第18話 二人の新しい生活
「ただいまぁ」
「おかえりなさい、ローザっ。私もただいまっ」
「……おかえり、リリィ」
昨日と同じやり取りをして家へ入る。二人一緒に帰宅した時のお決まりのやり取りになるんだろうか、これ。――まあ、悪くない。むしろすごく良い。
「あ、そういえばローザ、今日ギルドに戻った時もただいまって言ってたでしょ。駄目よ、ローザの家はもうここなんだから」
「ああ」
別に駄目なんてことはないと思うが、逆らわないでおく。何と言うか、今日のリリアーヌは全体的に押しが強い。
「さて、どうかしらローザ、新しい我が家はっ」
「新しい我が家って……、うおっ、けっこう変わったな」
昨日購入した食器棚が運び込まれただけではない。ソファーやテーブルまで位置が移動されている。
「これ、一人でどうしたんだ?」
「食器棚を運んできてくれた方に相談したら、快く引き受けてくれたわよ」
「そ、そうか」
聖女に相談されて断れる人間なんてこの国にそうはいないだろう。
「で、模様替えしたのは良いが――」
ローザが日頃定位置としていた二人掛けのソファー――酒を飲んだり、雑魚寝をしたり――が部屋の真ん中辺りに移っている。三人家族と一人で使う前提の大きめの食卓は別室に追いやられ、代わりにアサとハルが小さい頃に使っていた二回りほど小さな卓が引っ張り出されてきていた。椅子も二脚減って向かい合うように二脚が置かれるだけだ。要するにこれは――
「どうっ、ローザと私の二人暮らし仕様よっ」
「……長期休暇とかで二人が帰って来る時はどうすんだ?」
「もうっ、最初の感想がそれっ? その時は私とローザでまた模様替えすれば良いじゃないのっ」
「まあそうか」
「そんなことより感想はどーう? 結構いい感じじゃないかしら?」
リリアーヌは室内を弾む足取りで歩き回りながら解説を始める。
「ほらっ、二人で食事するならこれくらいの食卓の方が距離が近くって便利でしょう? 夜にローザがお酒を飲む時は、ソファーで一緒にのんびりするのも良いかなと思って真ん中に移動させてみたの。それにほら、この位置なら私が台所にいても振り返ればソファーに座るローザが見えるし、ローザからだって私が見えるじゃない? せっかく二人でいるのに声だけで姿が見えないのはちょっと寂しいと思って」
幼馴染の大親友で人生の大半を一緒に過ごしたローザをしてちょっと面食らうくらいのリリアーヌのハイテンションっぷりである。
「それにそれにっ、――って、あら? ……もしかして私浮かれすぎかしら?」
「ああ、まあちょっとだけな」
「だってだって、アサとハルには悪いんだけど、何だか十数年振りに夢が叶ったみたいな感じがしてっ」
「それって、私達だけの家を持とうってやつか?」
「そうそう。私が神聖魔法に目覚めて、聖女にまでなっちゃったからずいぶん時間が掛かったけど。ほんとなら十代の頃にローザとこうして二人暮らししてたんだなぁって」
「まあその頃に二人暮らしを始めてたら、こんなでかい家で上等な家具に囲まれてなんていなかったろうけどな」
「それはそうだけどっ。もうっ、ローザったら盛り下がるようなこと言ってぇ」
「でもそれはそれで楽しそうじゃないか? 当時のあたしの想像だと、最初のうちはギルドの貸し部屋に毛が生えた程度の狭い部屋でさ」
「そうね。ベッドを二つ置く余裕なんてないから、今みたいに大きめのベッドじゃなく普通のベッドで二人くっ付いて寝ることになるでしょうね」
元々この手の話には目が無いリリアーヌであるから、案の定乗って来た。当時はお互い夢物語として語り合っていただけで、具体的なすり合わせを出来るほど現実を知らなかった。十数年ぶりの答え合わせである。
「部屋にあるのは他はちっちゃいテーブルと椅子くらいか?」
「きっと竈なんかも共有で、ご近所さんに混じってお料理をするんでしょうね」
「それじゃあリリィが料理をしている間、井戸で水を汲むのがあたしの朝の仕事だな」
「当然お風呂なんかも家にはないから、夜は一緒に浴場に行くわよね。出来れば毎日が良いけど、初めのうちはお金も無くてそういうわけにはいかないかしら?」
「金のことなら心配するなよ。あたしが傭兵でもしてたんまり稼いでくるから」
「んー、私は何をしようかしら? 神聖魔法に目覚めてないなら救護院で働くわけにもいかないし。院長先生に読み書きと計算はしっかり教え込まれたから、子供に勉強を教えるような仕事に当時は憧れていたけど。でもそんな働き先がそうそう見つかるとは思えないし。そうすると計算を活かして商家さんのお手伝いとか? 小売店の店員なんてのも良いかも?」
「いやぁ、あたしが外で稼いでくるから、リリィは家にいてくれて良いぜ」
「駄目よ、どちらか片方の稼ぎに頼ったような暮らしは。まして傭兵だなんて、怪我でもしたら途端に仕事なんて無くなっちゃうんだから。そうなったら私の稼ぎが頼りなんだから、ちゃんと手に職は付けないと」
「それじゃあ結局リリィ一人の稼ぎに頼るってことになっちゃうじゃん」
「そんなの困った時はお互い様でしょう。そうなってから急いで仕事を探し出すんじゃ遅いんだから。ほら、健やかなる時も病める時もって言うでしょ」
「……あー、まあ言うなぁ」
神官であるリリアーヌなら立場上よく口にする言葉だろうが、それが結婚式の誓いのフレーズだとちゃんと理解して言ってるんだろうか。
「で、二人して数年働いてお金がたまったら、もう少し広いところに引っ越したいわね。ちゃんとしたご飯を作りたいから、やっぱり部屋に竈は欲しいわ」
「あたしは風呂、――はダリアの魔導具が完成しないことには無理だし。あ、その頃には装備品の類も増えてるだろうし、長櫃とかあった方が良いか?」
「収納は大事よねっ」
来ることがなかった当時の生活について語り合う。
いつしか都会に一軒家を手に入れ、ペットを飼い――犬か猫かで揉めて結局両方飼うことになった――、やがて仕事をやめてブルームに終の棲家を求めるまで空想の中のローザとリリアーヌはずっと一緒だった。
「――って、ちょっと話が盛り上がり過ぎちゃったわね。せっかく材料買って来たんだし、ご飯作らないと。ローザは先にお風呂入っちゃってて良いわよ」
「んー、……いや、せっかくだからこっから見てる」
配置替えしたソファーの背もたれに上体を預けると、テキパキと調理するリリアーヌの様子をローザはひとしきり堪能した。




