第23話 大魔導師急を告げる
「ローザっ、リリアーヌっ、いるんでしょうっ!? 早く出てきなさいっ!」
乱暴に玄関ドアを叩く音と怒鳴るような声に、朝寝は強制的に切り上げられた。
リリアーヌと一度顔を見合わせると、渋々と起き出して階段を下りていく。
「おーう、ダリア、ついさっきぶり。大騒ぎしていったい何事だ?」
「北方砦が魔物に落とされたわ。魔物の軍勢がここブルームへと迫っている」
「――っ」
ダリア曰く、北方砦へ向けて箒を飛ばしていると王国の小隊と出くわしたのだと言う。突如魔物の大軍勢から襲撃を受け、やむなく砦を放棄した駐屯軍だ。
「駐屯軍の連中が、魔物の“軍勢”と確かに言ったんだな?」
「ええっ、私は今から冒険者ギルドと軍営を回るわ。貴方達も――」
「ああ、あたしはギルドへ」
「私は教会に」
手早く出立の準備を整える。
いつものビキニアーマーにいつもの長剣。手斧や短剣などのサブウェポンをいくつかに、武器にも防具にもなる革のマント。普段あまり携帯することはないが軍勢が相手となると頼もしい長物に、傷薬や毒消しと言った消耗品も持てる限り。
「……軍勢、か」
これまでにも魔物の群れがブルーム周辺に発生することは幾度もあったが、“軍勢”と形容される集団が現れたのは魔王討伐以前まで遡る。北方砦――辺境のブルームよりもさらに北方にて魔物の動向を探る監視砦――に詰める兵士の多くは先の戦争を体験しているから、誤認と言うこともないのだろう。あくまで監視のための施設であり本格的な防衛戦を想定した砦ではないが、それでもただの群れが相手ならば後れを取ることもないはずだった。
「――これ、時間がある時に食べてね」
連れ立って家を出て教会とギルドへと続く岐路で、リリアーヌがいつの間にか用意したサンドイッチを手渡してくれる。
「……やっぱりあたしも教会に」
「駄目よ、ローザ。ギルドの皆さん、ローザのこと待ってるに決まってるんだから」
「むむぅ、だけどな」
「もう、いくつになっても甘えん坊なんだから」
ぎゅっと、ローザよりも実はほんの少しだけ背の高いその胸元に抱き寄せられた。豊かな胸は神官着越しにも沈み込むように柔らかで、ますます離れ難く――
「――さあっ、行って。十分気を付けてね」
「……ああ、リリィも」
これでお終いと身を離され、軽く肩を叩いて送り出されてしまった。さっきまで以上に後ろ髪引かれる思いで別れる。
とはいえ実際のところ、ローザがのこのこ教会へ付いていったところでやれることは何もない。それなら冒険者ギルドでやれることをやった方がブルームを、ひいてはリリアーヌを守ることにも繋がるのだ。理屈の上では。
「ローザ姐さんっ」
ギルドにはすでに少なくない数の冒険者達が集まっていた。見知った顔がローザに気付いて寄ってくる。
マリー、ミリー、メリーの女三人組中堅冒険者パーティに、同じく中堅どころが幾人も。ギルド二階に部屋を借りていたり、そうでなくても近場に宿を取っている連中だ。ギルドが貸し部屋を提供したり宿屋を斡旋したりしているのは、こういう時に戦力を集めやすいという理由もあるのだろう。
そして中堅達に混じって一際異彩を放っているのは――
「来たか、ローザ。ふあっ、こんな早朝から招集とはまったく面倒な」
「おう、ブルームにいたのか、あんた。こいつはついてるな」
黒の三角帽子に黒のローブと全身黒ずくめの如何にもな魔女は“闇鴉”クラウディア。ベテランもベテランの冒険者であり、ローザに取っても古馴染みの先輩に当たる。この国の魔法使いとしては間違いなく最強格の一人である。
普段は王都から辺境まで様々な拠点を転々としているが、折よくブルームに滞在中だったらしい。軍勢との戦いでは強力な魔法使いの有無は大きく戦局を左右する。剣を振るうしか能のないローザよりもよほど重要な戦力だ。
「で、状況はどんなもんなんだ?」
カウンターの受付嬢に視線をやる。
「いえ、先程ダリア様が飛び込んでいらして、魔物の軍勢が迫っているからすぐに冒険者を招集するように指示されただけでして。本人は軍営に報告に行かれてしまって、詳しいことはまだ何も」
「そうそう、緊急事態だからっていきなり叩き起こされてぇ」
「あいつ、肝心なことを――」
「――今から説明するわっ」
箒にまたがりギルドに文字通り飛び込んできたのはダリアだ。ローザの隣りへ滑るように着地する。
「お前はてっきりそのまま軍営の方に付くもんかと」
「貴方がいて私もいるんだから、主力は軍ではなくてこっちでしょ」
「何だ、まだ冒険者のつもりだったのか」
「あのねぇ、こっちはこれでもS級冒険者よ、万年A級のローザ・エヴァーグリーン。――ったく、いい加減王都に審査受けに来なさいよね。アサとハルの入学式だってあったんだから、その時に来てついでに受ければ良かったじゃないのよ。学園開校の祝典も、国王陛下の生誕五十周年のお祭りにも顔を出さないんだからっ」
「はいはい。それで、状況はどうなってる?」
愚痴が長くなりそうなので先を促した。ローザとリリアーヌがブルームに引きこもっていることに関しては常々不満らしい。
「あー、そうね。ギルドの職員と、あとはこの場にいる主だった冒険者を何人か選出してもらえる? 作戦会議と行きましょう」
「あ~と、それじゃあ――」
ブルームで活動する冒険者パーティの内、実力上位のものから順にリーダーの名を上げていく。
「えー、私もですか?」
「お前んとこは中堅の筆頭だろうが。それと、――クラウディア」
不平を言うマリーをいなしつつ最後に単独ながら最上位の実力者の名前を上げると、耳聡くダリアが反応する。
「あーら、貴方もいたのね、おばさんっ」
「久しぶりだな、魔導協会の犬。いや、今はその飼い主の方だったか?」
黒ずくめの魔女帽子にローブと言うそっくり似たような出で立ちの二人がにらみ合う。――いや、睨んでいるのはダリアだけでクラウディアの方は口元に笑みを浮かべている。ローザよりも十歳以上も上のはずだから現在四十半ばほど。年の分だけ余裕があるか。
「貴方のことも飼ってあげても良いのよ?」
「ふっ、お断りだ。鎖に繋がれる趣味はない」
「いつまでもそうやって意地を張って。今の協会は貴方の思っているようなところじゃ――」
「その辺にしとけ、ダリア。今はそんな話よりも目先の問題だ」
「はいはい、分かりました。冒険者ギルドじゃ私の部が悪いわね」
“闇鴉”クラウディアは今では数少ない在野の魔法使い――魔導協会非所属の魔法使い――の大物だ。彼女が非所属を貫くことで追随する者が現れるほどの。
勇者パーティの頃は共闘したこともあったし助けられたこともあったが、今のダリアの立場からすれば実に疎ましい存在なのだろう。もっとも当時から実力は認めつつ折に触れて嚙みついてはいたが。
「それじゃあローザに名前を呼ばれた人達は集まって。闇鴉のおばさんも。情報共有と作戦会議を始めるわよ。受付の貴方、会議に使える部屋へ案内して」
大きな組織をいくつも運営するだけあって手馴れた様子のダリアの進行で、戦いの準備はつつがなく整えられていった。




