第102話 子爵邸での会談
ガラス張りの大広間から都市を見下ろしながらシドとマウロ子爵は談笑している。
「えっ、この本庁舎ビルってご領主様が設計されたんですか!?」
「はっはっは、実はそうなんだよ。幼い頃から建物が好きでね。自宅を兼ねたこのビルなら僕の自由に作っていいと思ってやってみたんだ。ああ、もちろん資格は持っているから安心してくれたまえ」
茶目っけたっぷりにマウロ子爵はそう言った。
建築事務所を構えるのが夢だったそうなのだが、家を継がなければならないから諦めたそうだ。
目の前のテーブルに置かれた高価そうなティーカップを落とさないよう恐る恐る持ち上げて一口飲み、シドは「初めて知りました」と正直に言う。
「それは初耳でした」
「フフッ、別に隠してはいないのだが、あまり知られていないのだよ。多くの者は、誰が図面を引いて、どこの会社が建築したかなど興味がないらしい」
「あっ……し、失礼しました!」
失言をしてしまったと青ざめたシドは、カップを手にしたまま頭を下げる。
だがマウロ子爵はまったく腹を立てていないようだ。
「いやいや、謝らなくていいよ。僕だって別分野に関しては似たようなものなのだからね。これも一つのお互い様さ」
朗らかに笑うマウロ子爵に、シドはちょっとホッとした。
下手な言質を取られそうな時は袖の中に隠れているロナが合図をしてくれる手筈になっているが、失言はどうしようもない。
シドは気を抜いてはいけないと改めて心に刻んだ。
「ところでワークス君は何が趣味なんだい? やはりゲームかな?」
「はい。ゲームも好きなのですが、最近ちょっとミニチュア家具に触れる機会がありまして。その精巧さに惹かれましたので、今後少しづつ集めていこうかなと」
硬くなった言葉遣いで質問に答えるシド。因みにこれは嘘ではない。
ちびキャラ状態のロナのために色々とミニチュア家具を調べるうちに興味が惹かれ、今度展示販売会みたいなものがあれば見にいきたいな程度には関心があるのだ。
「ほう、ミニチュア家具か。キミ、それは良い趣味だよ!」
「恐縮です」
「僕も建築模型用に簡単なやつなら沢山持っているが……ワークス君はどんなのを集めているんだい?」
「あっ、はい。こんな感じのものです」
シドはティーカップをそーっとソーサーに置き、マーズフォンを操作して写真をいくつか空間に投影した。
家にあるのはロナ用なので女性向けだが、実用性を求めて集めた結果、実際の家具さながらに手が込んだ高価な品々ばかりだ。
「ふむ……」
マウロ子爵はスライドで表示されていく写真一枚一枚をじぃっと眺めている。
「どれも作りが良い物ばかりだね。ハウスは持っていないのかな?」
「はい、まだ持っていないです」
「そうか……ワークス君がどんな家を選ぶか実に楽しみだ。ミニチュアには実物の建物にはない良さもきっとあるだろう。長く続けるといい」
「は、はい、承知いたしました!」
領主からのお言葉に、シドは思わず背筋を伸ばして返事をする。
それを見てマウロ子爵は「命令ではないよ」と笑うのであった。
◇◇◇
「さて、ワークス君には本当に色々と助けられた。お陰で我が領は惑星ペルザスと黒龍コロニーを一時的に占領されただけで、被害を最小限に抑えることができた。最悪の場合はこのメジャクスボンも落とされていたことだろう。感謝してもしきれない」
二人の話題は「今後の予定について」に移ったのだが、まず最初にマウロ子爵はこう言ってシドに頭を下げたのだった。
ヒーステン伯爵軍の侵攻を受けた領の中には、保有する軍隊が相当の被害を受けて防衛力が低下していることに目をつけた宇宙海賊などが流入し、治安が悪化している所もあるらしい。
それに比べたらシャモニー子爵領は弱小とはいえ軍隊は残っており、シドを恐れて海賊も入ってこない。
失った軍備を補填するための増税があるだろうが、被害を受けた地域の中ではかなりマシな方だ。
「いやいやご領主様、どうかお顔をお上げください! 私は領民なのですから、故郷のピンチに立ち上がるのは当然です」
そんなことはカケラ程度にしか思っていないが、そういう事にしておいた。
視聴者に煽られて傭兵になったのが事実で、ネットにもそれを知るファンが大勢いるが、そうであっても戦い続けることを決めたのは(いちおう)自分の意思だ。
ならばこの回答が外向けには一番だろうとロナと決めていたのである。
「ありがとう。僕は果報者だな。此度の騒動では、ワークス君たちのような善良な領民たちや優秀な部下たちに沢山助けられた。領主として必ずこれに報いることを誓うよ」
顔を上げたマウロ子爵がそんなことを言ってきたので、シドの良心がジクジクと痛んだ。
自分の馬鹿さ加減から戦場に放り込まれ、偶然の果てにこの結果に至ったことをこうも感謝されると、勘弁してくれという気持ちでいっぱいになる。
もちろんマウロ子爵がシドが流されて嫌々傭兵をやっていると承知した上で善き領主の演技をしている可能性も捨てきれないが、少なくとも現段階では判別がつかない。
キラキラした笑顔を向けられ、今度はシドが顔を下に向けそうになる。
「ワークス君にはさっそく恩を返していこう。授爵式や王城での晩餐会の作法はわからないことばかりだろう? 我が家から講師を派遣するから習うといい」
「えっ!? よろしいのですか?」
確かにそこは困っていたところだ。子爵家からちゃんとした人を派遣してくれるなら、これほど心強いものはない。
「もちろんだとも。ワークス君が授爵したら僕が寄親になるからね。他にも困ったことがあったら何でも相談してくれたまえ」
「寄親……ですか?」
聞き慣れない言葉にシドは首を傾げる。
マウロ子爵は「そうだな……」と少し言い方を悩むそぶりを見せたあと、簡単に意味を教えてくれた。
「貴族としての保護者や後見人のようなものだと考えてくれ」
「はあ……」
「その辺の詳しい話も後日専門家を派遣しよう。今は色々と相談できる相手と思ってくれればいいさ」
「そう……なんですか。でしたらお言葉に甘えさせていただきます。講師派遣の件、どうかよろしくお願いします」
シドがペコリと座ったまま頭を下げると、マウロ子爵は胸を叩いてこれを請け負った。
「うむ、任せたまえ」
「ありがとうございます!」
しっかりと礼を述べるシド。
この後も話は続き、国王からの勅使が白馬コロニー来た時に開催されるセレモニーの件や、それをいつマスコミに公表するかなど、両者の間で話が詰められていく。
また今後避けるべきトラブル。特に女性関係に気をつけなさいという、ある意味手遅れなアドバイスを頂戴し、時間は過ぎていく。
そして空が夕焼け色に染まり始めた頃、ようやく会談が終わりシドが帰る時間となった。
そこでふと、マウロ子爵が思い出したように言った。
「そう言えばワークス君のお父君はここで働いているのだったな?」
「はい、お世話になっております」
シドの父マイク・ワークスは役人であり、職場はこのビルの中にある。
総務部の総合防災課に勤めており、平日ということもあって今日も出勤している。
なお、息子の晴れ舞台だがエントランスホールには顔を出していない。万が一マスコミに見つかった時の騒ぎを恐れ、同僚たちと肩を並べてテレビでその姿を観ていたのである。
「この後、職場に顔を出すのかね?」
「いえ、実家で会うのでそのつもりは……」
シドが父の部署に顔を出したら大騒ぎになるだろう。
絶対に来るなと父親からも厳命されている。このまま一度ホテルに戻り、私服に着替えてから実家に帰るつもりだった。
それを聞いてマウロ子爵が残念そうな顔をする。
「なんだ、せっかくだから一緒に行って挨拶しようと思ったのだが……」
「……お心遣い痛み入ります。ですがご領主様に足を運ばせてしまったら、父は申し訳なさで身の置き所がなくなってしまうと思います。お気持ちだけ頂戴させてください」
実際そうだろう。
マイクの感性はごく普通の一般市民だ。偉い人に会えて無邪気に喜べる性格でもなく、むしろ避けたいと考えているタイプである。
雲の上の存在である子爵が自分に会いに来たらマイクは仰天してひっくり返るかもしれない。
父親にとって一番いいのは、子爵などという上流階級の人間と関わりを持たず、今までと変わらず一領民として平穏に仕事をこなすことだろう。
だから子爵の申し出を遠慮したシドだが、
「ふむ、それならば仕方あるまい。では後日ここに呼び出すとしよう。お父君にもよろしく伝えておいてくれたまえ」
「……承知いたしました。伝えておきます……」
どうあっても面会は避けられないらしい。
シドは心の中で父に詫びたのであった。




