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第103話 対戦格闘ゲーム「スピリットファイターズ」

 標高2,000mを超える山々が連なる緑豊かな山岳地帯。

 青空の下、中央部にある山の尾根に築き上げられた石造りの古代都市をステージに、2体のキャラクターがぶつかり合う。

 これは、巷で人気のフルダイブ型VR対戦格闘ゲームの中の出来事だ。

 明らかに古代インカ帝国の都市「マチュピチュ」をモチーフにしているであろうその舞台で戦うのは、両の拳にバンテージを巻いた褐色のマッチョマンと、先端にしゃれこうべが付いている捻くれた木の杖をもった痩身の呪術士だ。

 観戦画面に表示されている両者の残りHPはどちらも3割ほど。

 ほぼ互角のバトルに、チャット欄も大盛り上がり。凄まじい勢いでコメントが流れていく。

 現在行われているのはただの対戦ではない。とある企業が毎月主催している、この対戦ゲームを使った1dayトーナメント、その決勝戦である。

 毎回出場者のレベルも高く、プロゲーム業界のトップ層の選手たちがその技量を遺憾無く発揮し、観ている者の心を揺さぶるような激戦を繰り広げている。

 視聴者数も億を優に超え、一兆人にまで届こうかという勢いだ。

 ただし、確かにこの大会はファンの間で注目度が高いが、普段はここまでの視聴者数にはならない。今回は普段この手のゲーム大会を見ない層が視聴しているため特別多くなったのである。

 では何故その層の観客が流れ込んできたか。その理由は、


「くらえっ、【カーススクリーム】!」


 スキルが発動し、呪術士が持つ杖に付いているガイコツから不快な音波が放たれる。自キャラから一定範囲内にいる敵にダメージを与える攻撃スキルだ。

 技名を叫んだその声はシドのもの。

 そう、彼がこの呪術士のキャラを操作し、この決勝戦に臨んでいるのだ。

 傭兵として一躍名を上げ、勲章まで貰ったシド・ワークスの、プロゲーマーとしてのひさびさ公認大会出場。だから普段ゲームにそこまで興味がない人々も視聴に来ているのである。

 シドの範囲攻撃を、マッチョマンは重そうな見た目とは裏腹の軽やかなバックステップで逃れる。

 そして音が止むと同時、石畳を砕き割らんばかりの強さで踏み込み、爆発的な速さで接近。オーラを纏った拳で殴りかかってきた。外見通りインファイトキャラのようである。

 シドのキャラは攻撃後で足が止まっている。距離は離せない。

 勝機とみてか、相手キャラを操作する男性選手は雄叫びを上げ、必殺技を放ってきた。


「隙ありっ! うおおおおおっ!! 【フィニッシュコンビネーション】ッ!!」


 オーラパワーがこもった拳による目にも止まらぬ連続攻撃により敵のHPを削り切る技だ。

 設定されているコンビネーションパターンは7種類。プレイヤーはその一つを選んで放つのである。

 マッチョマンのオーラが輝きを増し、呪術士の顔面めがけて右フックが打ち込まれる。

 風を切って迫り来る一撃に、観ている誰もが決まったと思ったが、


「なんのっ!」


 シドは自身のキャラの上体をスウェーバックさせて右フックを回避した。しかし、コンビネーションはまだ終わっていない。


「くっ、まだだっ!」


 マッチョマンがさらに一歩踏み込み、続けて放ったのは左ボディブロー。

 体勢が崩れているシドのキャラでは回避は難しい。


「せえええいっ!」


 だがまだシドは諦めていない。

 今度こそ命中するはずだったその攻撃を、シドは持っていた杖を器用に使い、柄で相手の手首を打ち払うことで防いだ。


「嘘だろっ!?」


 自身の経験上確実に当たると確信していたフィニッシュ技をいなされ、対戦相手の口から思わず驚愕の声が飛び出る。

 2度続けての攻撃失敗判定に、システムがスキルをキャンセル。マッチョマンの拳からオーラが消失した。


「しまっ――ウグっ!!」


 僅かに動きを硬直させたマッチョマンのみぞおちに杖の石突が突き刺さる。クリティカルダメージが発生し、HPが1割ほど減った。

 シドの呪術士は杖をクルリと半回転。先端のしゃれこうべをマッチョマンの眼前に突きつける。狙うは放出系スキルだ。


「【カースドボ――」

「ちぃぃ、当たってたまるかっ!」


 マッチョマンはスキルが発動する前に距離を取るべく、両足で強く地面を蹴ってジャンプし、近くの住居らしき建物の上に着地した。

 だがその時、マッチョマンの足元が紫色に輝き、魔法陣が出現する。


「くそっ、トラップか!」


 気づいた時にはもう遅い。発動と同時に魔法陣から枯れ木のような禍々しい手が何本も伸び、マッチョマンの身体を拘束する。


「これで終わりだ」


 シドは改めてしゃれこうべをマッチョマンに向け、トドメとなる必殺技を放った。


「【スカルヘッドクラッシュ】!」


 杖から人間を丸呑みできそうなほど巨大なドクロが飛び出し、一直線にマッチョマンの元へと向かっていく。

 ドクロは顎を大きく開き、身動きできないマッチョマンを丸齧りしてその残りHPの全てを消し飛ばす。

 空中に表示される「K.O.」の文字。

 シドの勝利だ。


 ◇◇◇


「試合終了ぉーー! なんとなんと、当大会初出場のシド・ワークス選手が、今年度まだ無敗だったチャンピオン、ネイサン・ベノワ選手を破り、見事優勝! 栄冠を手にしましたぁーーっ!」


 映像が切り替わり、実況解説席に座る女性司会者と男性解説者の姿が画面に映る。

 因みにどちらもプロのゲーマーだ。今の試合運びもしっかりと理解している。


「いや〜解説のダイクさん、どうでした、あの最後の攻防は?」

「いや、素晴らしいの一言です。ワークス選手はベノワ選手の動きを完璧に見切っていましたね」

「【フィニッシュコンビネーション】への対処といい、アドリブでできるとは考えにくいですね。あらかじめ予測を立てていたということでしょうか?」

「はい、相当研究していたと思います。でなければ、ピンポイントであの位置に罠を設置できないです」

「なるほど、ワークス選手の読み勝ちというわけですね」


 興奮したように喋る解説者に、司会者の女性も同意するように頷く。


「では勝利者インタビューに移りましょう」


 女性司会者はシドへと通信を繋ぐ。

 ワイプが表示され、画面の右上にシドの顔が映る。背景は彼の自室だ。


「ワークス選手、優勝おめでとうございます! 見事な勝利でしたね!」

『ありがとうございます』


 額から汗を滲ませたシドはやり切った顔で頭を下げた。

 しばらくぶりのプロゲーマー活動だったが、結果を出せて安心しているようだ。


「素晴らしい攻防でしたが、やはりベノワ選手の対策を練っていたということでしょうか?」

『はい、ベノワ選手に限らず、多くの選手に対して事前に研究を尽くさせていただきました』


 シドはロナに手伝ってもらい、ボッコボコにされながら出場選手の研究を進めていた。

 今回はそれがピタリとハマった形である。


「まさに努力の勝利ですね。ここでベノワ選手にも通信を繋ぎたいと思います」


 女性司会者がそう言うと、今度は画面の左上にワイプが表示され、髪を緑色に染めた欧米系の爽やか青年の顔が映る。彼がネイサン・ベノワ選手だ。


「ベノワ選手、お疲れ様でした」

『お疲れ様でした』

「今回は残念な結果になってしまいましたね」

『ええ、ワークス選手には失礼ですが、勝ち上がってきたとはいえ公式戦のブランクがあると思い、完全に油断していました。戦場に身を置いた(かた)を侮ってはいけなかったと痛感しています。ですが私も負けたままではいられません。ぜひ次回はリベンジさせてもらいます』


 潔く負けを認め、真っ直ぐな瞳で次回のリベンジを宣言するベノワ。

 彼のファンはかなり多い。チャット欄には彼を慰める声が多く流れていた。

 チャンピオンを張っていただけあって技量はかなり高い。シドも次は簡単には勝てないだろう。


「ベノワ選手、ありがとうございました。ところでワークス選手に多くの質問が寄せられているのですが」

『はい、なんでしょう?』

「一番多いのが、来月にある『アストロウォーⅣ』の大会に出場しますかという質問でして、ワークス選手いかがお考えですか?」


 アストロウォーⅣは宇宙空間でプレイヤーが戦闘機同士でバトルするというVRゲームだ。

 シド一番の得意ジャンルであり、最近はリアルでもやっていることである。


『あっ、はい。出場する予定です』

「そうなんですか! 頑張ってください!」

『ありがとうございます! 皆さんも応援よろしくお願いします!』


 別に隠すことでもないのでシドは正直に話す。

 大会に向けてまたロナと特訓の日々だ。おそらくざっと100回以上は宇宙の藻屑にされるだろう。

 女性司会者は質問を続けた。


「ワークス選手の使用機体についても質問が多数寄せられております。やはりアストロウォーⅣでも愛機のエールダイヤを使用されるのでしょうか?」

『あー……』


 アストロウォーⅣには現実の機体も数多く登場している。

 有名機体のエールダイヤもしっかりと実装されているが、機体スペックを考慮し、シドは特に使う気はなかった。

 シドは笑顔を浮かべ、軽い感じで答えた。


『いえいえ、他の強い機体で挑戦させてもらいます』

「えーっ、そうなんですか? ワークス選手といえばエールダイヤというイメージですのに残念です」


 こちらも笑顔の司会の女性。

 口では残念がっているが、彼女もプロゲーマーだ。

 強い機体を選ぶのは当然だという考えなので、シドが他の機体を選んでもおかしいとは思わない。

 むしろ当然だと内心考えていたりする。


『ははは、そのイメージはあるでしょうね。でも……』

「でも?」


 シドは何の考えも無く、この間ロナと話し合ったことをしゃべりだした。


『実はそろそろ別の機体に乗り換えようと思っているんですよ』

「えっ、本当ですか!?」

『はい』


 貯金が貯まってきたので、高性能な新しい機体に乗り換えようとロナと話していたのだ。

 レンタルも考えているが、パーツを組んでオリジナル機を組むことも検討しており、どうなるかはまだ未定である。

 因みに今まで乗っていたエールダイヤだが、メイヌース会戦の時に借りた追加武装パックを所有している好事家が機体を買い取ると言い出しており、レンタル会社と交渉中だったりする。

 武装パックとセットで、「シド・ワークスのエールダイヤ」として飾りたいのだそうだ。


「とても気になりますね。ワークス選手、新しい機体というのはどのような?」


 男性解説者もこの話題に食いついたが、どのようなと聞かれても、何も決めてないのだから答えようがない。シドはまたもや正直に答えた。


『いや〜まだ何も決めてなくて』

「あっ、そうなんですか。決まったらぜひ教えてください」

『ははは、楽しみにしておいてください』

「ええ、楽しみに待ってます」

「ワークス選手、ありがとうございました。ではこれより表彰式に移りたいと思います」

 

 配信終了時間もあるので、女性司会者はこの話題をサクッと打ち切った。

 しかし、男性解説者も女性司会者も、それこそシドも、ゲーマーたちは気がついていないのであっさりと流したが、シドが機体を新しくするというニュースはとんでもない大事件だ。

 それが世間に与える影響を、シドはこの後すぐに思い知ることになる。

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