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第19話 常盤木の家

「あっ、ローザ様っ」


「おう」


 ギルドで依頼達成の報告を終え“何となく”足を延ばして救護院に立ち寄ると、庭先にたむろしていた修道女達がこちらに気が付いて駆け寄って来た。

 このところ冒険者ギルドに大きな危険を伴う依頼は張り出されていないし、怪我人もなく一日暇だったのだろう。


「お怪我、……ではなさそうですね。リリアーヌ様にご用事ですか?」


「ああ。――いや、そろそろ仕事終わるかなって顔出してみただけだから、用事って程のもんでもねえんだけど」


「すぐに呼んでまいりますね、と言いたいところなんですけど。リリアーヌ様、いま教会の方で結婚式を執り行っているところなんですよ」


「あー、妙に人が集まってると思ったら、結婚式か。……懐かしいな」


 昔は教会で結婚式があるとおこぼれでご馳走やらお菓子やらにありつけたから、兄妹達と心待ちにしていたものだ。


「間もなくお戻りになると思いますので、よろしければ中でお待ちになりませんか? お茶をお入れしますっ」


「う~ん、……いや、いいや。その辺で適当に時間を潰してるよ」


 手を取り背中を押して強引に救護院へと誘う修道女達に断りを入れると、ローザは暇潰しに“適当な”場所へと足を向ける。

 辺境の町ブルームの聖心教教会。リリアーヌの務め先と言うだけでなく、ローザにとっては実になじみ深い場所である。


「……久しぶりだな」


 教会敷地内の中央に建つのが聖堂――この建物自体が教会と呼ばれることも多い――の右手に救護院、左手には今はもう使われていない施設がある。

 多い時期には二十人近くが起居していた場所だから、聖堂ほど高さはないが敷地面積で言えばむしろこちらの方が広いくらいだ。入り口の横にある巨大な切り株はこの施設を象徴する樹木であったが、いつしか幹の一部が腐り、倒木の危険を避けるため伐採されたものだ。今は――いや、今となってはそれすらも過去の話となるのだが――、その幹を切り出して作られた大きな看板が代わりの象徴である。そこには“常盤木の家”と大書されている。

 すなわちローザとリリアーヌの育った孤児院である。木製の玄関扉を引くと、施錠はされておらずあっさりと開いた。


「けむ、……くもないな」


 もう何年も使われていないはずだが、意外や掃除が行き届いている。

 入ってすぐの大広間は居間であり食堂であり院長先生から勉強を教わる教室でもあった。広間の端には救護院で使われる毛布であるとか炊き出し用の大きな鍋であるとかが積まれている。どうやら教会の倉庫代わりに使われているようだ。

 常盤木の家が孤児院としての役割を終えたのはもう七、八年も前になる。魔王軍との戦争が終わって孤児の数も減り、何人か残った子供達も王都の孤児院へ引き取られることが決まったためだ。そもそも魔物が多く出没する辺境で孤児を育てる利点は少なく、されど戦時中は他のどの土地も孤児であふれていたからブルームはブルームで常盤木の家を運営せざるを得なかったのだ。


「よっと」


 大広間の端に寄せられていた椅子を一脚持ち出し、腰掛ける。孤児院で使っていたものだ。


「さすがにもうどれが自分のか分からねえなぁ」


 当時は何となくいつもの定位置が決まっていて、微妙な木目の違いで座る椅子にも見分けが付いた。掃除で席を移動させた後も“これはリリィの椅子だからそこ、こっちはあたしの椅子だからその隣”みたいに。

 かつて兄弟姉妹達と駆け回ったこの大広間も今はそこまでの広さには感じられない。ローザとリリアーヌが卒院してかれこれ二十年が経とうとしている。


「――あーっ、ローザっ、こんなところにいたのね!」


「リリィ」


「もうっ、救護院に顔を出すだけ出していなくならないでよね。先に帰っちゃったかと思ったじゃないの」


 一瞬、孤児院時代の可愛らしい幼馴染の姿が脳裏に浮かぶも、扉を開けて入って来たのは当然ながら美しく成長した今の彼女だ。


「ごめんごめん」


「それで、何か急ぎの用なの? 聖堂から戻るなり残りの仕事は全部やっておくから早くローザ様のところへ行ってください、なんてあの子達から言われたのだけれど」


「特に用事なんてないってあいつらには言ったんだけどなぁ」


「あら、だったらなんだって教会へ?」


「いやその、…………いっ、一緒に帰れないかなぁと思って」


「なんだ、それだけ?」


「ああ。……この前、ギルドまで迎えに来てくれたの嬉しかったから、あたしもって思って」


「あ、ああ、そうなの」


「そっ、それで、リリィはもう帰れる感じ? あれだったら、ここでもう少し待ってるけど」


「え~と、……うん、あの子達の好意に甘えちゃいましょうか。一緒に帰りましょう、ローザ」


「うんっ。あ、でもせっかく来たんだし、ちょっとここで休んでかない?」


「そう? ……うん、そうね。そうしましょうか」


 リリアーヌは首肯すると、ローザにならって椅子を引っ張り出してくる。


「……う~ん、さすがにもうどれがどれだか分からないわね」


 リリアーヌも考えることは同じようでローザは思わずクスリと笑みを漏らす。


「ん? なーに、ローザ? 何かあった?」


「いや、べっつにー。ただあたしらも男子連中みたいにこっそり名前でも彫っておけば良かったかなって思ってさ」


「……もうっ、何よ、私の考えなんてお見通しって言いたいわけ?」


 リリアーヌはちょっとだけ考えると、意味を察して頬を膨らませた。


「いや、そういうんじゃなくって、さっきあたしも同じこと思ったからさ。だから分かるように名前でも彫っとけばよかったかなって」


「もうっ、駄目に決まってるでしょ。孤児院の備品に傷をつけちゃ」


 孤児院では手先の器用な男子が院長先生に許可を得て彫刻用のナイフを借り、趣味と実益を兼ねて木工細工などしていた。

 出来上がったものを売れば小遣い稼ぎになるし、手に職を得るための訓練も兼ねている。そしてナイフを手に入れた男子達のする悪戯なんて決まっている。椅子や机にこっそり名前を彫ったり、おかしな紋様を刻んだりだ。

 ちなみに女子は女子でお針子の練習をしている子が多くリリアーヌも時折り参加していたが、ローザは性に合わずすぐに投げ出している。


「ヒースのやつが机の下に潜り込んで悪戯して、思いっきり指を切ったことがあったっけなぁ。院長先生も不在で、それでリリィが――」


「ええ、院長先生の教本を見ながら見様見真似で回復魔法の呪文を唱えてみて、それが今思えば奇跡的に発動して。それからね、神聖魔法を習うようになったのは」


「当時はさすがリリィとしか思わなかったけど、あれほとんど指先が落ちかけてたもんなぁ。うん、さすがリリィ」


 冒険者として活動するようになってから知ったことだが、相当に回復魔法に熟練した神官であっても切断された肉体を繋ぎ直すのは困難だ。仮に院長先生がその場にいたとしても果たして治せたかどうか。それを素人が見様見真似の一発で成功させてしまったのだから、結局のところ“さすがリリィ”に尽きる。


「でもあの時はローザがすぐに止血して、切断面がぴったりくっつくように固定してくれたのも大きかったのよ。綺麗に治せたのも半分はそのお陰」


「半分は言い過ぎだろぉ」


「ううん、そもそもローザが傍にいてくれなかったら動揺しちゃってまともに呪文の詠唱なんて出来なかったでしょうし」


「そうかぁ? リリィなら何だかんだ言っても最後には覚悟決めてなんとかしちゃいそうだけどな。ほら、あたしが怪我して帰った時も――」


 しばし昔話に花を咲かす。人生のほとんど全てが二人の思い出だから話題が尽きると言うことがない。


「――結婚式と言えばっ。ちょっと聞いてよ、ローザっ」


「お、おおっ」


 先刻思い浮かべた祝いの料理や菓子のおこぼれの話題を出すと、リリアーヌが身を乗り出してきた。


「今日結婚した二人だけど、――なんと二人とも女性だったのよ!」


「へ、へえ」


「数か月前にも男性同士の結婚式をやったんだけど、時代は変わったわねぇ。そういう人達は昔から一定数いたんでしょうけど、それを隠さなくなったと言うか。まして教会で結婚式だなんてね」


「リ、リリィ的にはそういうの、どうなの?」


「私? う~ん、もちろん祝福はしてあげたいけど、聖心教では同性同士の結婚って本来認められていないのよねぇ。だからちょっと複雑。今は依頼があれば結婚式を執り行いはするけど、教会の名簿には夫婦としては記載されないし」


 思っていたのとは別の方向性の答えが返ってきた。


「そ、そっか。そういや聖心教では同性婚って駄目なんだっけか」


「ええ、聖典には“婚姻は神聖なる男女の誓約”と書かれちゃってるのよね。だから頭の固い神官はまず認めないわね」


「そ、そうなんだ」


「そうなのよ」


 腕を組み、うんうんとリリアーヌは首肯する。


 ――これはどっちだろうか。


 リリアーヌは腐っても、――どころか押しも押されもせぬ聖心教の聖女であり疑いなく敬虔な信徒である。つまりは同性婚なんて認められない立場だ。しかし“書かれちゃってる”とか“頭の固い神官は”とか、この件に関しては教義に否定的にも聞こえる。

 結局そのまま悶々と考え込んでしまって、それ以上の会話もせっかくのリリアーヌと連れ立っての帰路も楽しめないローザであった。


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