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第84話 作戦コード「千捧一殺」

『さあ来い、シド・ワークス! この先へ進みたくば、我が第7艦隊の屍を見事乗り越え、この儂、バグダ・モーラーの首を取ってみよっ!』


 オープンチャンネルで流される伯爵軍第7艦隊司令官バグダ・モーラー中将の()()

 それと同時に、後方に座していた彼の乗艦である重級戦艦「ジェルマード」が周囲の護衛艦数隻と共に前進を始めた。

 戦闘に関してはAIらしく効率主義者なところがあるロナにとって願ってもない展開だ。


『あちらから前に出てきてくれるとは思ってもいませんでした。敵の抵抗が強く、指揮官を狙おうにも容易には踏み込めませんでしたが、手間が省けるというものです』


 悪い笑みを浮かべていそうな声色でそう言うロナ。

 彼女も彼女でジェルマードを撃沈する隙を窺っていたらしく、渡りに船だと喜んでいる。


「はぁ……はぁ……ロナ、どうする? このままジェルマードに突っ込むか……?」


 シドは短時間ながら密度の濃い戦闘により、額から汗が吹き出し、肩で息をしている状態だ。

 だがそのように疲労していても、モーラー中将の呼びかけを無視するという選択肢はない。――いや、絶対に無視をしてはいけないのである。

 ロナから言わせれば前時代的かもしれないが、今は戦場において「騎士道精神」という言葉が金科玉条のごとく尊ばれている時代だ。

 闘い合ったあとに形成不利だと撤退するのはいい。

 だが敵将からの決闘の申し出に応じず、一合も剣を交えずに逃げたとあれば、それは死ぬより不名誉だとされてしまう。

 こうなった以上、せめて1発はジェルマードに撃ち込まないと周りが納得しないし、シドの今後にも差し障りがでてしまうのだ。

 それがわかるからシドは言外に“嫌だなぁ”というニュアンスを含ませつつも、ロナにすぐジェルマードに突撃するのかと聞いたのだ。

 要は、「突撃するなら心の準備をするから先に言ってくれ」という意味である。

 だが、ロナは意外なことに、ちょっと待つようにと制止してきた。


『血気盛んなのは結構ですが、まあそう焦らないでください。「急いては事を仕損じる」という言葉もあるではないですか』

「えっ……どの口が……?」

『私()すぐにでもジェルマードを撃沈したいと思っていますが、敵の攻勢が激しく容易には近づけません。ここはまず通信で返答をし、敵艦が前線に出てくるのを待ちましょう』

「…………おう」


 普段の行動を顧みないようなロナの発言にシドは“はっ?”となるが、彼女の言う通り現在進行形で戦闘中である。言い争っても得はない。

 ここは大人しく言う通りにすべきだとシドは判断し、様々な文句を呑み込んだ。


「……で、何て言えばいいんだ? 普通に『覚悟するのはそっちです、バグダ・モーラー中将!』とかか?』

「そうですね……それが一番自然な感じでいいと思います』

「自然?」


 シドが小首を傾げる。


『バグダ・モーラーは《火牛》などと呼ばれていますが、このタイミングで無策のまま突っ込んでくるような猪武者ではありません。私たちを倒せるだけの作戦を必ず練っているはずです』


 敵将の性格もロナは事前に調べていたらしい。確信めいた言い方だ。


「罠があるってことか……?」

『はい、間違いなく。ですが、まだこちらがそれを悟っていると知られたくありません。なので返答は自然なものが望ましいのです』


 ロナはキッパリと「罠がある」と言い切った。

 シドは不安になる。

 これだけ大暴れしている彼女を仕留めだけの罠だ。シドにはちょっと思いつかない内容である。

 半ば無駄だとわかりつつも、一応はストップをかけるつもりで聞いてみた。


「危ないんじゃ……?」

『ええ、危険です。しかしシド、敵司令官がノコノコと前に出てくるのですよ。大チャンスではないですか。ならばいかな罠であろうともそれを食い破り、ありがたく首を頂戴するまでです!』


 やはりロナは止まりそうにない。

 ()る気に満ち溢れていて、声からもそれがよく伝わってきた。

 こうなった彼女はガンとしてやり遂げようとするだろう。

 シドはため息を一つ吐いて「わかったよ……」と項垂れた。


 ◇◇◇


『覚悟するのはそっちです、バグダ・モーラー中将! すぐに向かわせていただきますので、今のうちに胴体へ別れの挨拶を済ませておいてください!』

「カッカッカ、吠えたな小童(こわっぱ)が! この儂を舐めてくれるなよ? そうやすやすと落とせる首と思うでないわっ!」


 言葉の応酬を終えると同時に通信回線がプツンと切れた。

 それをしっかりと確認すると、重級戦艦ジェルマード艦橋の提督席に座るモーラー中将はチラリと背後に立つ男性に目を向ける。


「これでいいのか、参謀?」

「はっ、ありがとうございます提督」


 敬礼をして謝意を告げているのは、この第7艦隊の作戦参謀長だ。

 モーラー中将の長年に渡る腹心の部下の一人である。

 敬礼を解いた参謀は心底申し訳なさそうに、


「提督、このような作戦を提案し、弁明のしようもありません……。こんな……こんな……提督の命を引き換えにし、名誉に傷つけるような作戦を……っ」


 と俯く。

 モーラーは軽く首を横に振る。


「構わん。奴を討つにはそれしかないのであろう? 御家の為を思えば、このオイボレの命と名誉なんぞで足りるなら上等よ」


 何十年と座り仕事をし続けてすっかり小太りになってしまった腹をひと叩きし、口髭の生えた顔でニヤリと笑うモーラー中将。

 ロナの予想通り、やはり彼らは必殺の作戦を練っていた。それもとびきりのやつをである。


「それで……作戦コード『千捧一殺』だったか? ずいぶんと物騒なネーミングだな、参謀」

「はい、提督。これは元々、例え千人の兵士の命を犠牲に捧げてでも一体の敵を殺害することを目的に銀河連邦軍が考案したもので、マザー軍最悪の戦闘機である、かのマザーガードに匹敵するAI兵器に対処するために生み出された自殺戦法です。コード名も、それをそのまま使わせてもらいました」

「マザーガード級か……シド・ワークスはそれほどのパイロットというわけだな?」

「はい、間違いなく。この作戦以外で彼を討つのは不可能であると断じられます」


 姿勢を正して答える参謀。

 彼がモーラー中将に立案したのは、中将を囮とし、諸共にシドを葬るという、文字通り決死の作戦である。

 かつての銀河連邦がマザーの再来に備えて立案した数々の対AI用戦術。その中でも最大の脅威に対して用いるものを採用したのだ。

 そうでもしなければロナの操縦するエールダイヤは落とせないとの判断であるが、図らずとも彼のそれは正鵠を射ていた。

 そのマザーガードのパイロットであるロナが操縦しているのであるから、それに対処するレベルの戦法でなければ通じないのは道理であろう。

 参謀の選択はある意味で大正解だったのだ。


「なるほどな」


 モーラー中将は深く頷くと、広々とした艦橋にしては不自然なほど少ないブリッジクルーの面々に声をかけた。


「だ、そうだ。悪いが儂と共にあの世に付き合ってもらうぞ」

「「「はっ、喜んで!」」」


 返事をした全員が軍人としては晩年。退役寸前の熟練兵ばかりだ。

 参謀と同じくモーラー中将の長年の部下である。


「若い連中の退艦は完了したな?」

「はい、現在艦内には航行に必要な最低限の人員しかおりません」

「周囲の護衛艦も同様に乗員の退艦が完了しております」

「エンジン出力安定。航行に支障ありません」

「ビームバリアも正常に稼働中」

「主砲から機銃まで火器コントロール権を集約。砲撃は私が一任します」

「全艦異常無し。作戦はいつでも開始可能です、モーラー提督」


 次々と報告を上げる部下たち。

 戦艦の完全オートメーション化は条例で禁止されているので、戦艦一隻動かすのにも少なからず人の手がかかる。

 彼らはモーラー中将と一緒に死ぬ覚悟でこの場にいるのである。


「よしっ、あとはシド・ワークスが上手くこちらの策にハマってくれるかだが……」

「これまでの戦闘での動きから彼の性格を分析するに、シド・ワークスは重度のスタンドプレイヤーです。また、撃墜数(スコア)を稼ぐことにも執着している節がありますので、まず間違いなく食らいつくでしょう。先程の通信からもそれが感じ取れました」

「罠を警戒しないか?」


 当然の疑問を口にするモーラーだが、それは参謀も織り込み済みだ。

 澱みない口調で問題ないと答えた。


「彼も馬鹿ではありません。当然警戒をしてはいるでしょうが、この千捧一殺は当時の銀河連邦が敵AIの確殺を目的として作成したもの。一度発動すれば人間にもAIにも対処は不可能です」

「ならば作戦は継続だな。ここが儂の死に場というわけだ」


 モーラーはパンっと強く膝を叩いた。


「御当主様、この老黄牛最後のご奉公をどうかご見聞あれ! さあ勝負だ、シド・ワークス! 王国の新たな綺羅星よ! ヒーステン伯爵家の未来のため、この老骨と共に地獄へ堕ちてもらうぞ!」


 作戦開始はシド(ロナ)がモーラーの首を取ろうとしたまさにその時。

 猛将バグダ・モーラーは燃えるような瞳でエールダイヤが映る正面のモニターを凝視するのであった。

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