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第100話 100話記念番外編 アドホックチャレンジ

――これは今より少し先の未来の話である。


 シドが住む広々とした邸宅に、バスタブほどのサイズがある大きな荷物が届けられた。

 普段は使っていない洋室に運び込まれたその荷物を開封すると、出てきたのは戦闘機のコクピット内部を模したマシンだ。

 これはとあるVRシュミレーター専用の操作デバイスで、ちょうどゲームセンターのレースゲーム筐体のように体感でプレイできるようになっているものである。


『届きましたか……』


 腰上まで伸びる黄金色(こがねいろ)の髪をたなびかせた美しい女性が、そのデバイスを見て忌々しそうに顔を顰めた。

 大人の魅力に溢れた理知的な印象の女性だ。

 身長は160cmほど。非の打ち所がない均整の取れた体つきで、スラリとしていながら女性らしい膨らみがしっかりとある。

 容姿を表現するなら、怜悧な美貌という言葉がこれほど似合う女性も他にいないであろう。

 切れ長の目は髪色と同じ黄金色の輝きを湛え、白磁のような白くスベスベとした透明感のある肌は同性なら誰もが羨むだろう。

 今はキツく結ばれているが、色づきの良い唇は思わず目線を向けてしまうほど艶やかである。

 シンプルなデザインだが仕立ての良いゆったりとした半袖のブラウスに、細身のシルエットのネイビーのロングスカートを履き、足元には素足に革製のスリッパを履いている。

 街中を歩けばきっと男女問わず注目を集め、羨望の的となるであろう美女は、不愉快そうにしていてもやはり美女だ。

 「(ひそ)みに(なら)う」ということわざがあるが、古代中国の美女である西施を見た住民たちもおそらく同じことを思ったのであろう。


『忌々しい。二度と目にしたくなかったのに、わざわざこんなゴミを再現するような真似をして……。シド、悪いことは言いません。即刻これを倉庫の奥深くにしまいましょう』

「いや、いちおう一回はプレイしようぜ、ロナ」


 そう、この美女の正体はロナである。

 ちょこちょことメタモルシェルを買い集め、ついにここまでのサイズに到達したのである。


『いえ、しかし……。ですがアナタがそう言うのであれば……』

「感想とか聞かれると思うぞ?」

『……わかりました。一度だけですよ……』


 シドの提案にロナはかなり迷いを見せたが、最終的には折れて一度だけこのシュミレーターをプレイすることに同意する。

 このシュミレーターの名前は『アドホックチャレンジ』。

 現在でも白馬コロニーの博物館に展示されているアドホック号から機体データを収集し、VRゲーム上で忠実に再現。

 シャモニー子爵軍の全面協力により作成された白馬コロニー防衛戦を模したステージで動かして襲撃してきたヒーステン伯爵軍と戦えるというものである。

 開発元曰く、軍事機密があるので表現をぼやかした箇所はいくつかあるが、アドホック号の操作性と敵機の強さ、防衛戦時の全体の流れは現実そのままだそうだ。

 なかなか徹底した作りで、オマケとしてアドホック号の各部のパーツや内部図、各所の予想強度まで詳細に解説したものまで見れる仕様である。


「ホント、あの機体のコクピットそのままだな」

『いま見ても雑な作りですね……よく操縦桿が引っこ抜けなかったものです』

「そんなヤバかったの!?」


 シドがギョッとした顔でロナの方を見る。

 一瞬冗談を疑ったが、彼女の表情は真面目そのもの。どうやら本当に危なかったらしい。

 今になって背筋が凍る思いがしたシドである。


『どれ、こちらはどうでしょう?』


 ロナは軽くシュミレーターに付いている操縦桿を動かしてみる。

 ガチャガチャと振ってみたが、壊れる様子はない。


『……さすがにこちらは操作に耐えられるよう設計されていますね。安心しました』

「……にしても特注でコクピット型デバイスを作るなんて気合い入ってるよな。ゲーセンに置いてある体感ゲーム以外で初めて見たぜ」

『確かアドホックチャレンジシミュレーターは通常のフルダイブシステムでプレイ可能でしたね。どこに情熱を注いでいるのやら……』


 意識をゲーム内にダイブさせて身体は動かさないというフルダイブでのプレイが現代のVRの主流であり、そのVRシュミレーターももちろんその形式でプレイできる。

 が、開発元の会社は特別に数台このコクピット型デバイスを作り、そのうちの一機をシドへとプレゼントしてきたのである。


「まあいい、やってみるか。どうする? ロナが動かしてみるか?」

『……そうですね。じゃあシド、早く座ってください』

「ん?」


 てっきりロナがやるのかと思えば、彼女はシドが座るようにと促してきた。

 疑問符を浮かべるシドを、ロナは押すようにしてシートにつかせる。


『私が操縦し、シドが武装のトリガーを引く。私たちはいつもそうしているじゃないですか』

「いや、それはそうだけど……今もそれをやるのか!?」

『いいじゃないですか。それが私たちです』


 ロナはスカートのポケットからシュシュを取り出して髪をまとめると、自身の身長を140cmほどにまで縮め、シドの膝の間に身体を捩じ込んだ。


「おい、無理矢理!」

『文句言わない。こうしないと一緒に座れないじゃないですか』


 ロナは子供並みの背丈に縮めると同時に、顔つき等々も幼いものへと変化させている。

 側から見れば子供そのものだ。

 ただし、削った身長分の質量を身体から分離せずにそのまま胸に移動させているので、そこだけは際立っている。

 また洋服も既製品のため、そこもそのままだ。

 上はまだゆったりとしているから破れる心配はないし、下も問題ない。中に関してはシドは考えないことにした。


「……ボタンはまあ、押せるな。じゃあ始めるぞ」

『はい、いつでもどうぞ』


 そもそも一緒に座る必要などないのだが、それを口にしたらロナは拗ねるだろう。

 上機嫌でやってくれるなら良い、シドはそう思うことにして雑念を振り払うのだった。


 ◇◇◇


 プレイを始めるとやはり気になるのが機体の操作性だ。

 当時は考える余裕など無かったが、マトモな機体に乗ってきた今なら、いかにアドホック号がヤバいかよく理解できる。


「マジで動かねえな、この機体!」

『だから何度も言っているでしょう、ポンコツだと』


 操縦はロナが担当しているというのに、普段のキレがまったく見られない。

 敵の攻撃も、ヘロヘロとした動きでようやくかわしているような有様だ。

 しかしそれでも無傷なのはさすがである。

 それに命がかかっていない分、まだ気持ちにも余裕があった。


「でも懐かしいな。この時はロナのことを09(ゼロナイン)って呼んでたっけ」

『そういえばそうでしたね』


 シドがふと昔を思い出してそう言うと、ロナも懐かしむような表情を浮かべた。

 ロナと呼ぶようになったのは戦闘が終わってからだ。それに口調ももっと荒かった。


『どうです? 少しこの時の口調でプレイしてみませんか?』

「おっ、やってみるか」

『ではいきますよ。――敵集団に攻撃を仕掛けます! 喚かないでくださいよ、泣き虫人類(ヒューマン)!』

「うるせえ! お前こそミスるなよ、このクソAIがっ!」


 シドとロナはしばらく当時のようなトゲトゲしい口調で会話をする。

 しかしあの時と明確に違うのは、どちらも笑顔だということであった。


 ◇◇◇


「ふぅ、これでクリアか。完成度高かったな」

『ええ、あの時点でのアルフレッド・スカイの挙動もほぼ完璧にトレースされていました。よくここまで細かく作り上げたものです』


 ロナの正確な操縦もあり、最終目標である敵旗艦ナーグラートを撃沈してシュミレーターは無事にクリア。機体内部も破損させず、現実より好成績での達成である。

 想像以上に作り込まれていたらしく、普段は辛口ぎみのロナが珍しく手放しで褒めている。 

 なお終了後に聞いたロナの感想はというと、『可能な限りリアルに近づけてあり評価できる』というものと、『たまには荒い口調で「お前」と呼ばれるのも悪くない』の二つで、プレイし終わったあとは概ね満足そうだったとか。

 ただしだからといって気にいるわけではない。

 ワンプレイ後、この筐体は速やかに倉庫の奥へとしまわれたのだった。


 ◇◇◇


 なお、後日公開されたアドホックチャレンジは多くの挑戦者の心をへし折り、今世紀最大の無理ゲーと言われるまでになる。

 プロの軍人や傭兵もプレイしたがアドホック号の性能に足を引っ張られてクリア出来ず、その怒りからSNSで「このクソ機体を組んだメカニックが俺の愛機に指一本でも触れようとしたら即座に射殺する」と言い出す傭兵まで現れた。

 この発言は現役の戦闘機乗りから多くの賛同を集めたが、次第に「むしろ新しい犠牲者が出る前に殺しとくか」という過激な意見も出始め、最終的には白馬コロニーから一人のメカニックが夜逃げするほどの騒動とまでなる。

 ともあれシュミレーターとしての評価は高く、開発元の評判を大いに高めるとともに、「シド・ワークスはやっぱりバケモノだ」という認識がさらに広まったのだった。

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