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第90話 苦渋の交代

「い、今の砲撃は……?」


 アルフレッドは困惑しながらも、汗びっしょりの手で操縦桿を動かし、その場から離脱する。

 胸がひどく痛い。

 バクバクと心臓がこれ以上ないほど鳴り響いているせいだ。

 呼吸も荒く、酸素がまったく足りていない。

 それでも手足は震えることなく、頭の中の冷静な部分の指示に従って正確に機体を操縦できているのは、さすがエースパイロットだと言えるだろう。

 アルフレッドは先程感じた悪寒、死神が背後からそっと自分の肩に手をかけてきた感触を思い返していた。


(わ、私はさっき死んでいた……)


 デブリ地帯から追い立てられ、シド・ワークスのエールダイヤに無防備な背中を晒したあの瞬間、何者かの妨害が入らなければ間違いなく自分は撃墜されていた。

 白馬コロニーでミサイルの直撃をくらったときは運良く機体が耐えてくれたから助かったが、今回はラッキーなど起こらない。

 撃たれていれば死神(それ)に連れて行かれていた。


「シド・ワークスは……友軍が牽制してくれているのか……。しかしあの数、どこの部隊が救援に……?」


 アルフレッドがモニターに目をやり周囲の状況を確認すると、シド(とロナ)はどこからかぞろぞろと現れた味方機から集中砲火をされ、追い回されているのが確認できた。

 どこから引っ張り出してきたのか、現行機のリージュ-36より一世代か二世代ほど旧型の機体ばかりが10数機がかりだ。

 エールダイヤへの命中弾こそないが、弾幕を張り、今のところ上手く対処している。

 反撃を受けるのも時間の問題だが、今のところはアルフレッドと引き離すことに成功していた。

 

「……手の空いているところなどないはず。――まさかっ!?」


 最初、参戦中の全部隊はどこも手一杯で救援になど駆けつけられないはずだと思ったが、アルフレッドの脳裏に閃くものがあった。

 それは総司令官から作戦開始前、このメイヌース会戦がある段階に入った時に出撃すると聞かされていた部隊だ。


(クソッ……我々はまだ……)


 正解に思い至り歯噛みする彼の元に、窮地から救ってくれた黒いエールダイヤから通信が入ってきた。


『よう、スカイ少尉。危ないところだったな。真剣勝負に水を差して悪いが、タイムアップだ』

「スターク大佐殿……」


 エメロード改のモニターに70近い老人の姿が映る。

 男の名はザハリア・スターク。数年前に退役したはずの元ヒーステン伯爵軍のエースパイロットである。

 最終階級は大佐。そして元騎士だ。

 色素が薄くなったブロンドの髪に白く細い眉。目元には皺がはっきりとあるが、鼻は高く、シュッとした顔立ちだ。

 タレ目が妙に愛嬌があり、若かりし頃は甘いマスクでさぞかし女性に人気があっただろう。

 そんな彼は、片頬をニッと上げた皮肉げな笑みを浮かべ、諭すようにアルフレッドに語りかけた。


『納得いかねえってツラすんなよ。お前さんもわかってんだろ? パラディアス殿下のラ・フィーユ・ビアンコは最終防衛ラインを突破した。俺らヒーステン伯爵軍の負けだ』

「…………」


 アルフレッドは目を伏せ、無言で操縦桿を強く握りしめた。

 ザハリアの言う通りだ。

 ヒーステン伯爵軍は既に半壊している。

 そのうえパラディアスにここを抜かれた以上、大将首は落とされたも同然。どうやってももう敗北は覆せない。


(自分にもっと力が……それこそシド・ワークスのような圧倒的な力があれば……)


 アルフレッドの心中に無力感と悔恨の念が溢れる。

 たった一人で戦局をひっくり返すなど夢物語。だが“彼”があの白馬コロニーで成し遂げた事は夢などではない現実だ。

 ならば自分の不甲斐なさは全て実力不足によるもの。情けなくて頭をかち割りたくなる。

 知らずに噛み締めていた奥歯が痛んだ。

 モニターの向こう、ザハリアは会話……いや、()()を続けた。


『現時点をもって本作戦はフェーズ2に移行する。残存兵は戦闘をただちに中止。既定の合流ポイントへ急ぎ向かえ。その間、王国軍は俺たちが引き受ける』

「ですが自分はヤツを……」

『死に急ぐんじゃねえ! お前さんは()()()()()ヒーステン伯爵家に必要な人材だ! 生きて仲間たちと共に御当主様をお支えしろ! それがお前さんの使命だ!』


 離脱せよとの命令に渋るそぶりを見せたアルフレッドをザハリアは一喝した。

 そして再びフッと小さく微笑み、キザな仕草で顎をクイっとしゃくった。


『……ほれ、部下の到着だ。隊長ならちゃんと面倒見ろよ』


 シド・ワークスと一対一で戦うからと離れてもらっていた部下たちがいつの間にか近くに来ていた。

 モニターに次々と部下の顔が表示され、『隊長!』と呼びかけてくる。

 どの顔も安堵の表情を浮かべている。アルフレッドの無事を喜んでいるのだろう。

 アルフレッドの唇が何かを押し殺すかのように真一文字に引き結ばれ、ややあってから開かれた。


「……了解しました。スカイ小隊、ただちに離脱します」


 絞り出すように告げた受諾の文言。

 無念に満ちたその一言を、ザハリアは我が子を見守る父親のような柔らかい笑顔で聞いていた。


『そうだ。それでいい。ここは俺たちに任せて行け』

「はっ! ……スターク大佐、ご武運を」

『『『ご武運を!』』』


 アルフレッドらは大先達へと敬礼をする。

 おそらくこれが今生の別れであろう。ザハリアとの通信は、彼の『おうっ』という返礼とともに終わった。

 望遠カメラの映像を確認すれば、シド・ワークスのエールダイヤが反撃に転じており、救援に駆けつけてくれた友軍機を落とし始めていた。

 もう時間はない。

 アルフレッドは部下に指示を出し、急ぎ撤退行動に入る。

 スロットルレバーを上げ切り、目標の合理ポイントへ。

 彼は最後に一度だけモニターに映るエールダイヤの姿を目に焼き付けた。


(……これで2度目の敗走。だが3度目は、無いっ! 次は決して引かないぞシド・ワークス! 例え刺し違えようとも必ず貴公を倒してみせる。それが貴公に討たれた仲間たちへの償いなのだから……っ!)


 そう決意を新たにしたアルフレッドは画像を閉じ、視線を前方に向けて加速に身を任せた。

 これより敗残兵となる彼らに待つのは虜囚の辱めではない。

 ここよりももっと酷く困難な戦場で戦い続ける修羅の道だ。

 アルフレッドはそれを潜り抜け、再びシドとロナの目の前に姿を現すことだろう。

 ただそれは、しばらく先の話であった。

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