第91話 老兵相嗤う
『若造どもは行ったか?』
アルフレッドたちスカイ隊を見送ったザハリア・スタークの元に通信が入ってくる。
モニター画面に現れたのはザハリアと同年代の老軍人だ。
ただし顔の印象は正反対。
どんぐり鼻で眉が太く、少し日焼けしていて、角ばった輪郭をした男臭い風貌である。
後退した真っ白な頭髪を短く切り揃えており、口髭はこだわりがあるのか丁寧に整えられている。
怒り目でガタイが良く、頑固一徹という言葉が似合いそうな見た目だ。
彼の機体であろう。通信と同時にザハリアが乗る黒いエールダイヤの隣へと一機の人型機動ロボがやってきた。
「行ったよ。……にしても随分と遅かったな? 老眼でマップが見えなくて道に迷ってたか?」
砕けた口調でザハリアが返事を返すと、いま到着した老人は面白くなさそうにフンと大きく鼻を鳴らした。
『悪かったな。「ゴリアテ」を軍の広報センターから引っ張り出してくるのに手間取ったのだ。自宅のガレージで愛機を保管していた貴様と一緒にするでないわ』
「そうかい。でっ、その展示品にされてた相棒はちゃんと動くのか?」
『当たり前だ』
そう言って老人は機動ロボの右手をグーパーと動かし、ちゃんと動くぞとアピールする。
ゴリアテというのがこの機動ロボの名前らしい。
旧約聖書に出てくる巨人兵士の名前を冠した機体に相応しく、ミュスカナイトより一回り大型のボディをした焦茶色の重量級メカだ。
パンチやキックで戦艦にヒビを入れられそうなほどぶっとい手足をしていて、胴体もそれに見合うサイズ。
右の腰には槍のような長さのリニアカノン砲を携え、左手には駆逐艦からそのままひっぺがしてきたのかと疑うようなサイズの二連装ビームガンを持っている。
かなりのパワーがありそうな機体だ。
「そいつは結構。アイツらが逃げ切るまで時間を稼げそうだ」
『血相を変えて助けに入っておったが、お前の目から見て、あのスカイ少尉はそれほどに見込みのある男なのか?』
「あるさ。才能なら俺以上。あと必要なのは経験だけだ」
『アレに勝てるほどか?』
老人――ボリス・ラドゥ元大佐の言う“アレ”とはシド・ワークスのことである。
それを言われるとザハリアも苦笑するしかない。
シドは王国随一の呼び声高いパイロット。ザハリアの目から見てもそれは確かだ。
そのシドに勝てるほど成長するかはわからない。が、少なくとも見込みはあると彼は言った。
「絶対ではないが可能性の芽はあると言ったところだな」
『そうか……ならば我々もきっちりと仕事をせねばな』
ボリスの言葉に、ザハリアが「ああ」と頷いたところで、後方から100機近い機動ロボの一軍が近づいてきた。
現在シドとロナ相手に戦っている戦闘機と同様、ミュスカナイトやタッドポールのような現行機ではなく、どれも年季の入った古びた機体だ。
先頭のロボット、人型汎用戦闘ロボ「08式アスカロン」から二人に通信が入る。
『ラドゥ大佐殿、スターク大佐殿、第一特設機動ロボ中隊ただいま到着いたしました!』
敬礼しながらそう報告したパイロットは、退役間際の年齢と思わしき禿頭の男性だ。パイロットスーツに付けられた階級では軍曹となっている。
口元に銃創と思わしき傷跡があり、子供が見たら泣き出すような恐ろしい人相をしている。
彼はその強面で長年に渡り新兵をしごいている、いわゆる「鬼軍曹」だ。
久しく前線から離れていたが、この窮地にこうして駆けつけてきたというわけである。
返礼をしたラドゥが彼に厳つい声で問いかける。
『ご苦労、ロバート軍曹。時間が惜しい。すぐにでも任務にあたってもらおう。新兵のケツを蹴り上げてばかりで勘は鈍ってないな?』
『お言葉ですがラドゥ大佐殿、自分はかつて「ポンメル小惑星帯遭遇戦」で大佐殿とご一緒させていただいた時より何一つ衰えていないと自負しております!』
堂々と言い切ったそのセリフに、思わずラドゥも笑みが溢れた。
『そいつは頼もしいぞ軍曹。ではさっそく作戦に取り掛かれ。諸君らの目標は後続の王国軍艦体の足止めだ。撤退する友軍の殿となり、一兵でも多く味方を救え』
『はっ、了解いたしました! 我ら払暁報恩決死隊第一特設機動ロボ中隊はただちに任務を開始します!』
『ひとしきり暴れたらアッチでまた会おう。先に逝った戦友諸君も待っている。土産話の用意を忘れるなよ?』
『たんまり持っていきますとも! ――では大佐殿、しばし失礼いたします!』
最後に別れを告げたロバート軍曹は後ろの機動ロボ軍団を引き連れ、撤退中のヒーステン伯爵軍の援護に向かった。
決死隊の名の通り、彼らの任務は命を賭して味方の盾となることだ。
友軍の背中を狙う銃撃があれば割って入りその身で受け、時には敵のど真ん中に踊り込んで進んで囮となる。
その隊員は全て軍曹のような退役間際の軍人か、ザハリアのような引退した元軍人で構成されている。中には地元ヒーステン領で生まれ育った元傭兵という変わり種までいた。
機体も、各所から調達してきたロートル機ばかりだ。
これからのヒーステン伯爵家に必要なのは若い力。
それを知るからこそ彼ら老兵は、歴代のヒーステン伯への恩に報いるべく、喜んで捨て石となることを志願したのである。
「――さて俺たちも行くか。ボリス、最近もの忘れがひどいと愚痴っていたが、機体の操縦方法は覚えているな?」
『体に染み付いて抜けぬわっ。貴様とてそうだろ、ザハリア?』
「……そうだな。どんなに歳を取ろうと俺がこいつの操縦を、戦い抜いたあの日々を忘れるわけがねえか。愚問だったな」
残った二人は、視線を最大の障害――シド・ワークスへと向ける。
彼を足止めせねば、多くの伯爵軍の将兵が討たれてしまう。
攻撃していた決死隊の戦闘機も、早くも残りわずかだ。数分も経っていないのにこれとは、やはり他とは一線を画している。
「離れていても感じるこの強烈なプレッシャー……わかっちゃいたがヤベェな……」
息を呑むザハリアに、ラドゥが指を鳴らしながら、
『ザハリア、久しぶりに我らの最強無敵のコンビネーションをぶつけるか!』
と言ってくる。
ザハリアはすぐに言い返した。
「なにが最強無敵だ! 大昔、帝国の《剣帝》に二人まとめてバッサリ切り捨てられたのを忘れたか!」
『あれはノーカンだろう! 相手が悪すぎる……と言いたいが、それは今回もだな……』
「ああ、アレは《剣帝》と同レベル。宇宙最強クラスだ」
『だが、それでこそ我らが最後の敵に相応しい』
「ああ、やるぞっ!」
ニヤリと笑い合う二人。
意を決して通信回線を開き、オープンチャンネルでシドへと呼びかける。
『聞こえるか、シド・ワークス! ここからは我ら二人が相手をしよう』
「エールダイヤの扱い方を教えてやるよ。感謝しな」
映像が繋がると、画面の向こうでシドが『老人!?』と驚いている顔が見えた。
(ああそうさ、老人だよ。自分より3倍も歳が離れている相手が出てくれば驚いて当然だろうな)
ザハリアは心中で自嘲する。
戸惑うシド・ワークスに対して怒りなどは湧いてこない。
きっとラドゥも同じだろう。
そもそも実力は圧倒的にあちらが上なのだ。戦場の理屈で言えば、弱者である自分たちに憤る権利などないのである。
(年寄りの冷や水と笑うか? お前さんにとっちゃ俺らもそこらの一般兵とたいして変わらんだろうさ。だがな……)
だが、老人には年の功というものがある。
二人はそんな内心などおくびにも出さず、不敵に返した。
『このヒーステン伯爵家が元筆頭騎士ボリス・ラドゥ、老いたりと言えども、ひとたびゴリアテに乗れば未だ蓋世不抜の武士よ! 見てくれで舐めてくれるなよ、シド・ワークス!』
「ヒーステン伯爵家が元次席騎士ザハリア・スターク。俺とてかつては王国一のエールダイヤ乗りと呼ばれた男だ。退屈はさせねえからちょいと付き合いな」
二人の老兵は獣のように牙を剥いて嗤い、シドとロナに襲いかかるのであった。




