第18.5話 閑話休題 アサとハル その3
「それじゃあ始めよっか、アサっ」
「ちょっ、ちょっと待ちなさいっ。もう少し離れなさいよっ。こんな近距離から開始じゃ、私の分が悪すぎるじゃないのっ」
「もう、しかたないなぁ」
「ほらっ、二十歩離れなさいっ、二十歩っ」
「ええー、それだと逆にアサが有利過ぎない?」
入学式の行われた“体育館”へと取って返して、模範試合の開催となった。
上級生も含めた生徒の大半に、まだ学園に残っていた保護者や来賓まで観戦に集まってきている。
観衆の中からダリアが一歩前に出て口を開く。
「いーい、アサとハル。学園の制服は物理攻撃も魔法攻撃も軽減する効果があるわっ。それにこの体育館にも魔法に耐えられる障壁が張られている。だから遠慮なくスカウト組の実力を見せつけてあげなさい。それじゃあ、双方とも準備は良い?」
「うんっ、いつでもっ」
「はい、大丈夫です」
「よろしい。では、――はじめっ!」
「とおおおぉぉぉぉっ!」
ダリアの号令と同時に、ハルが二十歩の距離を詰めるべく駆け出した。速い。身が低く前傾のフォームと相まって、四足歩行の獣か何かが駆けるようだ。
「“火球”、“火球”、“火球”」
アサは火魔法を連発して迎撃するも、ハルは右に左に身をさばき、時に木剣で火球を斬り払って見る間に距離を詰めてくる。
「だったら、――“雷”っ」
「――っ」
ハルが大きく跳び退ると同時に、さっきまで彼女が駆けていた体育館の床に稲妻が落ちた。
「“雷”、“雷”、“雷”っ」
立て続けに稲妻が落ち、ハルは何度となく跳ね回り回避する。
「あれって応用魔法の雷魔法?」
「それも無詠唱よっ」
生徒達がざわついた。
火風水土の基本四属性のうち火と水と風の三種を複合させた雷魔法は、とりわけ難度の高い応用魔法だ。
そして一般に魔法の発動には魔法言語による呪文詠唱と発動式の発声の二つが必要とされる。呪文は言うなれば魔法の設計図のようなもので、その魔法に習熟すれば毎度毎度正確な設計図を引かずとも省略が可能となり、やがて完全に必要としなくなる。一方で発動式の発声は魔力を持って現実世界に影響を与えるために必要不可欠な工程だ。すなわち呪文詠唱無しに“火球”や“雷”といった発動式だけで行使する魔法を無詠唱魔法と呼ぶ。
この学園のレベルはまだよく分からないが、入学したての一年生が無詠唱で雷魔法を行使すれば驚かれるのも当然だろう。とはいえ――
「“雷”、“雷”、“雷”っ」
ハルは飛び跳ねるようにして雷魔法を避けまくる。
雷魔法は文字通り雷速。発動とほぼ同時に標的を穿つ不可避の魔法なのだが、ハルは天性の勘で発動前にアサの狙いを外してしまう。
「あーもう、うざったいわねぇ。いい加減当たりなさいよねっ、“雷”」
「こっちの台詞だよっ。さっきから嫌なところにばっかり撃って! ぜんっぜん近寄れないっ」
ハルが苛立たし気に言い返してくるが、このままどちらかの魔力切れあるいは体力切れになるまで続けるなら、負けるのはアサの方だ。両親譲りの膨大な魔力を有するアサだが、ハルの体力は正しく無尽蔵。先に根を上げることになるのはアサである。
とはいえハルの性格上、そんな決着は望むまい。
「――よーし、こうなったら、ボクもっ! ――――――。―――――。―――――――」
案の定、膠着を嫌ってハルが動いた。変わらず雷は飛び跳ねて回避しながら、器用に魔法言語による呪文を詠唱し――
「――――――。“大火球”」
体育館の天井にまで届きそうな巨大な火球が放たれた。
「甘いわ、“水壁”」
アサは水の壁を展開させる。ハルの放った中級魔法に対してこちらは初級魔法だが、水と火の相性の差で十分相殺し得る。巨大な火球と水壁はぶつかり合うと同時に消失し、開けた視界の先に――
「よーいっ、どんっっ!」
「――まずっ」
全身に淡い光を帯びたハルが、先刻までよりもさらに低い構えから駆け出した。めきめきばきばきと破壊音が鳴り響くのは体育館の床がハルの踏み込みに耐えられないからだ。
巨大過ぎる火球はアサの視界を塞ぎ意識を逸らすために放たれた目晦まし。その陰で十八番の肉体強化――神聖魔法全般アサの方が得意だが、唯一身体能力を引き上げる肉体強化だけはハルの方が発動も早いし効果も大きい――を自身に施していたらしい。
「“サっ、――ちいっ」
無詠唱魔法すら発動が間に合わず、剣の距離まで詰められた。
低い位置からのハルの木剣の斬り上げをアサは杖を使って受け止めるが、――勢いを殺し切れず身体が宙に浮いた。
「やっ、たあっ、とおっ!」
「くっ、ちょっ、このっ」
ここが好機と振るわれるハルの剣戟が凄まじい。アサはその都度体勢を崩されつつも杖で辛うじて受け止める。
ただでさえ近接戦ではハルの方が一枚も二枚も上手。そこに肉体強化による補正が加わっているのだから、凌ぐだけで精一杯。魔法を編む余裕もない。
「これで終わりっ!!」
「――っ!?」
全身のバネを使った上段からの斬り下ろし。――これは杖では受けられない。
アサはとっさに尻もちを付くように後方へ倒れ込む。次へ繋がらない悪あがきの延命行為。ともあれ木剣の切っ先は鼻先を掠め、アサの足元に振り下ろされ――。
「ああっ!?」
体育館の床と木剣が同時に砕け散った。
「――っ! ふっ、ふふんっ、私の勝ちねっ! それとも剣無しで勝負を続ける?」
アサは震える膝に手を当てすぐさま立ち上がると、ハルの眼前に杖を突きつけて言った。
「ぬぬぬぬぬっ、真剣だったらこんなことで折れないもんっ。この木剣が脆すぎるのが悪いんだっ」
「はいはい、それは残念だったわねぇ。まあでも、私だって自分の杖じゃなく学園の備品を使ったんだから、条件は同じだけどねぇ」
「うっ、くうっ」
「はいはい、二人共、喧嘩しない」
ダリアが二人の間に割って入った。
「う~、だってアサが意地悪なこと言うんだもんっ」
「意地悪だなんて人聞きの悪い。ダリア学園長、私は事実を言っただけです」
「ぬぬぬぬぬっ」
「はいはい、だから喧嘩しないの。皆さんっ、模範試合はこれで終わりよっ。二人の実力、分かってもらえたかしらっ?」
わあっと観衆から歓声が上がる。スカウト組に対する不信感は払拭出来たようだ。
「さて、学園長として総評しましょうか」
コホンと小さく咳ばらいをしてダリアは続ける。
「まずはアサ。三年前最後に会った時もすでに基本四属性の初級魔法は無詠唱で発動出来ていたし、その時点で学園入学に何ら支障のない実力だったけれど、さらに腕を上げたわね。雷魔法の無詠唱だなんて、学園の上級生はおろか魔導協会の職員にだって何人使える者がいることか」
「ありがとうございます」
「それに数合とは言えハルのあの剣を受けて見せたのも驚いたわ。何だかんだ言ってあなたもしっかりローザの弟子なのね」
「ええ、まあ」
「そしてハル。あなたは何と言うか、色々と規格外ね。あの巨大な火球もそうだし、肉体強化の効果があったとはいえ体育館の床を砕く脚力と腕力。――相当頑丈に作ってもらったはずなんだけどな、床」
ダリアは体育館の床に点々と刻まれた足跡と、木剣で打ち砕かれた大穴に視線をやって溜息まじりに言う。
「それと、雷魔法を避けていたのは一体なぁに? 確かにあなたはすばしっこいけど、速さだけでは避けられないから不可避の魔法なのだけれど」
「発動されてからじゃ間に合わないから、発動する前に避けただけだよっ」
「ああ、そういえば昔ローザも似たようなこと言っていたわね。それで実際に避けたり、逆に自分の方から飛び込んでいってリリアーヌの壁になったりしてたっけ。あれは歴戦のローザだから出来る芸当だと思っていたけれど、あなたその年でもうローザと同じ真似が出来るのね」
「ししょーの弟子だからねっ!」
ハルが無い胸を張る。――本当に何でもししょーししょーなんだから。
「あー、あとそういえば、あなた達の剣の先生はローザとして、魔法の先生は誰なのかしら? てっきりリリアーヌが教えているのだと思っていたけれど、あの子が使えるのはせいぜい基本属性の初級魔法までで、雷魔法や火の中級魔法なんて教えられないわよね?」
「はい、おっしゃる通り基本の部分は母に教わって、あとは――」
「あのねっ、ボクらの魔法の先生はいっぱいいるんだよっ。ジャネット婆ちゃんでしょ、ジョン爺でしょ、クラウディアおば――お姉さんでしょ」
「ジャネット、ジョン、クラウディア。……それって高名な冒険者の?」
「はい、ローザさんがたまにうちに連れて来てくれて」
「なるほど、“爆発魔”のジャネット、“雷光”のジョン、“闇鴉”のクラウディア。いずれも魔王軍との戦いでも活躍した在野の魔法使い達ね。そういえば同じ冒険者で後輩のローザとは仲良くしていたっけ」
在野の魔法使いとは要するに魔導協会非会員の魔法使いのことだ。辺境で冒険者なんかしている人間にはこの手合いが多い。
「先生たちはししょーの先生でもあるから、魔法に関してはボクとししょーは姉妹弟子なんだっ」
「あっ、ちょっとハルっ。それは――」
「あ、これは言ったら駄目なんだった」
「んん? ししょーの先生って、もしかしてローザったらいまだに魔法を使うの諦めてないわけ? 勇者パーティの頃もリリアーヌを守るためには手札は多い方が良いなんて言って、私に教えを乞うてきたけれど。ローザの魔力量じゃまともに使えっこないのに、相変わらずねぇ」
生徒達からもくすくすと笑いが漏れ、ハルは口を滑らせた自分を棚に上げ不服そうに口を尖らせた。




