第98話 今晩は特上ステーキ
メイヌース会戦はパラディアス王子率いるソリスティア王国軍の勝利で終結した。
しかし、主犯でありヒーステン伯爵軍の総大将であるルキノ・ステッラ・ルルディーニは討ち取ったとはいえ、その後継者である娘のマリーアと、500隻以上の艦隊を隣国のレルヒドール帝国への亡命を許してしまう。
爵位継承には国王の認可が必要なので、実はマリーアが名乗った「ヒーステン伯爵家当主」は自称なのだが、レルヒドール帝国皇帝ローデウェイクは入国と同時に即日彼女へと伯爵位を授爵。
これによりマリーアは帝国貴族の一員となり、正式にヒーステン伯爵家当主のマリーア・アニェス・ルルディーニ・フォン・ヒーステンとなる。
なお貴族家当主が「フォン」と付けるのはソリスティア王国だけなのだが、帝国はこれを許可。明らかにヒーステン伯爵領の正統後継者はマリーアであるという政治的メッセージである。
以後、彼女の存在を理由に領土問題を起こすための布石だろう。
ともあれ王国軍はヒーステン伯爵領の奪還に成功。パラディアスと王国軍本隊が駐留し治安維持にあたるようだ。
参戦した各貴族軍はここで解散。論功行賞は後日首都ストソールで行われる。
シドたち傭兵ギルドメンバーもそれぞれの支部へ帰還。
ただしアイハムら地上班はまだ各星に残党がいないかの調査に駆り出されているので、しばらくは戻ってこれなさそうだ。クラウディアら伯爵領のギルド員もこのまま現地に残留するので、そちらと協力して仕事をするようである。
「……疲れた。しばらく宇宙は見たくねぇ……」
『……かなりグロッキーですね。まあ今回はハードな戦闘が多かったから仕方ありませんか』
自宅に帰ったシドはシャワーを浴びるとラフな服に着替えてベッドへ直行。仰向けになりグッタリとしている。見るからに疲労困憊といった様子で、指一本を動かすのも億劫そうだ。
ロナは家に置いておいたメタモルシェルと合体し、久しぶりに体長80cmほどの幼女姿となっていた。
今日の彼女の気分はぱっちりした目の黒髪おかっぱ娘らしく、服は赤いチェック柄のワンピース、頭には同じ色のカチューシャと可愛らしい格好だ。
『顔色は……それほど悪くないですね』
「……おう」
4歳児と同じくらいの背丈のロナがベッドサイドに立つと、横になるシドとちょうど目線が合う高さになる。
ロナはそれをいいことに枕元に立ってガッツリとシドの顔を見てくるのだが、シドとしてはなんだかそれが気恥ずかしい。
が、それを指摘すると変な空気になりそうなので黙っている。
すると彼女は『よいしょ』と言ってベッドの上に乗り上げてきて、ちょっと心配そうな顔をして小さな手のひらでシドの額に触れてきた。
『ふむ、熱もなさそうですし、ただの疲労でしょう。帰り道もアレコレあって落ち着かなかったですし、ゆっくり寝ててください』
「……そうする」
はたしてメタモルシェルのボディで体温を計れるのかは知らないが、とりあえずは柔らかくて気持ちいい。
シドが動けないのは極度の疲労によるものだ。
帰りは他の白馬ギルドメンバーと共にイルハンブラ子爵軍の戦艦に同乗して途中まで送ってもらったのだが、そこでも色々とあったのだ。
道中、シドには特別待遇として個室が用意されたので、その中でのプライバシーは確保できたが、一足部屋の外に出れば別だ。
一番大変だったのはファンを名乗る兵士たちに囲まれ、サインやら写真やらをひっきりなしに頼まれたことである。
自身の本業が人気商売であると自覚しているシドはそれを無碍に断ることができず、可能な限り丁寧に応対してしまう。
結果、艦内で開かれた臨時のサイン会に我も我もと人が殺到してしまい、慌ててすっ飛んできた保安員が列の整理係をする羽目になったのは笑い話だ。
また昼には艦の士官食堂にお呼ばれしてちょっとしたランチ会。
そして夕食時にはイルハンブラ子爵軍の将官らに招待され、このマンションの一室より広い艦長室でパーティもした。
特に疲れたのがこっちだ。
なにせ勝ち戦の帰り道なので誰も彼も浮かれており、次から次へとお高いワインが開けられ、浴びるほどに飲まされるのだ。
シドがアルコールに強くなければ、この疲労に加えて二日酔いも発症していたことだろう。
部屋の中以外だと、一回だけあった、同ギルドのメンバーと駄弁りながら格納庫で携帯食糧を食べた昼食が一番気が休まった時間だったかもしれない。
「あー……テレビ出演の依頼も来てたんだった……地元のローカル局は(プロゲーマーの)新人時代から世話になってるし出演たいな……。返事しないと……」
『よければ私が返信しておきましょうか?』
「頼めるか?」
『ええ、もちろんです。ついでに原稿作成と、他のメールの整理もしておきますよ』
「ありがと、助かる……」
王国軍の勝利が報道機関に伝わると、各局は一斉に特番でこれを取り上げた。
メイヌース会戦は、シドを始めとした各部隊の奮戦、パラディアスとルキノ伯爵の決闘に加え、結末はマリーアの亡命と、悪く言えばエンタメ的な見どころの多い戦いだ。
何日も経っているがテレビではまだ報道が過熱しており、参戦していた各貴族軍が帰還したこともあり更なる盛り上がりを見せそうだ。
シドの元にも、ぜひゲストとして番組に出てくれという依頼のメールが、大手から怪しげなニュースサイトからまで山ほどきている。
こういう時はイケメンだが真面目なことしか言わない軍の広報官やどんな事を言い出すかわからないヤバそうな傭兵より、スポーツ選手で人当たりも良く、適度にバラエティ慣れしていて、本人も大戦果を上げているシドがテレビ的に望ましいのだろう。中には首都星ローカル番組からもオファーが来ていた。
「なんか軍事ジャーナリストを名乗る記者さんからも凄い熱量のこもったメールが来ていたな。こっちまで来るからぜひ取材が欲しいとか、伝説の元王国最強パイロットと戦った感想を聞かせて欲しいとか書いてあったけど……もしかしてあの最後に戦った黒いエールダイヤのパイロットか?」
シドは顔の横にちょこんと座っているロナを見上げて尋ねる。
もう額からは手を離しているが、何故か彼女はベッドの上に上がったままだ。アジア系の黒い瞳で飽きることなくシドの顔を見つめている。
『そうです。ザハリア・スターク元大佐。当時の王国で最強だったかは議論の余地がありますが、少なくとも3本の指には入っていたであろう名パイロットです』
「どこから話が漏れたんだよ……」
『「人の口に戸は立てられない」と言います。どこからでも漏れるでしょう。既にネットでもマニアックな軍事系サイトがこの件について取り上げてますよ。私たちの名声がまた高まりますね』
どこかワクワクとした口調で喋るロナ。
称えられるのが大好きな彼女は、ここ数日熱心に「シド・ワークス」の名前をエゴサしているので、それで知ったのだろう。めんどくさそうな顔をしているシドとは対照的に少し頬が緩んでいた。
授与されるであろう勲章についても楽しみにしているらしく、最低でも3等級が欲しいとかナンチャラ大十字章が自分には相応しいと言ってシドを呆れさせていた。
「もう充分過ぎるほど高まってるよ。……にしても腹減ったな。冷蔵庫に何があったっけか……?」
『冷凍食品ならありますよ。チンしてきますから待っててください』
「何から何まで悪いな」
『いいですって』
ロナはベッドからストンと飛び降りると、短い足でちょこちょこ歩いてキッチンに向かう。
だがちょうどそこでシドのマーズフォンに着信が入り、彼が「あっ、モニカさんだ」と呟いたので歩みを止める。そしてクルリと後ろを振り向き、据わった目を彼へと向けた。
(怖い……)
シドは彼女の視線に寒気を感じるも、気づかないフリをし、上体を起こして電話に出た。
『シドさん、おかえりなさい。お疲れのところ連絡して申し訳ありません』
「いえいえ大丈夫です。どうされました?」
最近は耳元に付けっぱなしになっているイヤホンからモニカの柔らかな声が聞こえてくる。
だんだん、この声を聞くとシドも白馬コロニーに帰還したという実感が湧くようになってきた。
用件を尋ねたシドだが、モニカはまず先にと彼の大活躍を祝福する。
『まずシドさん、今回もお疲れ様でした。シドさんのご活躍はギルドでも話題になってますよ。本当に凄いです!』
「ありがとうございます。目まぐるしい戦いばかりでしたが、なんとか乗り切れました」
『ギルドにも情報が入ってますが、やっぱり大変な戦闘だったんですね……ところでお怪我とかはされてませんか?』
「はい、お陰様で無事に戻ってこれました」
『フフッ、それを聞いて私も安心しました』
「ははは、ご心配をおかけしました」
朗らかに笑い合う二人。
ロナの眼圧が強まったようだが気にしては電話などできない。さりとてこれ以上刺激したいとも思わないのでシドは改めて用件について尋ねた。
「ところでモニカさん、ご用件の方なのですが……」
『あっ、はい! おめでとうございます、シドさん! シドさんのSランク昇格が決定しました!』
「あー……」
モニカが告げたのはシドのSランク昇格だ。
名誉貴族位も与えられる、平民が得られる地位としては一つの到達点だが、小市民であるシドは望まぬものだ。
思わず困った声が出てしまい、モニカが訝しむ。
『シドさん?』
「あっ、あーSランクですか! ありがとうございます! ははは、ビックリして少し呆けてしまいました!」
『そうでしたか。フフッ、そんな驚かなくても、とっくに決まっていたようなものじゃないですか』
「えっとまあ、そうなんですけどね。ははは……」
電話口のモニカの雰囲気で喜ばないと不自然だと我に返ったシドは、慌ててビックリしたことにして誤魔化すことに成功した。
だが笑顔は引き攣っていてちっとも嬉しそうではない。顔にありありと「迷惑だ」と書いてある。
目線の先にいるロナはご満悦そうに頷いている。きっと当然だとでも思っているのだろう。
「ええと、じゃあ手続きとかあるんですか?」
『はい。それと首都星での授爵の関係で王室担当者と打ち合わせもあるので明日の14時にギルドまで来ていただけますか?』
「明日ですか……?」
『お忙しいようでしたら日程を調整いたしますけど……』
モニカが気を遣って日時の変更を提案してくるが、シドは申し訳ないと思ってこれを断る。
別に用事があるわけではないのだ。色々な意味で乗り気ではないだけで。
「ああいえ、大丈夫です」
『ありがとうございます。では予定通り明日ということで、先方にもその旨をお伝えしておきます』
「よろしくお願いします」
『シドさん、改めて昇格おめでとうございます。今度、個人的にお祝いさせてください。二人でどこかでお食事でも行きませんか?』
「あはは……それはいいですね……」
同居者から送られるギロリと効果音が聞こえるような眼差しに、シドの背中に冷や汗が流れる。
声が少し震えたが幸いモニカには気づかれなかったようだ。
『とっておきのオススメのお店にご招待しますね!』
「ありがとうございます。楽しみにしてます」
『お任せください! では、明日お待ちしてますね』
「はい、わかりました。じゃ、切りますね。失礼します。――はぁ〜……」
弾んだ声のモニカにことわりを入れて電話を切ったあと、シドは糸が切れたように再びベッドに倒れ込んだ。
口から漏れるのは嘆きの声だ。
「3日くらい寝てたかった……」
『今晩は、おすすめだというどこぞの店にも引けを取らないくらい美味しいものを作ってあげますから頑張りましょう? 近所のスーパーに食材の配達を依頼しておきますね』
「うぅ……俺の平穏な生活はどこへ……」
シドは首都星での式典を想像し、今からもう気が重たくなった。




