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第24話 再結成

「も、もうすぐかしら?」


「うぅ~、緊張するわぁ」


「おいおい、しっかりしてくれよ? お前らだって冒険者になってもう長いんだから、今さら魔物相手にビビってんじゃねえぞ」


 平原に設けられた陣の中でマリー、ミリー、メリーの三人が肩を寄せ合うようにして縮こまっていた。

 視線の先には緑が深過ぎるあまりもはや黒々として見える森。

 ブルームの近郊にも森林は多いが、植生も木々の密度も明らかに異なる。俗に魔物の森と呼ばれ、魔王討伐を果たした今となっても人類の支配が及ばない土地である。唯一人類が進駐していた北方砦の陥落がダリアによって伝えられてからすでに三日が経過していた。魔物は今も南下を続け、まもなく軍勢の先頭が森から顔を出す――らしい。


「そんなこと言われても私たち、軍の相手だなんて初めてなんですものぉ」


「そうですよ、それがいきなり小隊長扱いで他の冒険者の面倒も見ろだなんて、荷が重すぎますって」


「あー、そっかそっか、お前ら魔王がいた頃はまだ冒険者になってなかったか」


「当たり前じゃないですかぁ。私達、その頃まだ十歳にもなってないんですよぉ」


「物心ついたころには勇者様がすでに召喚されてて、ローザ姐さん達の活躍も聞こえてきてたっすからね」


「そうそう、私達が住んでいた辺りじゃ魔物の軍勢自体目にしたことが無かったし、魔物との戦争の悲壮感みたいなのだってもうあんまり感じられなくなっていたわよね」


「はぁん、なるほどねぇ。あたしも古参の冒険者なんて言われるようになるわけだ」


「お前で古参なら、私はどうなる?」


 ふらふらっと寄って来て口を挟んだのはクラウディアだ。


「あんたはそれこそ最古参ってやつだろうよ」


「そいつはあまり面白くない言われようねぇ」


 クラウディアがうへえと舌を出す。

 黙っていると妖艶な大人の女性といった雰囲気の彼女だが、冒険者ギルド設立以前――つまり冒険者自らが貴族に自分を売り込んだり、商人と魔物素材の値段交渉でやり合ったりしていた時代――からの冒険者である。見た目の印象に反して粗野で下品な物言いもする。


「あ~ら、ギルドの皆さんとはずいぶんと仲良くしているのねぇ、おばさん」


 さらに口を挟んできたのはダリアだ。

 ギルドから委任を受けた冒険者達の指揮官であり、国王の相談役として軍の展開にも口を出している。つまりこの戦場における実質的な最高責任者である。


「ふっ、私自身冒険者ギルドの一員なのだから当然だろう。ギルドのやつらはお前のところの連中と違ってお高くとまっていないし、前線で戦う魔法使いを軽んじるどころかたいそう有難がってくれるからな」


「だからっ、それは昔の話だと言っているでしょう。いつまでもおかしな誤解をしていないで、いい加減魔導協会にも入ったらどうなのよっ」


「だとしてもお前のような女が協会を牛耳っている限り、協会に入る気にはならないわね。魔導とは、本来異端であるべきなのよ。国にすり寄って権力を得るなんて、魔法使いのすることじゃないわ」


「貴方が嫌うような旧弊な連中を黙らせるためには権力が必要だったんじゃないのっ。自分では何もせず、そうやってグチグチグチグチ批判ばかりっ」


「ロ、ローザ姐さぁん」


 メリーが何とかしてくれと、すがるような視線を送ってくる。

 二人ともいい大人なんだから放っておけば良い、とも思うがこれから軍勢との戦闘が始まるという時に主力二人がいがみ合っているのも問題か。とはいえローザより口が立つ二人だ。どう宥めたものかと、言い争う黒衣の魔女二人をじっと観察する。


「……そういえばダリアのその格好ってさ」


 特に妙案も浮かばず、とりあえず思ったことを口にしていた。


「な、何よ、ただ魔女っぽい格好をしているだけよ」


「魔女っぽい格好、ね。でも魔導協会にそんな格好してる女魔法使い他にいないよな?」


「そんなことないわよ。全魔法使いの憧れ、この大魔導師ダリア・シュレッダーが着ているのよ? 若い魔法使い達は大勢真似してるわよ」


「あーいや、そうじゃなくって、あたしらが駆け出しの頃の話」


 勇者パーティを組む頃にはすでにダリアはこの黒ずくめのいかにも魔女らしい扮装をしていたが、当時からしてそれは些かと言う以上に古めかしい装いであった。他にそんな格好をしていた魔法使いをローザは一人しか知らない。

 “闇鴉”のクラウディア。ローザが剣を取る頃にはすでに名の売れた冒険者であったから、同じ魔導の世界を生きるダリアがその存在を知らぬはずもない。


「なんだ、もしかして私に憧れてそんな恰好をしているの、ダリア・シュレッダー?」


「そっ、そんなわけがないでしょうっ! 馬鹿言わないでっ。――と言うかっ、そもそも貴方が配置を離れているから呼びに来たのよ、私はっ。さっさと見張りに戻りなさいっ!」


「はいはい、まったく人使いの荒いことだ。少しは年長者を労う気持ちと言うものを――」


 ダリアにぐいぐいと押しやられ、渋々ながらクラウディアは陣内に設けられた物見やぐらへと帰っていく。魔力探知や遠視といった魔法が使えるため、魔法使いと言うのは見張り番としても優秀なのだ。


「……ダリア、お前」


「ううっ、うっさいわね、あの人曰く協会の犬として日々酷使されていた私には、あの人の自由な生き様が何となく眩しく見えたこともあったのよっ。悪いっ?」


「へえ、大魔導師ダリア・シュレッダー様って、案外可愛いらしい方なんですね」


「てっきりもっとおっかない方かとぉ」


「何か言ったかしら」


「いいえっ、なんにもっ!」


 マリーミリーメリーがぶんぶんと首を横に振った。

 三人を一睨みで黙らせたダリアは続けてローザにも刺すような視線を向けてくるが、どこ吹く風と受け流す。

 “あのダリアにそんな可愛らしい一面があったとはなぁ”などと聞えよがしに嘯いていると、にわかに陣内がざわついた。何事かと周囲を見回すと――


「――あ、見つけたっ、ローザっ!」


「リリィっ!?」


 リリアーヌが駆け寄ってきた。


「こんなところまで出て来てどういうつもりだ? 危ないからすぐにブルームへ戻れ」


「ギルドから依頼されたのよ、前線に回復魔法の使い手が一人欲しいって」


「だからって何も司祭であるリリィ自ら出張ることないだろう」


 そう、普段は回復の聖女として救護院に詰めていることが多いリリアーヌであるが、実のところブルームの教会とその教区を監督する司祭でもある。つまりこの一帯で一番お偉い神官様なのだ。


「あら、私以上の適任がいるかしら? 私だって勇者パーティの一員として魔王との戦いを経験しているのよ。回復魔法を使えるだけの他の子達と違って、れっきとした冒険者でもあるんだから。ローザと同じA級よ、A級」


「そりゃあそうだけどさぁ」


 教会には神殿騎士と呼ばれる精鋭部隊が存在していて、勇者に同行する最良の神官として育てられたリリアーヌも当然その訓練を受けていた。

 だから普通の神官と違って初歩の攻撃魔法なら扱えるし、杖を使った体術も最低限仕込まれてはいる。が、お世辞にも強いとは言えない。リリアーヌの性格なら当然熱心に訓練にも励んだのだろうが、何事も向き不向きと言うものがあるのだ。ゴブリンの一体程度なら倒して見せるだろうが、二匹三匹に群がられればもう手に負えないだろう。つまりその辺りの農夫と同等か、少しはましかと言う程度だ。


「大丈夫よ。あの魔王討伐の旅でだって、結局私は怪我の一つもしなかったのよ」


「そりゃああたし、――や時々は勇者のやつが必死こいて守ったからだろう」


「だったら問題ないじゃない。今回だって守ってくれるんでしょう、ローザ?」


「そりゃあもちろん守るけどさぁ。――ダリア、お前からも何とか言ってやってくれよ」


「うん、悪くないんじゃないかしら?」


「お前、こんな時にやり返すのは無しだろう」


「いやいや、そうではなくって。ローザ、リリアーヌがいる方が慎重になるし、戦い方も丁寧になるものね。相手は軍勢なのだから、戦鬼丸出しで突っ込んで行かれてもこっちとしては困るのよ」


「ぬぐっ」


 つい先日も“午後からリリィと買い物の約束があるし”と言うだけで単身ゴブリンの巣穴に突入した前科がある。否定は出来ない。

 単独(ソロ)冒険者として数多の大物を狩りまくり若くして戦鬼の異名と最強の戦士の肩書を手にしたローザであるが、リリアーヌがいれば忠実な守護者にならざるを得ない。もちろん戦士として前衛を務めるが、むやみやたらに突っ込んでいくような危険は冒せない。かつて命に代えても守ると誓いを立てたが、そこで命を落としてしまえばリリアーヌを守れるのはそのたった一回きりなのだ。だから命を使えるのは本当に最後の最期だけだ。


「うん。だからね、私がローザの重しになるわ」


「悪くないわね。リリアーヌ、昔よりも重しとしてはずいぶん成長してそうだし」


「ちょっと、それって私が太ったってこと?」


「そう聞こえたのならその自覚があるってことでしょうね」


「ひっどーい。ねえっ、ローザからも何とか言ってやってちょうだいっ」


 リリアーヌは味方にでも引き込むようにぐいっとローザの腕を取る。言うまでもなく魔王討伐の旅をしていた十代後半の当時と比べ、そこはむっちりと豊かだった。


「……いや、そうじゃなくってだな。まだあたしの話は――」


「――ってことはっ、勇者パーティの再結成ってことですねっ!」


「勇者様こそいないけど、伝説の三人の戦いをこの目で見られるだなんて!!」


「どんな軍勢が来ようがこれで安心だわぁ!」


 勇者パーティの“最強の戦士”、“最高の魔法使い”、“最良の神官”の揃い踏みである。マリーミリーメリーを中心に騒ぎは広がり、陣地全体がにわかに活気付いた。


「いや、だからあたしはまだ納得しては」


「ローザローザ」


 組んだ腕をぐいと引いて、リリアーヌが耳元に唇を寄せてくる。


「ローザは私を危険から遠ざけたいかもしれないけど、私だって私のいないところでローザが傷付くかもしれないのは嫌なんだからね」


「あう」


「あ、私がいるからって怪我しても良いってわけじゃないんだからね。ローザのどんな傷だって私が治すけど、だからって怪我しないに越したことはないんだから。二人で元気に私たちの家に帰りましょう」


 熱い吐息と一緒に囁かれてしまえば、黙って頷き返すしかないローザであった。


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