第83話 戦況優勢
「め、目が回るっ! 三半規管が捻じ切れそうだっ!」
『シド、もう少し我慢してください! 友軍艦隊が来てターゲットが分散されたとはいえ、まだ私たちを狙っている敵も多いです。今はまだ速度を緩められません』
「わかってる!」
コクピット内にシドの泣き言とロナの叱咤が響く。
追加された大型ブースターにより、通常時のフルブースト時よりもさらに速いスピードで戦場を飛び回るシドとロナのエールダイヤ。
執拗にこちらを狙う敵の銃撃を回避し続けているため、コクピットから見える外の光景は常に目まぐるしく上下左右に回転している。
いかにVRゲームで無茶な三次元機動に慣れている上、実戦でロナの操縦を何度も体験して経験値を積んできたシドとはいえ、流石にこれは脳の処理限界を超えてしまっていた。
(無理だ。味方の位置も自分の居場所も何もわからねえ!)
航空機のパイロットが飛行中に平衡感覚や、機体の姿勢や進行方向を知覚できなくなることを空間識失調またはバーティゴというが、今のシドの状態がそれだ。
例えレーダーに目を向けて現在地を認識しても、次の瞬間にはローリングしピッチダウンして、蛇のようにうねりながらターンをしているのだ。
さらにその間ずっとビームが横切ったりミサイルが爆発して光やら何やらで視界が明滅していれば、1秒後にはもう頭の中がぐちゃぐちゃになって、訳がわからなくなっている。
特に現在のような敵味方入り乱れる乱戦状態では尚更だ。
(クソっ、洗濯機の中の方がまだマシだろ、たぶん!)
せめて一時停止できれば落ち着いて確認できるかもしれないが、残念ながら現実にはポーズボタンが無いので振り回されるしかない。
生身でこの機動をやってのけ、瞬時に状況を判断できるのがトップエースと呼ばれる連中なのだろうが、シドにはとても信じられない世界である。
『機銃掃射5秒!』
「了解っ!」
シドにできるのは、ロナの操縦を信じ、全神経を集中して武器のトリガーを引くことだけ。
むしろこの状況で指示に遅れることなく作業をノーミスでこなせていることは賞賛に値するだろう。
本人に自覚はないが、シドもまた非凡な人間になりつつあるのである。
――とその時、ビーム機銃を真正面から受けて機体を破損させながらも、エールダイヤに迫り来る敵戦闘機の姿が見えた。
すかさずロナはその機体にビームガンの照準を合わせ、シドに指示を飛ばす。
『シド、ビームガン連射! 右10、左12発!』
迫り来る敵機のコクピットと機関部に1発づつビームを撃ち込み、ついでとばかりに周囲の敵にもビームをお見舞いして、一気に11機ばかりを撃墜する。
それを確認したあと、彼女は自らを戒めるように、
『くっ……命懸けで食らいついてくる。やはり後がない死兵はやっかいですね。雑兵一人一人に油断ができません。確実にトドメを刺さないと』
と口にした。
シドはそれを聞いて、いつもより余裕がない声だと感じる。
(ロナのやつ、焦ってはいないけど、かなり気を張っているな……)
敵も必死だ。かすり傷一つ負わずに敵の戦闘機や軍艦を落としているが、決して楽な戦闘ではないようである。
急旋回する機体に振り回されながらそんなことを思えるあたり、シドもなかなかだ。
なお、ロナはロナでその時、
(無理をして先手を取って正解でした。相手のペースで戦闘が進んでいたら、私たちはともかく、友軍の損耗が大きくなっていたでしょう)
他の味方を置き去りにし、単機で伯爵軍に先制攻撃を仕掛けて正解だったと思考していた。
ロナが無理をしてでもそうしたのには2つの理由がある。
1つは自己顕示欲の強い彼女の性格だ。
大戦果を上げてニュース等で取り上げられ、人々から称えられることは、人間社会に存在を許されない彼女の孤独感を癒す重要な手段である。
だから彼女は目立つためにいつも一対多の戦闘を進んでやっているのである。
そして2つ目は敵将の性格だ。
今戦っているヒーステン伯爵軍第7艦隊を率いているバグダ・モーラー中将は、《火牛》の異名を持つ猛将である。
宇宙艦隊による電撃戦をやらせたら伯爵軍随一と言われており、勢いに乗って攻められたら厄介極まりない相手だ。
だからこそロナは先んじて攻撃を仕掛けることで相手の出鼻をくじき、強制的に守勢側に回すことで敵の得手を潰したのである。
結果的に彼女のこの目論見は大成功だった。
もし仮に、文字通り死ぬ気で戦場に臨んでいる伯爵軍がモーラー提督の指揮で攻勢をかけてきていれば、王国軍の右翼部隊は崩壊こそしなくとも大損害を被っていたであろう。
だが現在の第7艦隊は反撃こそすれ防戦一方。次第に艦艇の被害も増えている。
『敵艦隊の損耗率が15%を超えましたね。ターキム侯爵軍の動きが思いの外よくて助かります。シド、あとちょっとで一息つけますよ。それまで気を抜かないでください』
『わかった、任せろ!』
シドの活躍に触発されたのか、味方であるターキム侯爵家の艦隊が強気で攻め立ててくれている。
侯爵家だけあって軍艦の質も良く、数も80隻と参戦している貴族家の中では多い方だ。
艦載機も他の傭兵たちと手柄を争うように活躍しており、伯爵軍の戦力は見る見る間に減っていた。
王国軍右翼部隊に配置されている他の少数貴族軍も、ターキム侯爵軍の影に隠れるように前進をしている。
形勢は完全に決したと言えるだろう。
ロナの言葉通り、あと少しでシドたちにも一旦後退して休憩する余裕ができそうである。
だがここで、敵方からオープンチャンネルで王国軍に呼びかける者が現れた。
発信元は伯爵軍第7艦隊の旗艦である重級戦艦「ジェルマード」。《火牛》バグダ・モーラー中将の乗艦である。
「嫌な予感がする……」
発信元の名前を見てシドが「うへぇ……」と嫌そうな声を漏らした。
やっとシェイク地獄の出口が見えてきたというのに、最後に一仕事ありそうな気配がしたのだ。
ニヤリとロナが笑った気がする。
『シドも勘が冴えてきましたね。喜ばしいことです』
「嬉しくねえよ……」
経験上、こういった時のターゲットは自分たちになるのだ。
シドがゲンナリとした気持ちでモニターに目を向ける。
画面に白髪混じりの老将軍――彼がバグダ・モーラー中将だろう、が映るのと同時にスピーカーから音割れせんばかりの大音量で荒々しい怒鳴り声が聞こえてきた。
『儂はヒーステン伯爵家が騎士にして、伯爵軍第7艦隊司令バグダ・モーラー! 聞こえるかシド・ワークス! これより貴様を討つ! 覚悟しろっ!』
年季の入ったしわがれ声だ。
日常的に声を張ってなければこうはならないだろう。
「猛将」と呼ばれるに相応しく、彼がずっと戦場で気炎を吐いて部下を鼓舞してきたことが窺える。
資料によると定年間際の65歳らしいが、こちらを見る目つきは燃えるように輝いていて、下手な若者よりも生気に満ち溢れていた。
そして残念ながらシドの予感は的中したようである。
『私たちをご指名ですか! いいでしょう、受けて立ちます!』
中将閣下に名指しされ「やっぱりか……」と肩を落とすシドをよそに、ロナの張り切った声がコクピットに響いた。




