第22話 聖女様は朝寝がしたい
「それじゃ、また来るわね」
翌早朝、空が白み始めるやダリアは箒にまたがり飛び去って行った。
これからブルームよりさらに北方に位置する砦を視察し、取って返して今日中に王都まで戻るのだと言う。
「相変わらず生き急いでやがんなぁ、あいつ」
「ほんとうに。身体でも壊さないと良いけど」
十代の若さで魔王討伐を果たした元勇者パーティと言うのはローザとリリアーヌも同じだが、その後の躍進が段違いである。二人が故郷で一介の冒険者、一介の聖職者として日々を送る間にダリアは歴史ある魔導協会の副会長にまで昇り詰め――それも今の会長はダリアの言いなりという話だ――、数々の魔道具を発明して人々の生活を変え、最新鋭の英雄養成機関“学園”の開設を主導して学園長の地位につき、さらには国王の相談役として国家運営にも携わっている。黒ずくめの三角帽子とローブにちなんで黒衣の宰相などと呼ばれているとか。今回の北方砦の視察と言うのもそちらの関係だろう。
本来ならローザ達に構っているような暇など無いのだろうが、まめに連絡を入れてくるのもこうして尋ねて来るのもダリアの方だ。元勇者パーティの交流が今も絶えていないのは彼女のお陰だった。冒険当時は魔王討伐が終れば真っ先に縁が切れそうな女と思ったものだが。
関係を絶ちたいわけでは決してないが、こちらから連絡を入れるのも面倒と思ってしまうローザとしては大変に有難い存在ではあるのだが――
――しっかし、引っ搔き回して行きやがったなぁ。
普段通りにしているつもりのローザとリリアーヌであるが、やや距離が遠い。すぐ隣には違いないのだが、自然と肩と肩が触れ合うようないつもの距離感ではない。
やはり昨夜のやり取りを意識せざるを得なかった。
「ふぁっ。……あー、そ、それじゃあ、もう一寝入りするとしようかなっ」
眠気は眠気で事実だが、それ以上にいたたまれなさを感じてローザは言う。
「え、ええっ、そうね。朝食の準備にもまだ早い時間だし、私も寝直そうかしら」
二人並んで家に入り、二階の寝室へと向かう。
「ちょっとローザ、どこへ行こうとしているの?」
自室のドアノブに伸ばした手を掴まれた。
「いや、だからもう一寝入りしようかなって」
「だから、どーこーへ、行こうとしているの?」
「だから、自分の寝室へ」
「駄目よっ、ダリアが使ったばかりでしょう」
昨夜はダリアの手前さすがにいつものような同衾は控え、結果ローザはハルの寝床を使い、ダリアはローザの寝床を使うこととなった。いまだ新品同然の寝台だったためだ。
「別に駄目ってこたぁ無いと思うけど。ほら、勇者パーティで冒険してた頃なんてそんなの珍しくもなかっただろ?」
同じテントで雑魚寝をしたり、交代で見張りをしながら同じ寝床を使い回すこともあった。今さら気にするような仲ではない。
「駄目です。シーツを変えて、ちゃんと布団も干してからじゃないと」
「それじゃあどうすんだよ」
「そんなの、いつも通りで良いじゃないの」
「いつも通りってことは、やっぱり」
こんな明るい時間に――話している間にかなり明るくなってきた――同衾なんて、子供の頃にだってほとんど記憶にない。
「いいからっ、行きましょっ」
リリアーヌに手を取られ、抗う術もないローザは寝室に引っ張り込まれ寝台に引きずり込まれた。
「……んっ」
いつもの寝台のはずが、匂いなのか、温もりなのか、はたまた微妙なシーツの折り目の違いなのか、有るか無きかのわずかな違和感。昨夜はリリアーヌ一人で使ったためだろう。
すぐ隣にリリアーヌの顔があって、睫毛の一本一本まで見て取れるだけの明るさもあって、そんな状況で眠れるものか。――と思っていたが、全身をリリアーヌに包まれているようで不思議と落ち着く。むしろ気が高ぶりそうなものなのだが。
なるほど、毎夜すぐに寝落ちしてしまうのもこの感覚か――
「――ダリアの言っていたことだけれど」
リリアーヌの囁くような声でローザは現実に引き戻された。
「ダリアがなんだって?」
「だから、昨夜ダリアが言っていたことよ。私がオリビアとヘーゼルのこととか、同性同士の関係を心から祝福してないんじゃないかって」
「ああ、その話か」
“その話”以外に何があるのかと言う話だが、リリアーヌから切り出してくるとは予想外だった。いつも以上に強引に――いつもが強引でないとは言っていない――、寝室に誘ってきたのはこの話をしたかったためか。
「ダリアには上手く言い返せなかったけど、違うからね? 私は、ちゃんとオリビアとヘーゼルのことは素敵だなって思うし、応援出来るわ。教会で結婚式を挙げた人たちのことだって」
「そうか」
「だけど、……私とローザは違うもんね?」
「――っ。あ、ああっ」
「私ね、ローザはきっととっても良いお母さんになると思うの」
「ええっ、あたしがかぁ?」
「アサやハルの相手をしているところを見ると、よく分かるわ」
「そうかぁ?」
「そうよ。例えばハルが無茶をしたり、アサが意地悪したりするじゃない? ローザは何が悪かったか一緒に考えて、一緒に答えを出してあげるでしょう?」
「子供と変わらねぇってことかぁ?」
「それが良いのよ。押しつけられるんじゃなく、ちゃんと自分で良いこと悪いことを考えられるようになるんだもの。その点、私は駄目ね。自分の善悪を押しつけちゃうもの。私が一人でアサとハルを育てていたら、きっと“教会の考える良い子”に育てちゃってたわ」
「別にそれだって間違いじゃないだろう」
教会附属の孤児院で育った者としてはそれが普通だし、悪いことではない。聖心教はこの国の人間の大半が信仰する宗教であり、聖心教の教義と国民の倫理観はほとんど完全に合致している。実際、孤児院出身の子供達は皆立派にやっているし、どこでも評判がいい。
「駄目よ、肝心なことは自分で考えて決めないと」
「聖心教の聖女様の言うことかぁ?」
「聖女だって人間で、あの子達のお母さんだもの。だからローザが一緒に二人を育ててくれて、悪戯だって夜更かしだってするけどそれをちゃんと悪いことって理解出来る子達に育ってくれて、私は感謝しているのよ」
「そ、そうか」
こういう話は今まですることが無かった。
アサとハルに戦い方を仕込んで、キャンプと称して小冒険に連れ出すローザを内心苦々しく思っていたりはしないだろうか、などと不安を抱くこともあったのだが、どうやら杞憂だったらしい。
「だから、ね。私はローザはいつか男の人と結ばれて、お母さんになるべきだと思うの」
「ああ、そういやその話だったな」
「女の人同士、男の人同士の恋愛だって結婚だって悪くはないけど、子供は作れないじゃない?」
「そりゃあそうだな」
ローザ・エヴァーグリーンに母性なんてものがあるとしても、アサとハルを相手にすっかり使い切ったつもりだが。
「だけど、……だけどね。もし、ローザがどうしても男性じゃなく女性が良いって言うんなら――」
「あ、ああ」
「その時は私、――ちゃんと応援するわねっ」
リリアーヌは見当違いのことを言うだけ言うと、“おやすみなさい”と口早に告げて毛布を被り直してしまった。




