第25話 開戦の口火(火力強め)
「来るぞっ、確かに軍勢だっ。先頭はゴブリンっ、その奥にオークっ」
クラウディアの声が陣内に響き渡った。
ダリアはローザとリリアーヌと視線を交わし頷き合うと、自分も物見やぐらへと駆けて行く。
「――わわっ、ほんとだっ、出てきましたよっ、ゴブリンどもっ」
ややあって地上の常人の目にも魔物達が見えてきた。
緑深く黒々とした森から続々と湧き出し、平原をも緑色に染めていく。薄汚れた深緑の体色はゴブリンで、その後方にはいくぶん鮮やかな緑のオークだ。ヒト型の魔物達が整然と――とは言い過ぎにしても、隊列のようなものを組んで進んでくる。
「えっとえっと、まずはダリア様達が魔法で攻撃するんですよねっ?」
「おう、それまであたしらは待機だから、ゆったりしてな。今からそんなに気を張り詰めてるともたねえぞ」
「そ、そんなこと言われてもぉ」
「そうよ、ローザ。後輩さん達は魔物との戦争なんて初めてなんだから、あんまり無茶を言わないの。――皆さん、安心して下さいねっ。命さえあればどんな傷だって私が治しますからっ。だから安心して戦って下さいっ。あ、もちろん普段救護院で頂いているみたいな寄付金や指名料は今日は必要ありませんからっ」
リリアーヌはマリーミリーメリーの三人に向けてと言うよりも、陣内に百人近くいる冒険者達全員に向けて言った。
無料で聖女様直々の回復魔法が受けられると聞いて、男達を中心に奇声が上がる。――こうしてお手軽に士気を高められるのなら、救護院の指名料制度というのも案外馬鹿にしたものでもないのか。
「……けっこう怖いこと言ってないっすか、姐さんの聖女様。要するに“命さえあれば傷は治すから戦い続けろ”ってことっすよね?」
「だっ、誰があたしの聖女様だ。リリィはみんなの聖女だろ、人類みんなの」
訂正し、コホンと咳払いをしてから続ける。
「傷は治すから戦えだなんて、そんなの別に普通だろう」
「おおう、ジェネレーションギャップ。それが戦争を知る世代ってやつっすか」
メリーはわざとらしい仕草で天を仰ぐ。
かつての魔王軍との戦いでは後方へ送られた負傷兵が神官の治療を受けてすぐに戦場に取って返すなんて当たり前の話だった。特に前線に程近いブルームの教会では日常の風景と言って良い。
「にしても、もうずいぶん森から魔物が出てきてますけど、大魔導師様の魔法はまだですかね?」
先頭のゴブリン達はまもなく冒険者達の陣地へ迫ろうとしている。“戦争を知らない世代”の連中はいくぶん及び腰だ。
「んーー、ゴブリンやオークに続いてオーガも出てきやがったか。となると、そろそろかな」
深緑と緑の後方に、赤黒い肌のオーガが姿を覗かせている。
魔物の軍勢と言うのは基本的に種族ごとにまとまり、そして強い種族ほど後方に控えて格下の種族を追い立てる様に進軍するものだ。魔物の習性のようなものなのだろう。魔王軍との戦争の真っ最中には様々な種族が混在し協力し合う精鋭部隊のようなものも一部存在したが、さすがにそんなものが今も残っているとは思えない。
だから同じく魔物を百体焼き払うのなら、前線のゴブリンやオークよりも後方のオーガやもっと大型の魔物を狙う方がより効果的なのだ。
「ダリア・シュレッダーっ。お膳立てはこちらでしてやる、合わせなさいっ。――――――。―――。―――――」
「言われなくともっ。―――――。――――。――――――」
ローザの予想通り、クラウディアとダリアの詠唱が始まる。
勇者パーティにいた頃は魔法言語で紡がれる呪文なんて理解不能だったが、今ではある程度聞き取れる。そして呪文の意味を知れば、これからどんな魔法が発動されるかも察することが出来る。
「―――――。―――。―――――――。“風よ、我が意を示せ”」
長い詠唱の果てにクラウディアが発動式を唱えると、押し寄せる魔物達の後方――森と平原の境界付近に猛烈な強風が発生する。風は渦巻き、オークの肥満体やオーガの強靭な巨躯すら吹き飛ばす。やがて暴風の中心部に魔物達は押しやられ、ひしめき合う。
「リリィっ、あたしの後ろに」
「ええっ」
久しぶりに着用した革のマントを持ち上げると、リリアーヌはそこへ潜り込んだ。腰に――ビキニアーマー着用故にむき出しだ――に腕が回される。
「ちょいちょい、姐さん達っ、こんな状況でいったい何をおっぱじめようってんです? ――って、なんだって急に盾なんて構えて」
「お前らも衝撃に備えろっ。来るぞ――」
「―――――。―――。“極大火焔砲”」
クラウディアの風魔法が収束すると同時に、ダリアが発動式を口にする。
その頭上に、というよりも陣地全体の上空を覆うような巨大な火球が生じ、暴風で強引に寄せ集められた魔物達の中心部へと撃ち込まれた。
「――っ、ううぅわぁぁぁ~~~~っ!?」
火球は魔物達を瞬く間に焼き尽くし、爆ぜた。斥候だけに細身かつ軽装のメリーが衝撃で転がっていく。
腰に回ったリリアーヌの腕にぎゅっと力がこもり、やはりむき出しの背に大きな二つの塊が押し付けられる。自分の半ば筋肉からなるそれとは違い、リリアーヌのものはどこまでも柔らかく背中の上でその表情を千変万化させる。首筋に当たる吐息は熱くこそばゆい。
「いっ、今のはなにごとっすかっ、姐さんっ!?」
役得を堪能していると、跳ね起きて駆け戻って来たメリーが問う。
「だから、ダリアの魔法だろうが。いやぁ、相変わらずだな」
「あ、あんな規模の攻撃魔法、見たことないっすよ」
「そりゃあまあ、ダリアだからな」
「ええ、ダリアだものね」
リリアーヌがマントからぴょこんと顔を覗かせて――可愛い――賛同する。
今でこそ“大魔導師”だとか“黒衣の宰相”だとか異名をとり才媛面しているダリアであるが、かつては “豪火の魔女”だの“破壊魔”だの“人類最強火力”だのと呼ばれていたものだ。恵まれた魔力から放たれる火魔法が売りの火力特化の超実戦派魔法使いだったのだ。
「それにしてもさっすがダリアとクラウディア、良いところに決めやがったな。大物をまとめて黒焦げにしやがった。よしっ、残りの雑魚どもを狩るぞっ」
オーガなど凶暴性の高い魔物は根こそぎ消し炭となり、残っているのはゴブリンやオークなど若手冒険者でも十分に対処出来る魔物ばかりだ。
「狩ると言っても、この状況じゃもう逃げられちゃうんじゃ?」
二人の魔法は軍勢の後方六割ほどを丸ごと壊滅させている。人間の軍隊なら当然壊走が始まるところだろう。
「―――――ッッ!!」
しかし魔物達はかえって気合いを入れるように怒号をあげると、生き残った者達だけで前進を再開した。それどころかいっそう足を早め、もはや突撃という様相だ。
「ええっ、何でっ? 全っ然怯んでないっ」
「魔物の軍勢ってのはな、そういうもんなんだよ」
かつての戦争でも残り一頭になっても戦意を失うことなく暴れ回るものだから、最後まで気を抜けなかったものだ。
「……あれ、でもそれって確か」
魔物達に対する絶対命令権を有する魔王と、その魔王に権力の一部を委譲された幹部達が率いる軍勢だけだと聞いたような。
「ローザ姐さんっ、なにぼさっとしてんすかっ!? 来ますよっ!」
「ん? ――おおっ、お前らっ、あたしの後に続けっ!!」
浮かんだ違和感をとりあえずは振り払い、ローザはブルームの冒険者代表として仲間達に檄を飛ばした。
しばらく戦争、戦闘シーンが続きますが、毎話1いちゃつきくらいは入れていきたい所存です。




