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第96話 国境沿いに集う役者たち

「さらばだ、ルルディーニ卿。約束は必ず果たすからな……」


 パラディアスは、カベルネロードを撃破したあと、胸に手を当てルキノへと祈りを捧げる。

 しかし10秒も経たない内にラ・フィーユ・ビアンコのグレン艦長より通信が入り、その祈りは中断させられた。


『殿下、敵軍に動きがありました!』

「そうか」


 驚いた様子もなく応答するパラディアス。

 このタイミングで伯爵軍に動きがあるのはコウメイが予想済みだ。

 ルキノを討ち取ったことでここから終局までの道筋は確定したも同然。

 パラディアスは機体を操作し、ラ・フィーユ・ビアンコへと向かわせながら報告を聞く。


『後方へと撤退していた敵残存艦隊が一斉にワープを開始。ワープアウト地点はヒーステン伯爵領外縁部。レルヒドール帝国との国境線です』

「ミュライエも速度を上げているな」

『はい、まもなくワープを開始するものと思われます』


 機体カメラを敵旗艦ミュライエの方へと向けると、ちょうどワープする瞬間が見えた。

 向かう先は他の艦隊と同様、国境地帯だろう。


「グレン、メイヌースより出航した艦はあるか?」


 パラディアスはグレンへと伯爵領本星より新たに出た戦艦はないかと尋ねる。

 グレンからの返答はすぐさまあった。


『はっ、殿下が戦闘をされている間に高速戦闘艦「アルタ」が出航したことを確認しております』

「……そうか」


 パラディアスは神妙な顔つきで頷く。グレンはキビキビした声で報告を続けた。


『アルタはワープにて一足先に国境地帯へと到着。現在ヒーステン伯爵軍はそのアルタを中心に艦隊を形成しております』

「承知した。――コウメイ!」

『はっ、ここに』


 パラディアスが呼びかけると、コクピットのモニター上に新しくコウメイの顔が表示された。


「予定に変更は無いな?」

(はい)。アルタには間違いなくマリーア様が乗艦されているでしょう。全ては“ルキノ伯爵”の目論み通りに推移しております』


 マリーアとはルキノ伯爵の一人娘だ。

 彼女が高速戦闘艦にて本星を脱出し、伯爵の計画通りに国境地帯へと残存兵力とともに集結している。

 恭しく低頭しながらこう述べたコウメイに、パラディアスは小さく頷いて、


「……ならば良い。あとは見届けるだけだ。―― モンガルディエーヌ、着艦する」


 と言い、愛機をラ・フィーユ・ビアンコ艦上に着地させ、伯爵軍一行の行く先を見届けるべく、その場に留まったのだった。


 ◇◇◇


「まさかこれほどの数の艦隊がこちらに来るとは……」


 動揺を隠しきれない様子でそう言ったのは、Sランク陸戦兵(レンジャー)クラウディア・リナ・エスパーダだ。

 彼女らヒーステン伯爵領の傭兵ギルドメンバーは、帝国への牽制のために少数の貴族軍艦隊とともに国境線付近に布陣していた。

 そこへ突如集結してきたのがヒーステン伯爵軍の残存艦隊だ。

 これに彼女ら国境監視部隊は蜂の巣をつついたような大騒ぎになる。

 

『敵艦の数は!?』

『約500隻になります!』

『こちらはエスパーダ卿がいるとはいえ、30隻もいないのだぞ! どうしろというのだ!?』

『敵の目的はっ!?』

『そんなもの越境以外にあるか馬鹿者っ!! 急ぎ旗艦へ通信を繋げ! 殿下の指示を仰ぐのだ!』


 部隊の責任者である、とある男爵家所属の准将もどうすればいいかわからず混乱している。

 とりあえずは急いでラ・フィーユ・ビアンコへと連絡を取ろうとしているようだ。


(向かってくるのであれば斬るしかない……しかしこの戦力差は……)


 伯爵軍との戦いに消極的なクラウディアも、いざ対峙するとあらば、自身の命を守るためにも手を抜かないだろう。それは他のギルドメンバーも同じだ。

 だが、30対500という差はいかんともし難い。

 愛機ミハーイールで敵艦の20や30を撃沈するのは可能だが、その間に味方は全滅であろう。生還できるのも自分一人だ。

 ここは速やかに任務を中断し、全部隊で撤退するしかない。パラディアスも同じ判断を下すはず。

 そう考えを巡らしていると、伯爵軍の方から広域通信が送られてきた。

 その発信者、モニターに映るその顔を見てクラウディアは驚愕する。


『私はヒーステン伯爵家()()、マリーア・アニェス・ルルディーニ・フォン・ヒーステンである。これより私たちは国境を越え、レルヒドール帝国へと亡命する。前方の王国軍艦隊に告ぐ。道を開けなさい』


 姿を現したのは女性将官用の軍服を身にまとい、毅然とした態度で艦橋に立つ少女、マリーア・アニェス・ルルディーニ・フォン・ヒーステンである。

 モカブラウンの長い髪をまとめ上げて軍帽にしまい、腰に剣を帯びて、身震い一つしていない。

 たったいま両親を喪ったばかりだというのに、強い意志を感じさせる瞳は揺らぐことなく前を向いている。


「マリーア様!?」


 その姿にクラウディアは自身の目を疑った。

 Sランク傭兵としてマリーアとも面識があるが、その時の印象は“しっかり者だが大人しく控えめな少女”というもの。

 貴族家当主として覚悟を決めた堂々たる今の姿とは似ても似つかない。

 過酷な運命が彼女を成長させたのだろう。その心中を慮り、クラウディアの胸がズキリと痛んだ。

 そしてクラウディアが動揺したのはもう一つ。マリーアが帝国へと亡命すると宣言したということだ。


「さすがにそればかりは……っ!」


 マリーアの亡命を許してしまえば政治的に大きな禍根となるのは想像に難くない。

 こちらの戦力がどれほど少ないからといって、これを許すことなどできないに決まっている。

 パラディアスも、命懸けで止めろ、最悪でもマリーアだけは確保ないしは始末しろと厳命するはずだ。

 そしてこの場でそれが可能なのは自分だけである。


(マリーア様が乗っておられる艦を特定し、ワープで逃げられる前に一撃で決める。それしかないっ!)


 クラウディアは超一流の傭兵だ。

 避けられぬ仕事とあらば私情を捨てることもできる。

 そしてどれほど不可能なミッションもこなすのがSランク傭兵である。

 彼女が静かに覚悟を決めたその時、またもや事態が急変した。


 ヴィーーーッ! ヴィーーーッ!


「っ!?」


 コクピットに鳴り響く警告音。

 何が起きたかは味方からの通信で判明した。


『大変です! 帝国領内に多数のワープアウト反応! 艦隊が出現します!』

『なんだとっ!? 数は!?』

『数は……約8,000!』

『ばかな! なんだその規模はっ!』

『識別信号を確認しました。レルヒドール帝国第2艦隊。皇帝直轄軍です!』


 オペレーターの報告では、ヒーステン伯爵領と国境を挟んで隣接する帝国貴族ベルルロック侯爵家の軍隊ではなく、帝国皇帝が抱える中央の艦隊だという。

 それが8,000隻も国境に出現したのだ。

 すわ開戦か? という緊張が王国軍に走る。


『帝国艦隊の動きは!?』

『国境ギリギリで停止! ――っ、通信入ります!』


 帝国艦隊よりオープンチャンネルで通信が入る。

 ただし映像はない。音声のみだ。

 威厳に満ち、それでいてどこか蠱惑的な女性の声がスピーカーから聞こえてくる。


『私の名はウィルヘルミナ・ローデウェイク・アレクシア・レルヒドール=バーベンベルク。レルヒドール帝国皇太子である。義によってここに参上した』


 この叛乱劇にピリオドを打つべく、最後の役者が姿を現した。

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