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第101話 ご領主様と摩天楼で握手

 止むことなく鳴り響くカメラのシャッター音。

 巨大なビルのエントランスホールに敷かれた赤毛氈の上、モーニングコートを着用し、多数の報道陣の前で笑顔で握手しているのは、シドとシャモニー子爵の二人だ。

 ここはシャモニー子爵領本星「メジャクスボン」にある領政府本庁舎ビルである。

 かつて摩天楼と呼ばれた超高層ビル。20世紀頃の地球のアメリカ合衆国マンハッタンにあったそれらのビルの意匠を取り入れて建設されたこの建物は、数千年前の太古の地球文化を感じさせる見た目から、地元のランドマークタワーとしてだけではなく、観光地としても人気がある。

 とりわけエントランスホールが有名で、アール・デコ様式の幾何学模様で統一された内装に、見上げるほど天井が高く、呆れるほど広々としたエントランスは圧巻の一言だ。

 だがそこは現在、一般客の立ち入りが制限され、端から端まで所狭しとマスコミ関係者が詰め込まれていた。

 彼らの目的はシドだ。

 従軍歴のないただの一般人だったが、自身が住む白馬コロニーがヒーステン伯爵軍の襲撃を受けると、市民を守るべく所持していた戦闘機にて出撃。見事敵旗艦を撃沈し、伯爵軍を追い払うことに成功する。

 その後は傭兵として数々功績を瞬く間に積み上げ、先のメイヌース会戦では個人で戦闘機176機、機動ロボ43機、艦艇27隻を落とし、勝利に大きく貢献している。

 ワンマンアーミーの呼び声高く、Sランク戦闘機乗り(ファイター)に認定されるのも時間の問題だと言われているシャモニー子爵領が誇る英雄だ。

 その彼が今日、領主であるシャモニー子爵の元を訪れたので、マスコミ各社は庁舎に集結。中継を繋ぎニュース番組でこれを報じている。


「シド・ワークス君、キミの類稀なる活躍は聞いている。我が領民の中からキミのような英雄が誕生したことは実に誇らしい。これからも王国のために尽くしてくれたまえ」


 笑顔でシドの手を握り、朗らかにこう言ったのは、シャモニー子爵家当主マウロ・ステファン・アルジェント・フォン・シャモニーである。

 50過ぎの腹回りがゆったりした男性で、のほほんとした顔をしていて物腰も柔らかく、人畜無害そうな見た目だ。

 髭も丁寧に剃られていて清潔感があり、ほのかに品の良い香水の香りもして、紳士として身だしなみもバッチリ整えられている。

 シドは初めて貴族というものを間近に見たが、品格という意味で、住む世界の違いというものがありありと分かった気がした。


(うぅ……いかにも高貴(ノーブル)なオーラがビシバシくる。目を合わせてるのも恐れ多いぃ。あー……意識して笑顔作ってないと緊張で吐きそうだ……。俺はただの一般人だぞ? なんでご領主様と手を握ってんの? ホント勘弁してくれよ……)


 笑顔で握手に応じていても内心はバクバク。先日電話したルベーラ百貨店の女性を笑えない緊張っぷりである。

 生まれた時から領主様だと刷り込まれている子爵を目の前にし、生来の性分からペコペコとしそうになるシドだが、腹にグッと力を入れ、あらかじめ子爵側のスタッフが用意してくれていた“台本”に書いてあるセリフを頑張って堂々と口にする。


「はっ、子爵様のご期待に応えられるよう、精進して参ります!」

「うむうむ、実に立派な若者だ。王国の未来は明るいな!」


 マウロ子爵は満足そうに頷くと、空いている方の手でシドの肩を親しげにポンポンと叩く。これも大事な両者の親密さのアピールである。

 ひとしきりカメラに映像を収められたあと、マウロ子爵は握手をほどいて報道陣の方へと身体を向けた。


「さて、テレビを観ている紳士淑女の諸君。諸君らも承知の通り、彼は白馬コロニーの防衛戦および惑星ペルザスのニルス航空基地奪還作戦においてその力を如何なく発揮し、侵略者を打ち払って我が領の民と土地を守ってくれた。さらには数々の作戦において国軍へ多大な貢献をし、勝利へと導いた。これらの功績はまことに大きく、彼の国家への忠勤は我々一同が手本とすべきものである」


 マウロ子爵は大袈裟にも思える手振りでシドを示し、その功績を殊更に褒め称える。

 そのさなか、黒塗りのお盆を両手で持った侍従らしき初老の男性がスススッと子爵の(かたわ)らに近づいてきた。その侍従もまたモーニングを着用し、手には白手袋。黒塗りのお盆には小箱が一つ乗っていて、侍従にうやうやしく運ばれている。

 ちらりとマウロ子爵の視線がその小箱に向く。

 この小箱の中身を授けることが本日のメインイベントだ。


「よって私シャモニー子爵家当主マウロ・ステファン・アルジェント・フォン・シャモニーはその栄誉を讃え、この――」


 子爵が小箱を手に取り、蓋を開けて報道陣に中身がよく見えるよう掲げた。


「シャモニー武勲飛行勲章をシド・ワークス君に授与する!」


 ひときわ鳴り響くシャッター音の中、マウロ子爵はにこやかに微笑み、シドへ一緒に勲章を持つようにと促す。

 二人は並んで勲章の小箱を持ち、カメラに向かって笑顔を見せた。


 ◇◇◇


 勲章を受け取り、シドが子爵へ「この勲章に恥じない働きを誓います」というセリフを述べ終わると、今度はシドを囲んでの取材が始まった。

 こちらの段取りもあらかじめ決められており、数社のメディアが代表して質問することになっている。

 叙勲の感想やらコロニー防衛戦時の心境、今後のプロゲーマー活動についてなどの質問が投げかけられたが、ロナが用意してくれた回答のおかげでシドはこれを無難に乗り切る。

 ひとしきり記者からの質問が終わったあと、マウロ子爵は「ゆっくりとお茶でも飲んでいきなさい」とシドを誘い、記者から引き剥がした。

 ここからはマスコミはシャットアウト。完全非公開の会談となる。

 二人はお付きの人員を引き連れ上階へと昇るエレベーターへと入る。ドアが閉まると、マウロ子爵は「フゥ〜」と大きく息を吐いてシドに笑いかけた。


「いや〜疲れたね。シド君も緊張していたみたいだけど、英雄殿には戦場よりもこちらの方が大変だったかな?」


 かなり気さくな口調だ。

 おそらくこれが子爵の素だろう。見た目通り温和な人物で間違いなさそうだ。

 周囲の侍従らも平然とした態度で控えている。


「は、はいっ! 戦場よりも緊張いたしました!」


 シドは鯱張った態度で返事をする。

 いくら子爵がフレンドリーであっても、身分というものがある。ガチガチになって当然だ。

 だが子爵は「肩の力を抜きなさい」と言って、またもやシドの肩を親しげにポンポンと叩いた。


「キミのSランク昇格の件は私も知っている。遠からず準男爵位を賜るのだ。同じ貴族として仲良くしようではないか」

「は、はあ……」

「ピンと来ていないかもしれないが、領内にSランク傭兵がいるというのは非常に心強いのだぞ。領地にちょっかいをかけてくる迷惑な者どもも減る上、キミが活躍すればするほど領の知名度も上がる。経済効果も莫大だ。まさに良いことづくめというやつだよ」

「そ、それは光栄です……」

「積もる話は座ってしよう。ちょうど到着したみたいだ」


 エレベーターが止まりドアが開く。

 着いたのはビルの最上層、子爵公邸である領主一家の居住フロアだ。

 エレベーターから出たシドの目の前に広がったのは、3フロア分の天井をぶち抜いた吹き抜けの大広間である。

 とにかく解放感が凄く、四方全面がガラス張りとなっており、眼下に都市が見下ろせる圧巻の光景だ。

 真ん中にバーカウンターらしき場所があり、所々に応接スペースらしきソファーとテーブルセットが置いてある。

 空間を贅沢に使っていて、大人数を招いてパーティも開けそうなつくりだ。

 端にはエレベーターと階段があり、そこからさらに上階に昇れるようになっているようである。

 シドは部屋の中をまじまじと見て、


「こんな風になっていたんですね……」


 という言葉が口を突いて出た。

 シドはこの街の出身である。

 なので下からは何度もこの部分を見たことがあるが、上の様子は防犯上一般に公開されておらず、今日初めて知ったのである。

 大いに驚いているシドの様子に、マウロ子爵も満足そうだ。


「はっはっは、気に入ってくれたようでなによりだ。シャモニー子爵邸へようこそ、シド・ワークス君。心より歓迎しよう。さっ、あちらに座りたまえ」

「は、はい」


 シドはマウロ子爵に案内され、数あるテーブルセットの一つに座ったのだった。

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