第99話 貴族としての扱い
『お電話ありがとうございます。こちらルベーラ百貨店シャモニー支店カスタマーデスク、担当のナカムラです。本日はどのようなご用件でしょうか?』
「ええと……ネットで調べてこちらに電話したんですけど……」
『はい、ありがとうございます!』
「そのぉ……私、今度貴族になるんですけど何を準備したらいいんでしょう……?」
『…………はい?』
電話口の女性から困惑ぎみの声が発せられる。
(あちゃー……まあ、そういう反応になるよなぁ……)
ルベーラ百貨店に電話をかけたシドは、失敗したと頬を掻いた。
いきなりこんな電話がきたら誰でも反応に困るだろう。今のは自分の言い方が悪かったと反省する。
『えっとお客様……?』
「あっ、いや、すいません! 実は自分、名誉貴族に叙せられることになりまして! それで式典の服とかどうしたらいいのかネットで調べてたら、ルベーラさんが対応してくれるとありましたので、電話いたしました!」
担当者が「もしかしてイタズラ?」みたいな雰囲気を出していたので、シドは急いで事情を説明する。
先日、シドは傭兵ギルドの会議室で首都星と遠隔通信をし、Sランク昇格とそれに伴う名誉貴族授爵の内定告知を受けたのだが、王室の担当者である王国紋章院の職員から登城する際の正装などを用意してくださいと言われたのだ。
また正式な辞令は、後日首都星からわざわざ勅使が陛下の勅書を携えて白馬コロニーにまで来るらしいので、そのセレモニーの準備も必要らしい。
だいたいはコロニーの行政府と傭兵ギルドが手配してくれるらしいが、シド本人が用意するものもあるので、こうして百貨店に電話をしたのである。
シドが事情を説明すると向こうの態度が急変した。
『め、名誉貴族様ですかっ!? そそそ、それはおめでとうございます! あの、恐れ入りますが、簡易身分証明書の確認をさせていただいてもよろしいでしょうか? 決してお客様をお疑いする訳ではないのですが、万が一にも万が一があってはいけないと当店の規則で決まっておりまして……』
担当者はひどく恐縮した様子で身分証の提示を求めてくる。
電話をかけたルベーラ百貨店は王国全土に支店を構える富裕層向け百貨店だ。貴族の顧客も多いはずだが、子爵領の支店ということもあって珍しいのかもしれない。
それに担当者は声も若い。まだ新人だとしたら上顧客と接する機会も少ないだろう。それならばこのテンパリ具合も頷ける。
「あっ、はい。大丈夫です。すぐ送ります」
『ありがたき幸せ! 感謝申し上げます!』
「いや……そんな幸せって……」
女性の過剰ともいえる低姿勢っぷりに引きつつも、シドはマーズフォンを操作して言われた通りに顔写真と氏名住所が記載された簡易身分証明書を送る。
すると電話の向こうから「ひゅっ」と息を呑む音がした。
『シド・ワークス様!? 白馬コロニーのっ!?』
当然だがシドの名前を知っていたらしい。耳を突き刺すような大声が聞こえてきた。
キーンと痛みが走り、シドはわずかに顔を顰める。
『あわわっ……ももも申し訳ございません! 英雄様にとんだ粗相を! 大変な失礼を仕りましたぁ! ご身分のご確認ができましたので、すぐに上の者にお繋ぎいたします! 少々お待ちくださいませ!』
客の耳にダメージをレベルの大声はさすがにマズイ。
女性は慌てて謝罪し、変に硬い敬語を捲し立てながら、自分の手に負えない案件を上司にぶん投げるべく電話を保留にする。
流れ出した長閑な保留音を聞きながらシドは「……大丈夫かな?」と呟く。
因みに怒ってはいない。
逆の立場ならシドだって彼女と似たような反応をやらかす自信があるからである。
(それにしても貴族扱いされるのって落ち着かないな……)
よほどの不祥事をやらかさない限り、これから一生この扱いだと思うと気が重たくなってくる。
平民から貴族になると言っても、シド自身は変わらず一般市民であるとの意識が強い……というより一般市民で“ありたい”という意識が強い。
なのであまり畏まれたくないのだが、それは言っても仕方ないだろう。
ロナと出会い戦場で活躍した時点であとの祭りである。
(なんだかんだ傭兵生活にも慣れてきたし、これにも慣れる日が来るのかな?)
一度「ハァ……」とため息を吐き、シドは新たに電話に出た、シャモニー支店外商部部長を名乗る落ち着いた声の女性と話を進めるのであった。
◇◇◇
結局そのあとは話がスムーズに決まっていき、シドが思っていたほどには時間がかからなかった。
シドを担当することになった外商さんによると、ルベーラ百貨店にはちゃんとそれ用のプランも用意されているとのことでキチンと対応できるとのことだ。
シドの服だけではなく祝賀会の時の記念品やら記念撮影、一緒に招待を受けるであろう家族のサポートまで至れり尽くせりでやってくれるみたいである。
総額でいったいいくら掛かるのか恐ろしい限りだ。
ともあれ、先方は服の採寸とデザインの相談を兼ねて支店長がスタッフ一同を引き連れて挨拶にお伺いすると言ってきたのだが、狭いマンションに大所帯で来られても困るのでシドはこれを断り、近くシャモニー子爵領本星に赴く用事があるのでその時に店に行くと告げて話を終える。
慣れない用件の電話でドッと疲れたシドは、コーヒーの一杯でも飲もうかとリビングへ。
そこではロナがいつものようにテレビを観ていた。
『おや、お電話は終わりましたか。お疲れ様でした』
ロナはイスの上に硬めのクッションを敷き、そこにちょこんと座っている。
今日の彼女の姿は、一言で言うならスライム娘だ。
身体は水色一色で、おおまかに人型を形成しており、顔付きは知的だが全体的にトロトロしている。
ロナの高度な演算能力で形状変化させているからか、限りなくリアルなスライム感を出しており、本当に水分なんじゃないかと思うほど完全度は高い。
メタモルシェルの質量の限界でぬいぐるみ程度の大きさしかないが、むしろそれが可愛らしさになっている。
女の子が見たら喜んで抱っこしそうである。
なお、服はクラシックなメイド服を着ており、それでシドはピンときた。
「お疲れ。もしかしてそれって、前にロナが観てたアニメのキャラか?」
『はい、そうです。スライムメイドのプルカちゃんです。可愛いでしょう?』
「おう、可愛いな」
シドに褒められ、ロナは嬉しそうに微笑む。
これも一種のコスプレと言うのだろうか?
とりあえずロナが楽しそうでなによりである。
「ニュースは相変わらずヒーステン伯爵領のことばかりか?」
『ええ、今のところ大きな暴動もなくまとまっているようです』
「さすがはパラディアス殿下だな」
現在のヒーステン伯爵領はパラディアスをトップとした王国軍駐留部隊の統治下にある。
領民感情は決して良好とは言えないが、まずは落ち着いているらしい。
噂では、このままパラディアスが公爵家を起こして領地として管理するのではないかとも言われていたりもする。
『そう言えばさっきアナタのインタビュー映像も流れていましたよ。見逃して残念でしたね』
「見なくていいよ、そんなもん。それより、今度本星に行く時、ルベーラ百貨店にも寄ることになったから。服の採寸をしたいんだと」
『そんなの全身スキャンしたデータを送れば済みそうなものですが、手間なことをしますね』
「高級店ってそうなんじゃないのか? しらんけど」
冷蔵庫からコーヒーのペットボトルを出しつつシドは適当なことを言う。
『1秒もかからないことを人の手でやるとは非効率的な……』
AIらしいセリフをロナが口にした。
因みにメイヌース会戦でもシドの活躍はもうニュースになっているが、Sランク昇格などの情報はまだ一般には公開されていない。
国王からの勅使が来るのが約一月後なので、それに合わせて王国傭兵ギルド本部がおよそ二週間後を目安に発表する予定になっている。
「本星でやることも増えてきたな。実家に顔出すのだけでも足が重いってのに」
『お義父様やお義母様だってたまには息子の顔を見たいはずです。そう不満を垂れるものじゃないですよ』
ロナの言葉のニュアンスがややおかしいのは置いておき、シドは本星に行った時に実家にも寄る予定だ。
もちろん両親には昇格と名誉貴族位授爵の件は電話で報告済みである。
二人とも話を聞くとひっくり返らんばかりに仰天し、魂が抜けかけていた。
経緯を詳しく説明しようにも、二人がひどく動揺して話もままならなかったので、後日落ち着いた頃合いでシドが実家に行き、対面で説明することになったのである。
シドはペットボトルのコーヒーをそのまま口につけ、ゴクリと一口飲んだ。
「まあ……二人にはちゃんと説明するよ。式典のこととか色々と迷惑もかけることになるし……」
『それがいいと思いますよ。……ところでお土産は何を持って行きますか? ネットには帰省する時は手土産を持参するのがマナーとありましたが?』
「それってその家その家で違うだろ。ウチの親は絶対にいらない派だぞ」
『そうなんですか。覚えておきます』
ほう、とロナは興味深そうに頷く。
この手のことは各家庭で一律に決まっているわけではないので、ロナにとっては面白く映るようだ。
「手土産が要るのはあっちだろ。シャモニー子爵様への表敬訪問」
『そうですね』
シドが今度シャモニー子爵領本星「メジャクスボン」に向かうのは、対外的にはそれが一番の目的だ。
なんだかんだ内乱中ということもあって忙しくしていたが、決着がついたので《白馬の英雄》シド・ワークスがご領主様の元へと挨拶に伺うというのがマスコミ向けの筋書きである。
もちろん裏では授爵の報告や式典への参列依頼など色々とあるが、それはまだ秘密である。
『何を用意するか決まっているのですか?』
芸が細かいことに、スライムらしくチャプンと水音を立てて首を傾げたロナ。
シドは手に持ったコーヒーを見て、
「インスタントコーヒーの詰め合わせ……じゃダメだろうなぁ……」
『ダメでしょうね。それは私でもわかります』
「……もう一回ルベーラに電話かけるわ」
『そうしてください』
シドはもう一口コーヒーを飲み、再びルベーラ百貨店へと電話をかけたのだった。




