39. 色々あっても価値のある何かがあるならそれは素晴らしいことだ
39. 色々あっても価値のある何かがあるならそれは素晴らしいことだ
流れるプールでの予想外の密着と、白石の泳げないという事実による混乱を経て、オレと白石はしばらく他のプールを堪能することにした。
子供用プールなど、足がしっかりと着く浅いプールを選んで、水の中でぶらぶらしたり少しだけ歩いてみたりする。白石は、足が着くのがよほど安心するのか、先ほどの流れるプール入口での怯えた様子が嘘のようにすっかり元気を取り戻していた。水の中で跳ねてみたりこちらに水しぶきをかけてきたり、子供のように無邪気にはしゃいでいる。
そんな白石がプールの端にあるひときわ高くそびえる構造物を見上げた。ウォータースライダーだ。曲がりくねった白いチューブが高い場所からプールへと続いている。
「先輩!ウォータースライダーに行きましょうよ!」
白石は、目をキラキラさせてオレの腕を掴みながら言った。その声には遊び足りないというような、強い好奇心と興奮が宿っている。
「別に構わないけど、急に元気になったなお前……」
オレは、白石の変わり身の早さに呆れつつもそう答えた。さっきまでの水が怖いと言っていた白石とは別人みたいだ。その復活したエネルギーは一体どこから湧いてくるんだ。
「そりゃそうですよ。 ウォータースライダーなら着地地点のプールは足が着きますからね!」
白石は、至極当然のことのようにそう言った。着地地点のプールが浅いという理由だけで、あれだけ怖がっていたのが嘘のように元気になれるのか。お前は本当に、分かりやすいというか残念な奴だな。だが、その単純さがどこか憎めないのも事実だ。
そして、オレたちはウォータースライダーの入口へと向かった。見上げるような高さだ。結構人が並んでいた。これはしばらく待つことになりそうだな。炎天下ではないが少し汗ばんできた。
列に並んでいると白石が何かに気づいたらしい。近くに立てられている注意書きの看板を指差す。
「あれ~?ねぇ先輩!このウォータースライダー、2人用みたいですよ?」
白石は、とぼけたような声でそう言った。その表情は本当に今気づいたというよりも、最初から分かっていたというような企みを含んだものだ。は?2人用?そして、今更それを言うのか? いちいち言い方がうぜぇ。それにこいつ……絶対2人用だって気づいてただろ……並び始めた時に確認したはずだ。オレをここに誘導するための策略だったのか?
「……乗るのやめる。気に入らない」
「えぇ!?ちょっ、ちょっと待ってくださいよぉ!」
「うるせぇ!オレはお前の策略にはハマらないぞ!」
オレは、白石の手を振り払おうとした。そんなあからさまな計算に乗ってたまるか。
「別にいいじゃないですか!私たち付き合って……」
「付き合ってねぇって言ってんだろ!そんな恥ずかしいこと出来るかよ!」
白石と二人乗りでウォータースライダーなんて、周りの目もあるし想像しただけで恥ずかしい。特に後ろから抱き締めるなんて。その時、列が前に進みオレたちの順番が近づいてきた。白石はオレの反論を聞いているようで聞いていない。
「あっ!ほらほら、順番が来ましたよ!私が前で、先輩が後ろで!」
白石は、オレの言葉を遮るようにそう叫んだ。そして有無を言わせぬ勢いで、オレをウォータースライダーのスタート地点へと引っ張り上げた。結局そうなんじゃねえかよ!オレの抵抗は全て無駄だった。白石の策略にまんまとハマってしまった。仕方なく、オレは白石の後ろに立ち、彼女の腰に腕を回す。水着越しに感じる、柔らかい感触……そして、スタッフの合図でスタートだ。急勾配をすごい勢いで滑り降りていく。
「きゃあああ!すごいです!すごい勢いで落ちていきますよ、先輩!」
白石は、後ろのオレに聞こえるように興奮した声を上げた。その声は怖がっているというよりも、純粋に楽しんでいる響きだ。
「おいバカ!あんまり暴れんなって!」
「少しくらい大丈夫ですよ~!」
白石はオレの注意を気にせず、さらに楽しそうな声を上げた。そして、滑っている最中に、くるりと、無理矢理体をひねって、後ろのオレの方を向いてきた。危ないだろうが!白石の顔が目の前に迫る。濡れた髪が顔にかかっている。その表情は、ウォータースライダーの勢いにも負けないくらいキラキラと輝いていた。
「へへへっ、楽しいですね、先輩!」
白石は満面の笑顔でそう言った。その笑顔を見た時、何故か胸の奥がキュッとなった気がした。さっきまでの策略にハマったことに対する苛立ちや、密着による恥ずかしさ、全てがその笑顔によって一瞬で吹き飛んだような感覚だ。この理由の分からない感情に、オレはただ呆然とするしかなかった。
ウォータースライダーはあっという間に終わり、着地地点のプールにザブン、と着水した。体の周りに水しぶきが上がる。
「ふぅ、楽しかったぁ!先輩も楽しめましたか? 私はドキドキしっぱなしでしたよ!」
「は?なんでだ?」
「だって、好きな人に抱き締められたりしたら、誰だってドキドキしますよ!ああ……まだ先輩の感触が私の身体に残って……」
白石は、ニヤニヤしながらそう言った。こいつは……本当にいちいち言い方がうぜぇ。そして、オレを恥ずかしい気持ちにさせるのが得意だ。
でも白石がこんなにも楽しんでるなら良しとするか。白石のあの笑顔を見れたなら、それはそれで価値があるのかもしれない。どこかでそう思ってしまう自分がいた。
こうして、オレと白石の、予想外の密着と、白石の策略に満ちたウォータースライダー体験は終わった。そして、白石の楽しそうな笑顔が頭から離れないまま、オレはその後のプールを楽しんだのだった。




