第95話 誅伐
『パラディアス殿下、お久しゅうございます。こうしてお会いするのは、確か8年前の新年祝賀の儀以来ですな』
愛機モンガルディエーヌに乗るパラディアスの元に、ヒーステン伯爵軍総司令官ルキノから通信が入る。
先程のように宙域一帯に飛ばしたものとは違い、二者間にしか開かれていないプライベート回線によるものである。
他所に聞かれる心配が無いためか、ルキノの言葉は敵に向けるそれではなく、パラディアスへの敬意が込められたものであった。
パラディアスもまた返事を返すが、やはり反逆者に対するものではなく、臣下へと対するような穏やかな口調だ。
「うむ、そうだな。思えば、海賊退治で王国各所を巡っていたが、ルルディーニ卿の所へは寄ったことがない。それくらいにもなるか」
パラディアスは現在25歳だが、18歳で成人になる直前あたりから王室の公式行事をなにかと理由をつけて欠席している。
これは政治から身を離すことで長兄である王太子と王位を争う気がないと周囲にアピールするためだ。
特に王国貴族の大半が王への年始の挨拶ために集まるため重要な政治的意味を持つ新年祝賀の儀には絶対に顔を出すつもりはない。
なお、国王は子供にひたすら甘いので、それでパラディアスが叱責されたことは一度もなかったりする。
『はははっ、我が家の家臣たちは優秀であります故、海賊どもの跋扈を許したことがありませぬ。殿下がお立ち寄りにならなかったのも当然でしょう』
「なるほど、海賊のおらぬ地に用は無し。それで卿とは長らく顔を合わせる機会がなかったというわけか」
『ええ。ですが、我々がこうして賊軍となりましたので、殿下がおいでくださいました』
「くくくっ、卿もなかなか面白いことを言う」
洒落っ気混じりに会話をする二人。
だが、これより行われるのは決闘。いつまでも和やかではいられない。
ひとしきり笑い合ったあとルキノは息をフゥと吐き、眩しいものを見るような目でパラディアスに話しかけた。
『本当に……ご立派になられましたな。王太子殿下はいささか人が良さすぎるきらいがあるので心配しておりましたが、あの傑物と呼ぶべき王太子妃殿下と、パラディアス殿下が補佐をされているのであれば安心です。ソリスティア王国の未来は明るいことでしょう』
聞いているパラディアスは笑顔を引っ込め、深く詫びるような顔つきで、
「……ルルディーニ卿、その人の良すぎる兄上から内密で伝言がある。兄上は『ギュンターの件を含め、王室がヒーステン伯爵家にしてきたことは非道極まりなく、申し開きのしようもない。次期国王として心より謝罪する』と仰せだ。また、領民へ不当な仕打ちをしないこと。そして今は無理だが、戴冠を済ませたら速やかにヒーステン伯爵家に連なるもの全員の反逆罪を免じて名誉を回復することを、御自身の名と母なる地球に誓っておられる」
と、そう告げた。
これが今回の件に関して王太子にできる精一杯の謝罪である。
本来であればギュンター王子を司法に引き渡し、正式な場で謝罪するのが筋だが、父王が王室の非を認めていない以上それはできない。無理に断行すれば最悪国家を二分する騒動となり、さらなる内乱に繋がりかねないのだ。
なので王太子は精一杯の誠意として、信頼する弟に言付けを託し、自らの意思を伯爵へと伝えたのである。
ルキノはパラディアスの言葉を聞き、目を閉じて低頭した。
『……信じましょう。謝罪を受け入れます。王太子殿下に「領民のこと、そして娘と家臣たちの名誉にまでご配慮いただき感謝いたします」とお伝え願います。……ですがそのためにも……』
「……ああ、そなたの首が必要だ」
そう、ことの発端はどうあれヒーステン伯爵家は叛乱を起こした。
国家として決して許せぬ暴挙だ。
主犯であるルキノは責任を取らねばならないのである。
『皆のためなら喜んでこの首を差し出したい所存ではありますが、それでは私の気持ちが収まりませぬ。パラディアス殿下、どうかこの大馬鹿者のひと暴れにお付き合いいただけませぬか?』
「……いいだろう。卿の怒りを余に存分にぶつけるがよい」
『感謝いたします』
ルキノをここまで突き動かしてきたのはソリスティア王家への強い憤りだ。
無抵抗で降伏するのは簡単だが、それでは彼は晴らせぬ怨念を泉下まで持っていくことになるであろう。
同じ「死」でもそこには大きな違いがある。
パラディアスはそれを受け止めるつもりなのである。
『――では』
ルキノは機体を操作し、戦艦ミュライエの艦上よりカベルネロードを飛び立たせた。
そして広域通信を再びオンにし、腹の底より叫ぶ。
『パラディアス殿下がお相手とあらば言うことなし! いざっ!』
バーニアを全開にして近づいてくるカベルネロードに応じるようにパラディアスもモンガルディエーヌを発進させ、同じく広域通信で叫んだ。
「逆臣ルキノ・ステッラ・ルルディーニよ、余自らが引導を渡してくれよう! 覚悟せよっ!」
青い星をバックに両機がぶつかる。
◇◇◇
先手を取ったのはカベルネロードだ。
ルキノはまだ距離が離れているうちに背中に折りたたまれていた2門のビームキャノン砲を展開。両肩に背負うように伸びたそれを躊躇なく撃ち放った。
光を放ちながら高速で飛来する2発のビーム弾。
モンガルディエーヌはそれを避けようともしない。
「悪いがこの機体のバリアはその程度のビームでは貫けぬぞ」
パラディアスの言った通り、ビーム弾はどちらもバリアに阻まれる。
モンガルディエーヌはさらに速度を上げ、敵機に詰め寄った。
真紅のマントの中、背中のブースターの炎が見える。引火していないところを見ると、ただの布製のマントではなさそうだ。
機動性もズバ抜けていて、カベルネロードの1.5倍近い速度を出している。
パラディアス専用機だけあって相当に金をかけている機体のようである。
「はああっ!!」
一気に至近距離まで踏み込んだモンガルディエーヌは右手に持った黄金の輝きを放つ長剣を袈裟斬りに放つ。
カベルネロードは大盾でその一撃を防ぐが、それだけで盾にヒビが入ってしまう。
対してモンガルディエーヌの剣は刃こぼれ一つしていない。これもまた希少鉱物により作られた逸品であった。
負けじと今度はカベルネロードが横薙ぎに剣を振るうが、モンガルディエーヌは左腕を前に出し、そこから光の盾を出現させて受け止めた。
高出力でビームを放出することで攻撃を防ぐ「ビームシールド」である。
ビームバリア以上にエネルギー消費が激しいので、かなり高性能なジェネレーターを積んでないと使用できない装備である。
パラディアスはそのビームシールドで敵の剣が焼き切れていないのを見て独りごちる。
「やはり対ビームコーティングはしてあるか。これで破壊できれば楽であったのだが――むっ!?」
突如カベルネロードの右脚が振り上げられ、モンガルディエーヌの脚部をけたぐろうとしてきたのである。
パラディアスは敵機をビームシールドで剣ごと押し飛ばすことでこれを回避。
この実戦的だが剣士らしからぬ戦い方に、彼は思わずプライベート回線を開いて文句をつけた。
「ルルディーニ卿、足癖が悪いぞ!」
『これは失礼。機動ロボの師であるボリスに「なりふり構うな」とさんざん教え込まれてきましたので、つい出してしまいました』
「ボリス? ……ボリス・ラドゥ! 《撃砕巨兵》ボリス・ラドゥか!」
パラディアスが驚きの声を上げると、ルキノはビームキャノンを浴びせながら、
『ご存知でしたか。はい、そのボリスでございます』
と答え、パラディアスもまた、バリアに防がれるのを承知で腰の両側にある小さな発射口よりビーム砲を放って応戦し、当然だと返答する。
「当たり前だ。《黒の貴公子》ザハリア・スタークと合わせてヒーステンの二騎士と称えられた猛者ではないか。そうか、彼が指導していたのであれば、卿の優れた操縦技術も納得であるな」
『……それでも殿下の天賦の才には遠く及びませぬ』
操縦桿を握り締め、苦しそうに言うルキノ。
実際、ルキノの技量はパラディアスの言う通り優れていた。
前線に出ない総大将ではあるが、一流のパイロットと呼べるだけの実力は身についている。
が、その程度ではパラディアスには勝てない。
機体性能の差だけではない。仮に同型の機体に乗っていても結果は同じだろう。
それだけ両者の間の技量と戦闘経験には隔絶とした差があるのである。
再び近接戦へ突入すると、その差は如実となる。
一合、また一合と剣を合わせるたびにカベルネロードは追い込まれていく。
どれほど覇気を込めたルキノの一撃も、パラディアスに容易く見切られて届かない。
逆にパラディアスの攻撃は確実にカベルネロードへとダメージを与えていく。
かろうじて攻撃を剣か盾で受け止めているが、次第に損傷も大きくなってきた。そろそろ限界だろう。
極度の疲労から肩で息をするルキノは、若きパラディアスに、師であるボリスから受けたものと同レベルのプレッシャーを感じていた。
そしてモンガルディエーヌの一閃がボロボロになっていたカベルネロードの剣を半ばから切り落とすと、ルキノは自身の最期を悟った。
「……家族に言い残す言葉はあるか?」
黄金の剣を振り上げ問いかけるパラディアスに、ルキノは首を横に振って言った。
『妻は先に旅立ち私を待っております。そして娘にはもう充分に伝えるべきことは伝えました。あの子は強い。きっとこの先の人生も自分の力で切り開いて生きていけることでしょう。――私の心残りであった領民と家臣たちのことも、王太子殿下がお約束してくださいました。なので残す言葉はありません。逆臣である私に過分な温情を賜り、衷心より感謝申し上げます』
「……ギュンターめは必ず卿の元に送り届けよう。しばし待っておれ」
『はっ、心待ちにしております』
振り下ろされた黄金の軌跡はカベルネロードを真っ二つに断ち切った。
ルキノ・ステッラ・ルルディーニ、享年38。
長きに渡ったヒーステン伯爵軍との戦闘が終結したのであった。




