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第21話 大魔導師ダリアは場をかき乱す

「ダリア・シュレーダー、其方に魔王討伐へ赴く勇者様への同行を命ずる」


「はっ、謹んでお受けいたします」


 魔導協会が有する尖塔の最上階、会長室でダリアは朗らかに頭を下げる。対して命じた会長の方は苦々しい表情だ。

 会長は百数十年前に行われた前回の魔王討伐において勇者パーティの魔法使い、すなわち“最高の魔法使い”に選ばれた魔導士の家系で、その功績で貴族に取り立てられてもいる。本来なら一族の誰か、もしくは会長自ら立つことすら考えていただろう。

 仕立て屋シュレーダーの姓が示す通り平民の出で、しかも誇張も嘲りも抜きに若過ぎる女――ダリアに大役を委ねるのがよほど腹に据えかねるご様子だ。


「協会から支度金を用意した。旅の準備に当てよ」


「ありがとうござい――」


「勇者様は今回も若い男性だと聞いている。――貴殿が選ばれた理由をよく考えよ」


 革袋を受け取ろうと近寄ると、耳元で囁かれた。


「それは、私が勇者様の気を引けそうな若くて美しい女だから選ばれたと言うことですか?」


 ひったくるように革袋を掴み取ると、声量は大きくされど口調は乱さず問い質す。脇に控える協会幹部と言う名の会長の取り巻き魔導士達にもはっきりと聞こえるように。


「いやっ、それは」


「確か国王陛下は御前試合を開催して“最強の戦士”を選出されるのだとか。私の実力に疑念がおありでしたら、魔導協会も陛下にならってみるのもよろしいのでは? 実戦の場で実力を試されることを、私は厭いません。もちろんその際は、協会の高位の方々もご参戦いただけますよね?」


「――っ、お、落ち着きなさいっ。誰も貴殿の実力に疑念など抱いてはおらん」


「…………ふっ、冗談です。会長ともあろうお方が質の悪い冗談を口になさるものですから、ついこちらまで乗ってしまいましたわ」


「そ、そうか」


「では、私はさっそく旅の準備に取り掛かります。――ご心配なく、会長に言われた言葉の意味もよく考えておきますわ」


 魔導協会の会長のお貴族様を敵に回したところで何の得もない。言葉だけの譲歩を口にすると、ダリアは会長室を後にした。




「はい、これ。お土産。馬車と違って箒には荷物なんて積み込めないから、少しだけど」


 どたばたも落ち着くと、鞄いっぱいに買い込んできた品々を手渡した。

 王都で流行りの甘味や異国の香辛料、高級食材など。ブルームでは手に入り難そうなものを中心に選んだつもりだが、辺境と言いつつこの辺りは冒険者の町として結構栄えている。見繕うのは大変だった。


「別に良いのに、いつもそんなに気を使ってくれなくても」


「おっ、良い酒。これ美味いは美味いけど値段に見合うほどでもねえから、自分でわざわざ取り寄せてまで飲もうって気にはならねえんだよなぁ」


 リリアーヌは遠慮がちに、ローザは遠慮無しに受け取る。


「良いのよ、一泊させてもらうんだから。ローザ、貴方はちょっとは有難がりなさい。――あ、私も飲むから開けるんだったらワインにしなさいよね」


「あー、はいはい、甘めの白ワインな。昔っからそればっかりだな、ダリア」


「あ、甘いとかそういうことじゃないっていつも言ってるでしょっ。余計な皮を除くことで生まれる雑味の無さが魔導の真理に――」


「はいはい、真理真理」


 ローザは雑に受け流すと、何故か二つ並んだ食器棚からワイングラスを持ち出してなみなみと注いでいく。――そんな量を一度に注ぐ酒では無いのだが。

 そうしてダリアも交えての夕食再開となった。


「あ、ローザ、その煮込みどうかしら? いつもとちょっと味付けを変えてみたんだけど」


「うん、うまいっ」


「もう、何聞いてもいっつもそれじゃないの。たまには違う感想も聞かせてくれないと、参考にならないんだけど」


「そうは言ってもリリィが作る料理はなんでも旨いからなぁ」


「もうっ、そればっかり。――ダリア、貴方はどうかしら? お口に合った? ……ダリア?」


「……やっぱり貴方達、付き合い始めた?」


「――ぶっ!? ごほっ、ごほっ」


「あーもうっ、高いお酒がもったいない」


 数々の魔導具の特許――この概念も勇者が伝えたものだ――で荒稼ぎするも根っこの庶民が抜け切らないダリアであった。


「おっ、お前が変なこと言いだすからだろうがっ」


「え~と、付き合うって? そんなの言うまでも無く、私とローザは子供の頃からずうっとお付き合いをしてきたけど」


「はぁっ、貴女ってほんとそういうところあるわよね、リリアーヌ。私らの中で唯一結婚して出産まで経験してるくせに」


「?」


「私が言っているのはね、男女交際――ではなくて、この場合は女同士か。とにかく、二人は恋愛関係にあるのかって話」


「――っ、なっ、何を言い出すのっ、ダリアっ。わ、私とローザはそういうんじゃないわよ。お、女同士でそんなの、……健全とは言えないわ」


「健全とは言えない、ね。でも勇者のお国ではそういうの全然ありだって話だったけど。むしろ大好物? だなんて言ってたじゃない。勇者の国の文化を否定するのかしら?」


「それは、その、成り立ちから違う世界の話じゃないの。勇者様の世界には神様だっていないと言う話だし」


「神様って、また盛大な逃げ口上を。だけど最近では教会も同性同士の結婚式を取り仕切ったりしているじゃないの」


「それは、確かに私もやったばかりだけれど」


「なら聖女として祝福の言葉を送ったのでしょう?」


「それはそうだけど。…………ううぅ、こんなのってズルいけど、やっぱり身内となると話は別よ。ローザには、ちゃんと幸せになって欲しいもの」


 おや、とダリアは自ら振っておいて意外な反応に驚いた。

 袖にされた形のローザは渋い顔をしているが――彼女の方からのリリアーヌに対する愛情は昔から疑いようがない――、今のやり取りでリリアーヌは恋愛感情自体は一切否定していない。聞きようによってはむしろローザの幸せのために身を引くといった言い様ではないか。


「……身内となると話は別ねぇ。だったらリリアーヌはオリビアとヘーゼルの二人のことも否定するのかしら?」


 それ以上追及するのはやめ、矛先を転じた。

 つつけば面白くなりそうだがもう少し慎重に扱いたい。ダリアにしても二人との関係は大切にしたいのだ。


「オリビアとヘーゼル? なんでここでその二人の話が?」


「えっ、ちょっと待て、ダリア。もしかしなくても、やっぱりあの二人ってそういうことなのか?」


 元勇者パーティの重戦士兼鍛冶師、ドワーフのヘーゼル。戦士としての力量もさることながら、単独での侵攻が基本戦略となる勇者パーティにとって現地で武具のメンテナンスを行う鍛冶師は実にありがたい存在だった。

 元勇者パーティの精霊魔法使い兼斥候、エルフのオリビア。エルフだけが扱える精霊魔法の当代一の使い手であり、同時に風が如く身軽さは斥候役として敵地侵攻を大いに助けた。

 最強の戦士、最高の魔法使い、最良の神官が王国が手配する勇者パーティのメンバーだが、そこにエルフとドワーフそれぞれの推薦で加わった二人だ。状況によってさらにメンバーが加わることもあったが――ローザの戦鬼に対して剣鬼と謳われた女剣豪であるとか、魔導協会非所属の老魔導士であるとか、教会有する最高戦力である神殿騎士であるとか――、それでも俗に勇者パーティと呼び習わされるのは勇者にローザ、ダリア、リリアーヌ、オリビア、ヘーゼルの六名である。


「そりゃあ勇者パーティ解散から十年以上も二人暮らしなんて続けてるんだし、そういうことでしょうよ。たまに店の方に顔を出すようにしてるけど、どう見てもそんな感じよ」


 “貴女達二人と同じように”という言葉は呑み込んだ。


「はぁ、エルフの森にもドワーフの山にも帰らず二人して王都で店を始めるなんて言い出した時にゃ驚かされたもんだが。やっぱそういうことかぁ」


「えっ、えっ? どういうこと? あの二人が何だって言うの?」


「あー、つまりだな、リリィ。オリビアとヘーゼルの二人は、――付き合ってる」


「えっ? 付き合ってるって、さっきダリアが言っていた交際しているって意味よね? えっ、あの二人が、女性同士で?」


 リリアーヌが目を白黒させる。


「う、噓でしょう? 冒険に出てた頃はいっつもあんなにいがみ合ってたのに」


「いがみ合ってはいたけど、当時からあの二人のコンビネーションは抜群だったもんなぁ。ヘーゼルが前に出るタイミングでオリビアが鎧に加護を与えたかと思えば、攻撃に合わせて斧を強化したり。逆にオリビアが釣り出した敵をカウンターでヘーゼルが仕留めたり。息ぴったりって感じで。あたしとは何度合わせてもあんなに上手くはいかなかったもんなぁ」


「う~ん、言われてみると確かに当時から本音でぶつかり合えてると言うか、どこが通じ合ってるみたいなところはあった気がするけれど」


「と言うかあの二人、普通にあの頃から付き合ってたでしょ」


「ええっ、マジでっ!?」


「う、嘘でしょう?」


「貴女達、ほんとに気が付いてなかったわけ? ほら、よく夕食の席で二人で言い争った後、それぞれ不貞腐れた感じで宿を出て行ってたじゃない? あれはあの後に外で落ち合って、いちゃついてたんだと思うわよ」


「ええっ!? あの口論は演技だったってこと?」


「いや、全部が演技ってこともないとは思うけれど。少なくとも初めの頃は本気で口喧嘩をして、それで仲直りしようと相手を探してって感じだったんじゃないかしら? いつしかそれが常態化したと言うか、行為プレイの一環になったと言うか」


「いや、でもさ。そもそもあの二人って冒険中は勇者のやつを狙ってなかったか?」


「ああ、まあパーティを組んだ最初のうちはね。エルフやドワーフの長老連中から、勇者の血を取り込むように言われてたんでしょうしね、私達みたいに」


「私“達”みたいに? …………んん?」


 言うまでもなくこの場にいるのはダリアを除けばローザとリリアーヌの二人だけだ。だいぶ長く考えてから、ローザは答えに至る。


「――えっ、まさか、リリィ?」


「……まあ、当時の教皇様からそんなお話を頂きはしたわね。もちろんお断りしたけれど」


「私の場合は魔導協会の会長からね。リリアーヌみたいにはっきり断ったりはせず、のらりくらりと受け流していたけど」


「そ、そんなことが。それじゃあリリィが勇者と結ばれたのも……」


「いや、だから依頼はお断りしたのよっ。依頼とかは関係なく、勇者様が――」


「あ、はい、もう良いです、聞きたくないです」


 当時、ローザは選考試合を勝ち抜き国王から最強の戦士のお墨付きを得て勇者パーティに加わったが、別に王国の騎士団に所属しているわけでもないフリーの冒険者に過ぎなかった。だからそんな思惑とは外れたところにいたのだろう。


「――って、話が逸れたわね。リリアーヌはオリビアとヘーゼルの種族も性別も超えた関係も、不健全と切り捨てるのかしら?」


「それは、…………エルフとドワーフは私達とは別の信仰を持っているから、彼女達が納得しているのなら良いのではないかしら」


「良いのではないかしら、ね。大切な仲間二人の関係を心からは祝福出来ないってことね、リリアーヌは」


「――っ」


「ダリアっ、言い過ぎだっ!」


「……はぁ、これ以上何を言っても私が悪者にされちゃうだけでしょうし、ここは引いておくわね」


 そこからは話題を変えて勇者パーティ時代の昔話を振った。

 共に過酷にして熱烈な唯一無二の青春時代を送った三人だから、ぎくしゃくした雰囲気はすぐに消し飛び思い出話に花が咲く一夜となった。


ストック分が尽きた+しばらく仕事の方が忙しくなりますので、更新速度が落ちます。すいません。

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