喧嘩に慣れている訳ではなさそうだ。
たぶん、単純に運動神経が良いのだろう。
そういえば、昨日の昼休みも、異様に足が速かったし。
「……しかしあの磐田のやり方、まるで昨日の、エロイタリア人みたいだったなっ」
卑怯な手口だ。
ますます、磐田が嫌いになった。
アレがなければ、あたしは加勢しなかったのに。
初めは、男同士の喧嘩だからと、手を出さずに遠目で見ていた。
だからあたしは、途中で磐田の動きが変わったのが、ハッキリと分かった。
だが、至近距離の由比里は、気づけずに髪を掴まれて、ピンチになって……
[ぷくぷぷぷ。あの時ナツネ、ピュア・シャイニングに変身しようとしたでしょ?]
[いくらライクな男子がピンチでも、ただの不良相手に、ガッコで変身しちゃダメでしょ? ぷくぷぷぷ]
相変わらず、お上品に口に手を当てて、ぷくぷくと笑う脳内害獣。
「それは、人助けだから……正義の味方としての行動だっ」
苦しい言い訳をする。
あの時、あたしは無意識にポケットを探って、スマホを探していた。
そして、スマホはリュックの中だったことを思い出すと同時に、ここで変身してはまずいと、気がついたのだ。
その後、どうするか悩みつつ戦況を見ていたら、最低なことに、磐田が由比里のスマホを破壊してしまった。
それで、もう躊躇しては駄目だと思い、一か八かの、二人諸共、巻き込む飛び蹴りを放ったのだ。
が、タイミング良く、直前に由比里が逃れて、磐田のみにヒットする結果オーライになった……
「……あれ? 由比里はどうやって、髪掴みから逃れたんだ?」
はたと、気がついた。
[ぷく? ……………さぁ、分かりません]
ぷいっ
小首を傾げた後、ソッポを向く、脳内クマぽっちゃん。
チッ! お前なんて二度としゃべるな、バーカバーカ。
「うーむ。大方、下からのパンチが、上手く当たったのだろうけど……」
「こう、力が入らなくても、シュッ! シュッ! っとさ」
ぼふっ ぼふっ
由比里になったつもりで、縫いぐるみのお腹をパンチする。
脳内の害獣への、恨みを込めて。
「こう下からエグるようにっ、打つべしっ! 打つべしっ! とすればきっと……あっ!」
パンチが縫いぐるみ下腹部に当たって、閃く。
「……分かったぞ。金的だ」
わぁー、恥ずかしい。
ぽっ
顔が赤くなる。
ぽっ
脳内クマぽっちゃんも、頬を染めた。
ポイッ
実物の縫いぐるみを、放り捨てる。
ぼてっ
縫いぐるみは、床に転がった。
「由比里はきっと、男の……その……アレを狙って、逃れたんだなっ」
女のあたしにはサッパリ分からないが、男のアレはモンドームヨーの急所だと聞く。
力がなくても、ソコさえ潰せば、男は動けなくなるそうだ。
「なっ、なるほど。やるな、由比里」
目には目を、卑怯な手には卑怯な手を、だな。
勉強になった。
「……なら、昨日のエロイタリア怪人も、アレを潰してやれば良かったのかな?」
それなら、楽に勝てたかもしれない……
想像する……。
ブルルッ
悪寒がした。
ブルルッ
脳内クマぽっちゃんも、震える。
「いや、バッチイからこの手段は不可だな。絶対、触りたくない」
手が腐る。
不可だ。
まあ、あの変態イタリア人は再起不能だろう。
もう、金的がどうのと、考える必要はない。
変態怪人は置いておいて、由比里のことだ。
「運動神経、良かったなぁ……正直、格好良かったよ。それは認める」
第26章「私と私」 終了まで、あと2話




