第97話 メイヌース会戦終結
「《烈光皇女》ウィルヘルミナ!? 帝国の皇太子が何故ここに!?」
ウィルヘルミナの名乗りを聞いて素っ頓狂な叫び声を艦橋中に響かせたのは、王国軍の国境監視部隊の一応の責任者、この部隊の最上位階級であるバハーク男爵軍ダニエル・ビーリー准将50歳である。
バハーク男爵家はハッキリ言って超が付くほどの弱小貴族家である。このメイヌース会戦にも、バハーク家で出せる限界ギリギリ、型落ちの巡洋艦3隻で参戦している。
そして練度もお粗末で、仮に他貴族の軍と連携させても足を引っ張るだけの存在だ。
しかしながら王子の呼びかけに応じた貴族軍を追い払うわけにもいかないため、同レベルの弱小貴族家と組まされ、国境警戒の名目を与えられて体よく別動隊にされたのである。
因みにダニエルが責任者なのも、9つの貴族軍で構成されたこの部隊の中でたまたま一番上の階級だったからだけである。
正直、ダニエルはこの采配にホッとしていた。
艦隊戦など自信はないし、手柄も欲しくはない。
この戦場からも離れた場所でプカプカ浮いているだけで仕事になるなら万々歳。
敵が来たとしても敵前逃亡した戦闘機が数機くらいなものだろう。仮に戦艦が来てもSランク傭兵を筆頭に高ランク傭兵がズラリと揃っているから任せればいいとたかをくくっていたのだ。
そうしたらこれだ。
「目の前にはヒーステン伯爵軍が500隻と伯爵家当主。後ろには8,000隻の大艦隊に帝国皇女。ハハハ……もうどうしていいかわからん……」
艦長席であぶら汗を流しながら途方に暮れるダニエル。
本当は軍帽を投げ捨て髪を掻きむしりながら発狂したいくらいだが、ギリギリの理性と指示を求めてこちらを見てくる部下の視線がそれを許さない。
彼は泣きそうになりながらウィルヘルミナの言葉に耳を傾ける。
『ソリスティア王家のヒーステン伯爵家に対する非道、まことに許しがたし! この上、被害者であるはずの若きヒーステン女伯爵の命まで奪わんとするとは血も涙もない所業と断ずるより他にない!』
王国軍の将兵よ恥を知れ、と痛烈に非難してくるウィルヘルミナに、こちらは返す言葉が無い。
映像は映ってないので声のみだが、その響きには聞くものを萎縮させる迫力がある。
流石は帝国の次期皇帝。そこらの人間とは貫禄が違う。
「ビーリー准将、その……」
部下の一人がおずおずと声をかけてきた。
「なんだ?」
「軍の規則では他国の武装勢力に国境侵犯の意図ありと認められた場合は警告を行うことになっているのですが……どうしますか?」
「俺が? あのやる気満々で艦隊を引き連れてきた帝国のお姫様に? 我が国の主権を脅かしているから帰ってくださいって? バカ言うなよ……」
「ですよねぇ……」
マニュアル通りの対応をしないのかとお伺いを立ててきた部下に、ダニエルは勘弁してくれと情け無い声で言った。
軍人としては正しい姿なのだろうが、ウィルヘルミナの熱い演説はまだ続いている。このタイミングでそれを言えるわけがない。
『慈悲深い我らが皇帝陛下はヒーステン女伯爵の境遇を哀れに思し召され、「隣国のこととはいえ黙過しがたし」とおっしゃり、私に「ヒーステン女伯爵を王国の魔の手から守るべし」と命ぜられた。故に私は、陛下の御命令を果たすべくこの地に馳せ参じたのである!』
そして彼女がこう切り出したということは、帝国軍の目的は明らかだ。ダニエルは思わず「待ってくれ!」と口走りそうになった。
『――よって私は陛下の御意思に従い、ここにソリスティア王国軍へと要求する。マリーア・アニェス・ルルディーニ・フォン・ヒーステン殿と、彼女に付き従う者全員の速やかな国境通過を認めよ。当然、彼女らに何かしらの危害や妨害、例えば武装解除などの名目での時間稼ぎも許さぬ』
要は、今現在マリーアら伯爵軍が乗っている艦艇、さらには積載しているであろう兵器や物資、金品等の財産全てを保持したまま帝国へと亡命させろという要求だ。
(メチャクチャだっ!)
ダニエルが頭を抱えたように、これは非常に無茶な要求である。
確かめようがないが、もし仮にどこかの艦に高価な物品や貴重な戦略物資、または王国の重要機密でも積まれていたら、それが全部帝国に移動することになるのだ。
マリーア一人を通すのとは文字通り桁が違う損失になりかねない。
田舎武官のダニエルでもパッとこれくらいは考えついたのだから、現実はもっと酷いだろう。大国の中枢が関わっているとなれば、それこそ悪魔のような策謀が行われつつあっても不思議ではない。
とうてい受け入れられない要求だが、残念ながら突っぱねると更に最悪の事態になってしまうだろう。なぜなら、
『もしこの要求を拒否するのであれば、我ら帝国軍は人の世の道を正さんがため、ただちに国境を越えて彼女らへの「救助活動」を開始する!』
と、ウィルヘルミナが堂々と正義面をして宣言したからだ。
言うまでもなく、この場合の救助活動とは武力侵攻と同義である。
通常なら許されざる蛮行だが、「義」や「人道」といった言葉を盾に押し通すつもりらしい。
「そんな……そんなことが許されて……クソッ、ふざけるなっ!!」
怒りか恐怖か、わなわなとダニエルの身体が震え、彼は今度こそ恥も外聞もなく軍帽を床に叩きつけた。
8,000隻の帝国正規軍が国境を越えて攻めてきたらどうなるか?
答えは決まっている。
ヒーステン伯爵領は瞬く間に帝国軍に占領され、自分たちは勝利から一転して退却戦だ。
そしてそれは「悲劇の少女の救出」という美談の下に行われるのである。
なおその場合、路傍の小石を蹴っ飛ばすが如き容易さで真っ先にすり潰されるのは自分たちである。
ダニエルにとっては屈辱的だが、きっと世間は帝国軍の行動を“許す”だろう。寧ろ当然の報いだと王国軍に後ろ指を指すものも出るかもしれない。
「ど、どうしますか、ビーリー准将?」
「〜〜っ、俺に聞くなっ!」
「准将閣下!」
「あーもう、今度はなんだ!?」
「パラディアス殿下より入電です!」
「――ッ! すぐに繋いでくれ!」
明らかに自身の権限を超えた判断を求められ激昂するダニエルに朗報が入る。オペレーターがパラディアスとの通信が繋がったと報告してきたのだ。
ダニエルは回線が開くや否や画面に顔をくっ付けんばかりの勢いでパラディアスに指示を仰いだ。
◇◇◇
『殿下ぁーーー! どうかご指示を、ご指示を願いますっ!!』
パラディアスが乗るモンガルディエーヌのモニターに、涙目で訴えるダニエルの顔がドアップで映る。
かなり取り乱しているのが一目でわかり、パラディアスは命令を下す前に「まずは落ち着くがよい」と一言入れる必要があった。
慌てたダニエルがフゥーフゥーと荒い呼吸をしながら直立不動の姿勢をとり、形だけは落ち着いたのを見て、パラディアスは改めて指示を下した。
「国境監視部隊は速やかにその場から離脱し、本隊へ合流せよ。ヒーステン伯爵軍艦隊への攻撃は一切禁止する。向こうの要求通り、素通りさせてやるが良い」
『は、ははっ! 御命令拝受いたしました! 国境監視部隊はただちに本隊へと合流いたします!』
わかりやすく顔に「助かった」と書いてあるダニエルは敬礼をして通信を切った。
(……今の指示を全軍にも通達せねばならぬな。何かの間違いで暴走する者が現れては敵わん)
一部の隊の先走りを危惧したパラディアスが伯爵軍艦隊を通行させる旨を全軍にもきっちりと通達しておく。
そしてマップに表示されているヒーステン伯爵軍艦隊の動きを注視し、無事に国境を越えたことを確認して大きく安堵の息を吐いた。
「これで終結か……いや、ある意味ではここからが本番でもあるが……むっ、プライベート通信? ――ほう」
プライベート通信の着信に気がついたパラディアスは、その発信者の名前を見て愉快そうに微笑んだ。
表示されている名前は「ウィルヘルミナ・ローデウェイク・アレクシア・レルヒドール=バーベンベルク」。帝国皇太子である。
パラディアスは躊躇うことなく回線を開き通話を始める。
モニターには、華美な装飾の軍服を身に纏い、戦艦の提督席に悠々と腰掛けた絶世の美女の姿が映し出される。
金糸のような長髪をたなびかせたウィルヘルミナは、コバルトブルーの瞳でパラディアスの顔をしっかりと見据えて、その艶やかで魅惑的な唇を開いた。
『お初お目にかかるわね。レルヒドール帝国皇太子ウィルヘルミナ・ローデウェイク・アレクシア・レルヒドール=バーベンベルクよ』
会釈すらなく傲然とした態度でされたその挨拶に対し、パラディアスはコクピットの中で可能な限りの大仰な手振りの礼で答えた。
シートベルトに引っ張られながら頭をうやうやしく垂れ、左手は胸に水平になるように当てる。そして右手は上から下へと大きく半円を描くように滑らかにおろす。
あたかも舞台上の役者がやるような芝居がかった動作だ。だが、それが不思議と様になっている。
「お会いできて光栄です、ウィルヘルミナ皇太子殿下。私はパラディアス・ベネディクト・アルプ。ご存知かとは思いますが、ソリスティア王国の第四王子でございます」
『……ええ、聞いているわ。噂に違わず型破りなお人柄のようね』
「ハッハッハ、よく言われます」
快活な笑みを浮かべるパラディアス。
ウィルヘルミナも彼のことを面白いものを見るような目つきで見ている。
一見すると和やかなムードだが、実際には両者の間の緊張感はいささかも解れてはいない。
パラディアスはニコリと微笑んだままズバリと切り込んだ。
「して、ヒーステン女伯はそちらに渡ったわけですが、帝国軍の皆様はこのままお帰りいただけるのでしょうか?」
この直球の問いかけを、ウィルヘルミナも微笑みを絶やさぬまま答えた。
『ええ、もちろん。故ルキノ伯爵との約定に従い、我々は国境を犯さず、マリーア女伯を保護したらすぐに首都星まで撤収するわ。彼の忠義に感謝することね』
「そうですか……ルキノ伯爵が……」
前伯爵がそこまで交渉をしていたと知りパラディアスの表情がわずかに曇る。
『でも残念だわ。私があと5年も早く生まれていれば、隣国の王が暗君であるこの好機に王国の半分も併呑してあげたのだけど……』
つらりととんでもない事をいい放つウィルヘルミナ。
しかし彼女なら本当にそれが可能なのかもしれない。それだけの才気を感じさせる女性だ。
だがパラディアスも、
「ええ、まことに残念です。妙齢のウィルヘルミナ殿下は今よりいっそう美しいことでしょう。今日この時にその殿下にお会いできないことが悔やまれて仕方ありません」
と、平然と言い返した。
こちらも負けていない。
『――本当に愉快な方ね。……まあいいわ。いずれ機会もあるでしょう。ではさようなら。今度もまた戦場でお会いできることを祈っているわ』
ウィルヘルミナは最後にそう言い、通信を切った。
感じていた強烈な威圧感から解放され、パラディアスはフゥと息を吐く。
「……さまざまな意味で輝きに満ちたお人だ。父上では相手にもならんな。今回は星の巡り合わせに救われたが、さて次はどうなることやら……」
パラディアスは将来彼女と必ずどこかでぶつかることを思い、コクピットで一人やれやれと首を横に振って「叶うなら戦場ではなく舞踏会でお会いしたいな」と呟く。
そして全軍へ勝利を宣言するため、通信回線を開いたのであった。




