34. 毎日スタンプを貰い、皆勤賞ならお菓子が貰えるらしい
34. 毎日スタンプを貰い、皆勤賞ならお菓子が貰えるらしい
じりじりと肌を焼くような陽射しが強くなり、アスファルトからの照り返しが眩しい季節になった。学生にとってのスペシャルイベント、待ちに待った夏休みが、今日から始まる。なのでゆっくり寝ていようと目覚まし時計はセットしていなかった。夏休み初日くらいは、ゆっくりと誰にも邪魔されずに過ごしたい――そう思っていた。
しかしその願いは無情にも打ち砕かれた。部屋の枕元に置いていたスマホが、突然、けたたましい音を立てて鳴り響いたのだ。なんだこんな朝早くから。まだカーテンの隙間から漏れる光も頼りない。寝ぼけ眼でスマホの画面を見ると「白石」の文字が表示されている。
「うるせぇ……なんだよこんな朝早くから……」
低く唸るような声が出た。まだ体は寝ているのに、頭だけが起こされる感覚。嫌な予感がする。
《おはようございます! 先輩!》
白石の声はまるで夏の太陽のように明るく、そして煩わしかった。その声を聞いただけでさらに眠気が遠ざかっていく。
《部屋開けてください!》
電話越しに白石は一方的にそう告げた。は?なんでだよ。そして、なんで来るのが分かっている前提なんだ。全く……うぜぇ。しかし、このまま電話を切ってもきっとインターホンを連打されるだろう。仕方なく、オレは重い体を起こし玄関へと向かった。
ガチャリ、と鍵を開け、扉を少しだけ開ける。するとそこに立っていた白石がオレの返事も聞かずに勢いよく中に入ってきた。朝から元気いっぱいだ。動きやすそうなTシャツと短パンというラフな格好をしている。
「先輩!今日から始まるんですよ!ほら着替えて!」
白石は、オレの部屋に入るなり、まるで司令官のように指示を出してきた。何が始まるんだよ? 寝起きの頭では全く状況が理解できない。
「何が始まるんだよ?」
「ラジオ体操ですよ!今日から夏休みだから、近所の公園でみんなでやるんです!アパートの掲示板に貼ってありましたよ?」
ラジオ体操?公園で?そういえば、アパートの入り口に、町内会のラジオ体操のお知らせが貼ってあったような気もする。全く気にも留めていなかったが。
「あぁそうかよ、じゃあ行ってこいよ」
オレは、白石一人で行かせようとした。二度寝したい。それが今のオレの最優先事項だ。
「ダメです!先輩も一緒に行くんです!ああ、時間がないからそのままでいいですね!」
しかし白石はオレの言葉を聞き入れない。ダメですと一蹴し、寝巻き姿のままのオレの腕を掴んで、外に引っ張り出そうとする。おい待て!寝巻きだぞ!公園に寝巻きで連れて行かれるのか!?オレは抵抗したが、白石は構わずオレを無理矢理外に連れ出した。
夏の朝の空気は、ひんやりとしていて気持ちがいい。だが、寝巻き姿で外にいるという状況がひどく恥ずかしい。アパートの階段を降り公園へ向かうと、すでに何人かの人が集まっていた。子供連れの親子や、高齢者らしき人たちが体操をするために集まっている。その中にら寝巻き姿のオレが混ざるのか。いたたまれない。
「おい、オレまだ眠いんだけど……」
公園に着くなり、オレは白石に不満を漏らした。まだ体は重いし、頭もぼんやりしている。
「早く起きない先輩が悪いんですよ?」
「ラジオ体操やるって言ってなかっただろ?」
「どうせ起きないじゃないですか!ほら、行きますよ先輩!」
なんで、こいつはこんなにも元気なんだよ。夏休み初日からフルスロットルか?いや……いつもか……
「なんでそんな元気なんだよ……お前」
「だって私、今すごくワクワクしてるんですもん!ラジオ体操デートですよ?楽しいですよね!」
白石は、満面の笑顔でそう言った。ラジオ体操デート?なんだその聞いたことのない言葉は。ラジオ体操が、デートになるのか?どんなシチュエーションだよ……全く理解できない。白石の頭の中はどうなっているんだ。
「それに、身体も動かせて健康的だし、近所の人たちにも恋人アピールできますしね 一石二鳥です!」
白石は、さらにたたみかけるように、ラジオ体操デートのメリットを語り始めた。健康はまあ分かる。だが「近所の人たちにも恋人アピール」それが目的かこいつ?オレと白石が付き合っていると、近所の人たちに知らしめたいとでもいうのか?
「お前それが目的か?帰る」
その言葉を聞いた瞬間、オレの中で何かが切れた。これ以上、ここにいる必要はない。オレは、白石の手を振り払い来た道を戻ろうとした。
「ダメです!私は先輩のためを思って言ってるんですよ!彼女の言うことを聞いてください!」
しかし、白石はオレの腕にしがみついて離さない。そして声がでかい。周りの人がちらちらとこちらを見ているのが分かる。まずい。そして「彼女の言うことを聞いてください!」?またその言葉か。しかもこの大声で言うな!
「声がでかいんだよ!それにお前彼女じゃねぇだろ!」
「ひどい……先輩……私は、先輩のために言ってるのに……」
白石の瞳が潤み始め今にも泣き出しそうだ。その顔を見て、オレは内心で頭を抱えた。ずるいぞ白石……!この顔をされたら、オレが悪者になるしかないじゃないか!周りの目が痛い。本当に泣き出したらどんな騒ぎになるか分からない。
結局、オレは観念した。このまま白石に泣かれて周りに誤解されるよりはマシだ。オレは白石の腕を振り払うのをやめ、体操をする人たちの輪に寝巻き姿のまま入っていくことになった。
ラジオ体操が始まった。音楽に合わせて体を動かす。普段全く運動をしていないせいか、腕を上げたり、屈伸したりするだけで、体が軋むような音がする。周りの人たちは慣れた様子でテキパキと体を動かしている。その中で寝巻き姿でぎこちない動きをしているオレは、ひどく場違いな存在だっただろう。恥ずかしさと体の疲労が一気に押し寄せてくる。
「はぁ……はぁ……疲れた……」
「おつかれさまです!でもこれから毎日やりましょうね!毎日皆勤賞だとお菓子貰えるんですよ!はいこれ先輩のスタンプカードです!」
白石は全く疲れた様子もなく爽やかな笑顔でそう言った。そして、当たり前のように明日からもラジオ体操に来ることを決定事項として話している。
「勘弁してくれ……」
オレは力なくそう呟くのが精一杯だった。しかし、白石がこの提案を取り下げることはないだろう。こうして、オレ達の夏が始まった。早朝のラジオ体操。寝巻き姿での公園デビュー。白石の突飛な行動に振り回される長い長い夏休みが。今年の夏はどうやら、例年以上に騒がしくなりそうだ。




