第82話 伯爵軍の悪夢
宇宙を舞い踊るように飛ぶ銀白色の戦闘機。
尾翼に“月を背にしたパッチワークドレスの乙女”のエンブレムを付けたその機体を目にしたヒーステン伯爵軍は、己が運の無さを呪うと共に、一縷の望みをかけて銃火器のトリガーを引く。
『撃て撃て撃てェ! 頼む当たってくれっ!』
『ミサイル、ここで全弾撃つぞ! 後のことなんか知るかっ!』
対面に布陣する王国軍の中から先陣を切って飛び出してきたシドとロナのエールダイヤ一機に、ヒーステン伯爵軍は翻弄されている。
開戦と同時に大型ブースターを全開にして接近してきたかと思えば、両翼の先端にあるビーム砲で長距離狙撃。瞬く間に一機二機と伯爵軍の戦闘機を撃墜すると、そのまま迎撃射撃をヒラリヒラリと潜り抜けて前線部隊の中に飛び込んできたのだ。
開幕早々に算を乱された伯爵軍左翼部隊は大混乱になり、当初予定していた作戦行動は全てオジャン。
懐で好き勝手暴れまくるシド・ワークスの排除に追われることになる。
『ツイてねえ……よりによってパッチワークレディのエンブレムが付いたエールダイヤが来るなんてな……』
『チクショウが! 《白馬の死神》め、撃っても撃っても当たりゃしねえ! これが悪夢なら早く覚めやがれ!』
『泣き言漏らしてないで撃ち続けろ! 奴はたった一機なんだ! 落とせないわけないだろうがっ!』
『相手はあのシド・ワークスなんだぞっ! 一個艦隊の中に飛び込んでも無傷の野郎にどうしろってんだ!』
『それでも撃つんだよ! 乗っているのはバリアも付いていないロートル機なんだ! 当てれば落とせるんだよ!』
そう、シドとロナが乗っている戦闘機は「エールダイヤ」。中身は多少改修されているが、元は50年も昔に活躍した機体である。
追加の装甲とブースターにより性能が上がっているとはいえ、アルフレッド・スカイが乗っていた「エメロード」などと違い、バリアもワープも搭載していない旧式機だ。
それこそ基礎スペックだけなら伯爵軍戦闘機部隊の大半が搭乗している「リージュ-36」の方が上である。
無敵のチート機などではない。
当てれば落とせる普通の機体だ。
だからこそ敵パイロットにとっては残酷かもしれない。
技量の差がはっきりとわからされてしまうのである。
『命中弾無し! 繰り返す、命中弾無し! 嘘じゃねえ! 全部避けやがったんだ!』
『野郎、ミサイルを簡単に機銃で……っ! 人間やめてやがる……』
『帝国のバケモノジジィ以外にこんな芸当ができるやつがいるなんて……!』
『こちら第7艦隊! 司令部、至急増援を求む! シド・ワークスがここにいる!』
悲鳴混じりの通信を飛び交わす伯爵軍のパイロットたち。
彼らにしてみれば泣きたくもなるだろう。
エールダイヤに向かって持てる限りの兵装を撃ち込んでも、ロナは常に二手三手先を読んでおり、決して被弾をしない。
ただでさえ命知らずな速度で戦場を飛び回るエールダイヤに狙いを合わせるだけでも至難の業なのに、当たるかと思えたビーム弾もくるりとロールして華麗に回避し、ミサイルは機銃で撃ち落とされてしまう。
そして反撃も逐一正確で、並のパイロットでは回避行動すら取れずにコクピットへと直撃をもらい落とされていく。
さらに、縦横無尽に飛んでいるように見えて危うい位置は確実に避けてもいる。
こちらは100機を超える数で狙っているというのに、キルゾーンの形成すらできずに一方的に撃墜されていくのだ。
自分の命がかかってなければ早々に匙を投げるだろう理不尽さである。
『敵機接近! 敵機接近! ツギハギ野郎に狙われている! 誰か助け、うわあああっ!?!?』
『クソっ、ジャスパーが食われた!』
『嘘だろ……ジャスパー……』
『呆けてないで攻撃を続けろ! じゃないと味方が……ああっ、巡洋艦「ボルタン」が沈められちまったじゃねえか! 言わんこっちゃねえ!』
至近距離から放たれた大口径速射砲の一撃で伯爵軍の巡洋艦がブリッジを撃ち抜かれて撃沈する。
また一つ宇宙に爆炎が灯された。
戦闘開始からまだ5分と経っていないが、沈められた軍艦はこれで3隻目である。
言わずもがな驚異的なペースだ。
『バラバラに撃つな! 落ち着いて統制射撃を――ブツッ』
『隊長が落とされた!』
『味方艦隊の増援はまだか! ミサイルでもビームでも何でも構わないから、ありったけの弾を撃ってくれ! ヤツを奥に行かせるな!』
『こちらガズワーン。隊長に代わり指揮を引き継……ぐわあっ!?』
『ガズワーン中尉も落とされた!? バカな、指揮している機体がわかるとでも言うのか!?』
『ふざけんじゃねえ!』
少しでも連携のとれた動きをしようとすると、すかさずロナは隊長機を狙う。
効率重視のAIらしい戦法だが、やられる方からすればたまったものではない。
目をつけられたら最後。
まさにあの世へと導く死神だ。
一機、また一機と彼岸へと行き先を変える仲間たち。
いつ自分もあちらへ旅立つことになるのか恐怖するなか、伯爵軍の兵士たちはそれでも果敢に闘志を燃やす。
と、ここである戦闘機がエールダイヤの後方に回り込もうと動き出した。
『こちらシェーバー。布切れ野郎の背後に回り込む。支援してくれ』
パーソナルカラーであろう鮮やかなオレンジ色をしたリージュ-36に乗るパイロット。騎士ではなさそうだが、伯爵軍のエースパイロットの一人のようだ。
エールダイヤを挟み撃ちにしようというのだろう。状況を打開するには悪くない手だが、その動きを見逃すロナではない。
いち早く察知し、右肩の大型ビームランチャーの照準をシェーバー機へと向ける。
彼らとの距離は遠く、間には他の敵機もいたが関係ない。ランチャーにエネルギーが充填されていく。
気がついた友軍から警告が発せられるがもう遅かった。
『シェーバー、回避しろっ! 狙われてるぞっ!』
『なっ――!?』
エールダイヤから放たれる一条の光線。
開発当時から戦闘機には過剰な火力ではないかと囁かれるほどの出力。
軽巡洋艦の主砲クラスの破壊力が込められたそれは、途中に挟まれた敵機を薙ぎ払いながらシェーバー機を撃ち貫いた。
残光を追いかけるように巻き起こっていく爆発に、見ていた者たちは呆然とするしかない。
『嘘だろ……6機まとめて撃ち抜かれた……なんだあの馬鹿みたいなビームランチャーは!?』
『シェーバーが何もできずに……』
『これがシド・ワークス……俺たちヒーステン伯爵軍が目覚めさせた王国最強の戦闘機乗り……』
白馬コロニーに攻め込まなければ、彼が戦場に出ることもなかったのに。
そう後悔する暇もなく、伯爵軍の戦況はさらに逼迫していく。
後方の艦隊から警告が発せられた。
『全機警戒しろっ! 王国軍の増援……いや、第一陣か? ええい、どっちでもいい! 敵増援が来るぞ! 至急迎撃せよ!』
単機で突出したシドを追いかけてきた白馬ギルドの傭兵たちに、形勢良しと見て前進してきたターキム侯爵家の艦隊が前線に到着したのである。
キチンと隊伍を組んで待ち構えていたならともかく、エールダイヤ一機にさんざんに乱された状態の今の伯爵軍で相手取るには極めて厳しい。
王国軍の艦隊による射撃が始まると、伯爵軍は面白いように被害を増していった。
……が、そんな最悪の状況でも伯爵軍の兵士たちの士気は落ちない。
それどころか、ますます戦意を燃えたぎらせているようだ。
『ちいぃぃぃっ! 挫けるな、ここが踏ん張りどころだぞ!』
『負けずに撃ち返せっ! ヒーステンの意地を見せろ!』
『シド・ワークスには遅れをとったが、貴様らにまで負けてたまるか!』
通常なら崩壊しているような場面でも、ヒーステン伯爵軍は退く様子を全く見せない。
彼らの後ろにあるのは伯爵領の本星。
ここは彼らにとっての背水の陣だ。
元より後退という選択肢はないのである。
『決めたっ! 生き残ったら絶対あのクソ野郎のチャンネルを荒らしてやるっ!』
『俺も付き合うぜ、戦友! 何度BANされても粘着してやるぞ!』
『俺たちの怒りを思いしれ、シド・ワークス!』
死を覚悟した兵士ほど恐ろしいものはない。
やはり一筋縄ではいかない戦いになりそうである。




