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第94話 武門の長たる者

 シドとロナがザハリア機を撃墜したのと同時刻、パラディアス王子の乗る戦艦ラ・フィーユ・ビアンコとその僚艦4隻は、ヒーステン伯爵軍本陣最奥に到達していた。

 死にものぐるいで抵抗する伯爵軍により構築された防衛線を突破した先には、なんと戦艦がたった一隻だけ。

 青き惑星メイヌースを背にして王国軍を待ち構えていたのは、赤と黒のツートンカラーの重級戦艦、ヒーステン伯爵軍旗艦「ミュライエ」だ。

 周囲には護衛艦どころか、戦闘機も機動ロボの姿もない。正真正銘一隻のみである。

 しかも奇妙なことに、ラ・フィーユ・ビアンコの射程圏内に入ってもミュライエは動こうとしないのである。

 移動もしなければ、砲撃をしてくる様子もない。完全に沈黙をしている。

 王国軍の5隻による一斉射を受ければたちます轟沈するというのにだ。

 ラ・フィーユ・ビアンコの艦長席に座るグレン大佐は、敵艦のこの不可思議な行動を見ても驚いた様子はない。しかし複雑な感情を湛えた瞳でミュライエをジッと見つめていた。

 グレンはやや俯いて嘆息を漏らすと、隣で姿勢良く起立している男に話しかけた。


「敵艦ミュライエに動きは無し、か……。貴官の予想通りだな、コウメイ参謀」

「はい。誠実なお人柄で知られるヒーステン伯なら最後はこうなされると思っておりました」

「これが伯爵様なりのケジメなのだな……」


 グレンは目を伏せて言った。

 真面目で正義感の強い彼としてはこの結末に思うところがあるのだろう。しかし事ここに至ってはもうどうすることもできない。

 一度軍帽をキュッと被り直し顔を上げると、静かな声でオペレーターに指示を出した。


「各艦に通達。ミュライエへの攻撃は一切禁止。周囲への警戒を維持したまま、別命あるまでその場で待機せよ。全ての決着はパラディアス殿下がお付けになる。――特にドーン大尉、貴官にも待機を厳命する。今回ばかりは命令違反は許さんぞ」


 グレンは僚艦へ指示を出したついで、命令違反の常習犯であるアイビス・ドーンへも名指しで注意しておいた。

 すぐさまアイビスからもの凄い剣幕で『しねーよ! オレだって空気くらい読むわっ!』という反論の通信が飛んできたが、彼はそれを無視。

 手元のコンソールを操作して目の前に通話画面を投影し、いかめしい顔つきで格納庫のクルーへと連絡を入れた。

 確認したいことはただ一つ。パラディアスが自身の()()に搭乗完了しているかだ。


「殿下はご搭乗なされたか?」

『はっ! コクピットへ乗り込まれました。いつでも出撃可能です!』


 画面に映る整備兵が敬礼をしながらそう報告する。グレンは頷き「承知した」と返して通信を切った。


「コウメイ参謀、聞いての通りだ。パラディアス殿下の方は準備を完了されている」

「ええ、おそらくヒーステン伯も、まもなくお出ましになられるでしょう」


 コウメイの言葉を聞いていたかのようなタイミングで敵艦に動きがあった。

 ブリッジに、ミュライエを注視していたオペレーターの報告が響く。


「ミュライエに動きあり! カタパルトハッチ開口、機動ロボが出てきます!」

「機動ロボの映像をメインモニターに映せ」

「はっ!」


 ミュライエより一機の機動ロボが射出される。

 グレンの指示によりモニターに映し出されたその機体は、赤色をベースカラーに黒色で装飾された人型の機体だ。ミュライエと同じカラーリングである。

 ミュスカナイトをベースにした西洋甲冑風の機体だが、明らかに特注のカスタム機だと分かる洗練されたデザインをしており、ヘルムの形をした頭部にはプルームという羽飾り風の装飾、肩にはヒーステン伯爵家の紋章がある。

 背部には折りたたみ式ビームキャノン砲を2門装備しているが、右手には長剣――それもビームソードではなく金属の実体剣を、そして左手に大型の盾を持っているという実戦には不向きであろう機体だ。

 この機体に乗れる人物は伯爵軍内におそらく一人であろう。

 その予想が的中していることはすぐにわかった。

 ロボットはミュライエの先端に着地し、右手の剣でラ・フィーユ・ビアンコを指し示すと、この戦域全体へと隈なく届くほどの出力で通信を送ってきたのだ。


『私はヒーステン伯爵軍総司令官ルキノ・ステッラ・ルルディーニである』


 間違いなくこの通信はメイヌース星含め、宙域一帯に届いたであろう。

 モニターに映ったのは、パイロットスーツに身を包んだモカブラウンの髪をした実直そうな痩身の男性。

 この叛乱劇を巻き起こした張本人であるルキノその人だ。

 彼の顔を見て、ラ・フィーユ・ビアンコのブリッジで誰かが「ヒーステン伯……」と呟く声が聞こえた。

 いよいよ正念場。一同に緊張が走る。

 グレンはゴクリと唾を飲み込み、コウメイは表情を悟られまいとしているのか口元を白羽扇で隠す。

 ルキノの口上は続く。


『パラディアス殿下とその郎党諸君。我が精強なる家臣たちを退け、よくぞここまで参られた。これよりは私自らがこの「カベルネロード」にてお相手つかまつろう。さあ、我と思う勇士は前へ出よっ!』

 

 柔和な顔つきからは想像もつかないほど力強く威厳のある声だ。

 闘志に満ちた目は真っ直ぐに前を向き、身体の震えどころか汗ひとつかいていない。

 これを矜持と言うのだろうか。

 自身の死に際とでも言うべきこの場に、誇り高き貴族に相応しい堂々たる態度で臨んだいるのだろう。

 普段堕落した貴族を多く目にしている者ほど心打たれる姿である。

 そして今、この戦場にもう一人()()が登場する。


『ならば余が名乗りを上げよう!』


 こう名乗りを上げたのはパラディアスである。

 それこそルキノと同出力で通信を飛ばし、コクピット内と思わしき場所から覇気溢れる声で返答をしている。

 グレンが素早く各所に指示を出した。


「殿下が御出陣なされるぞ。上部ハッチ開け、リフト起動。『モンガルディエーヌ』出撃!」


 ラ・フィーユ・ビアンコ艦体上部の中央付近にあるハッチが開き、下からリフトがせり上がって来る。

 そこに乗っていたのは一機の純白の人型機動ロボ。パラディアス専用機「モンガルディエーヌ」である。

 カベルネロードと同じくモチーフは西洋鎧だが、あちらが中世風なら、こちらはファンタジー風の意匠だ。

 アニメで描かれる聖騎士のような見た目で、機体各所にさりげなく煌びやかな金の装飾も施されており、背中には真紅のマントを羽織っている。

 軍事兵器というよりかは、さながら芸術品のよう。

 かっこいいが、ある意味で趣味的な機体なので、血統正しく、本人も絵本から出てきた王子様そのままなパラディアス以外が乗るとひどく浮いてしまうだろう。そう思わせる機体だ。

 手には黄金色の輝きを放つ実体剣を装備していて、両手で柄を持ち、床へと真っ直ぐに突き立てるようなポーズを取っている。

 再びパラディアスの朗々とした声が響いた。


『余はソリスティア王国国王ヨハン・ヨーゼフ・アルプ・フォン・ソリスティアが子、パラディアス・ベネディクト・アルプ! 三国に武名轟くヒーステン伯爵軍の長たる(けい)に相応しき相手は余をおいて他になし! いざ、この戦乱に決着をつけようぞ!』


 ここに、パラディアスとルキノの決闘という、メイヌース会戦最後の戦いが始まろうとしている。

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