第81話 パラディアスの演説
『諸君、目の前に広がる軍勢を見よ。あれに居並ぶは、敬愛する姫君を傷つけられ、復讐に燃える誇り高き騎士たちである。国家という強大な敵にも臆さず、敗北よりも死よりも、主君の名誉のために立ち上がった真の忠臣たちである。……なんと美しく気高い姿であろう。余は彼らに畏敬の念を抱いてやまない』
エールダイヤのスピーカーからパラディアス王子の演説が聞こえてくる。
王国軍全体に向けられた開戦前に行われる戦意高揚のためのスピーチである。
声量は大きくない。
だが、張りがあって伸びやかな彼の声は耳にスッと入り、情感たっぷりに告げられる言葉は自然と心に沁み入ってくる。
一国の王子としての訓練の賜物だろうか。
たった数行分のセリフで、王国軍全員がこのスピーチから耳を離せなくなっていた。
シドもその内の一人だ。
意識せずともしわぶき一つ漏らさないように呼吸を鎮め、王子の演説を真剣に聞いていた。
いつも賑やかな他のギルドメンバーもそうなのだから、パラディアス王子はさすがの器量である。
ロナも空気を読んでか茶々を入れずに無言であった。
『それに比べ、彼らと対峙している我々はいったい何者であろうか? 悪辣なる咎人の手先か? 物語の悪役か? 正義なき国家の走狗か? 否ッ! 我らとて正義がある! 戦火を恐れ震える善良なる市民のために示すべき正義がっ!』
パラディアスの声に力が入る。
謀反を起こした敵を褒め称えるという意外な出だしから始まったパラディアスの演説だが、ここから自分たち王国軍――体制側の正当性を主張するようだ。
この演説は非常に重要である。
現在、追い詰められて後がないヒーステン伯爵軍に比べて王国軍の士気は高いとは言えない。
いや、ギュンター王子の一件から心情的には伯爵軍に同情している者も多いことから非常に低いと言ってもいいだろう。
このままではいかに王国軍が数で勝っていても、満足にパフォーマンスを発揮できず、敗北する可能性も大いにある。
ここでいかに将兵の気持ちを戦いに向け、勝利に繋げられるか。パラディアスの手腕が問われているのである。
『彼らは、ヒーステン伯爵家は、武力により正義を示さんとした。他家の領土を侵し、火と血により怒りを表したのだ。あぁ、まこと正義の行いである! しかし、これに巻き込まれる無辜の民草を誰が守るのであろうか? ――我らである。国民の命を守る事こそ軍人の使命! 暴力により世に知らしめんとするヒーステン伯爵家の正義から、市民の生活を守るのが我らの正義である! 安寧を願う全ての王国民のために、我らはヒーステン伯爵家を誅し、彼らの暴走を止めてやらねばならん!』
パラディアスはこの戦いの意義を「国民の生活を守るため」と断言した。
これには聞いていたシドもハッとするものがあった。
彼もヒーステン伯爵家の突然の侵攻により迷惑を被った白馬コロニーの住民の一人である。
平穏な日常をいきなり崩したあのサイレンはいまだにトラウマだ。
あれからシドの人生は当初の予定から大きく狂ってしまった。
それに、偶然だか奇跡だかでロナが防衛戦に加わったことにより撃退に成功したが、もし仮にあのまま伯爵軍が侵攻を続けていたら両親が住むシャモニー子爵領本星にまで戦火が及んでいたかもしれない。
……シャモニー子爵軍の弱さを考えるとまず間違いなくそうなるだろう。
そのせいで両親に何かあったらと想像するだけで背筋が凍りつく思いがする。
こんな思いを誰かにさせないために戦うのは、パラディアスの言う通り「正しい事」なのだろう。
(そうか……俺にも戦う理由があったんだな……)
ほぼ成り行きで参戦していたシドだが、この演説を聞き、初めて伯爵軍と戦う理由を見つけたような気がした。
家族や友人を守るため。そして自分の人生設計をメチャクチャにされた個人的な恨みである。
向こうのお姫様も人生を狂わされたかもしれないが、自分だってそうであるし、なんだったら殺されかけてもいるのである。
シドも被害者の一人、怒る権利はあるのだ。
『ここに余、パラディアス・ベネディクト・アルプは諸君らに命を下す! か弱き国民の守護者として、この叛乱を鎮圧せよ! 誇り高き騎士である彼奴らに名誉の死を! 軍人の本分を果たすのだっ!』
これを言ったのが他の王族であれば誰の心にも響かなかったであろう。
しかし彼は《海賊殺し》のパラディアス。
国中を私設艦隊を率いて海賊を退治して回り、国民の安全に貢献してきた男である。
その彼が「国民の守護者」たれと命じているのだ。
パラディアスの演説が終わった一拍後、怒号のような大音量がスピーカーから流れてきた。
『ウオオオォォォッ!! ソリスティア王国軍万歳! パラディアス殿下万歳! 我らが守るべき国民に再びの安寧を! ヒーステン伯爵軍の将兵に名誉の死を!』
『『『ソリスティア王国軍万歳! パラディアス殿下万歳! 我らが守るべき国民に再びの安寧を! ヒーステン伯爵軍の将兵に名誉の死を!』』』
声を揃えて何度もこれを繰り返し叫んでいるのは王国軍の兵士たちだ。
あらかじめ仕込んであったセリフなのは間違いないが、聞いていると頭がフワフワと熱に浮かされ、胸の奥から高揚感が湧いてくる。
今なら喇叭の音で勇ましく突撃する大昔の歩兵の気持ちがわかる気がした。
モニターの画面に映る他のギルドメンバーの表情を見れば、ミュートになっているので音声こそ入っていないが、何人かは雄叫びを上げているのがわかる。
演説は大成功のようだ。
『今こそ決着の刻であるっ! 全軍、作戦を開始せよっ!』
『『『イエス、ユアハイネス!』』』
兵卒らの興奮が最高潮に達した理想的なタイミングでパラディアスの号令がかかる。
それを受け、即座に大軍が動き出す。
いかに上手く大軍を統率できるかは将軍の器にかかっているが、パラディアスのそれは熟練の将に匹敵するようだ。
おそらく、こと軍才にかけては彼が王族で最も優れているのであろう。
王国軍の戦意がすこぶる旺盛になったことで、この戦いの趨勢はほぼ決まったようなものになった。
◇◇◇
『シド、私たちも動きますよ』
演説中ずっと無言だったロナが声を発した。
それと同時にエールダイヤのスロットルレバーが動き出し、通常のブースターのみならず追加の大型ブースターにも火が点る。
グンッと普段とは比べ物にならない出力で速度メーターが跳ね上がり、エールダイヤは先陣を切る形で王国軍の隊列を飛び出した。
『まずは作戦に従い、アイハム・アル=イブンら地上部隊の降下ポイントを確保します。シド、準備はいいですね?』
早くも伯爵軍の前線部隊に照準を合わせたロナが問いかけてくる。
目下の作戦目標は後方に待機している味方地上基地攻略部隊を惑星に降ろすためのルートを確保することだ。
地表にある軍司令本部を制圧するための重要な任務である。
シドはしっかりと操縦桿を握りながら「当然だ!」と答える。
『よろしい。――私も彼らとは目覚めた時からの因縁があります。今日ここでスッパリと幕を引いてやりましょう』
「……俺、さっきの殿下の言葉で自分も被害者だったってことを思い出したんだ。これで最後だってんだったら、俺の人生をメチャクチャにしやがったアイツらに思う存分この怒りをぶつけてやる」
前方の伯爵軍を見据え、真剣な表情でそう言うシド。
プロゲーマーである彼がこうして戦場にいるのも、(本人の愚かな行いを抜かせば)ほぼ全て伯爵軍のせいと言える。
あのコロニー襲撃の日から始まった因縁に決着をつけたいのは彼も同じなのである。
だがここで、ロナは念のためにと確認してきた。
『……ところで、私とアナタがこういう関係を結べているのもヒーステン伯爵軍があの日に攻めてきたからなのですが、そこはどうお考えですか?』
「……そこだけは感謝してるよ、ちゃんと。……てか、今それを聞くかっ!?」
『フフフッ、大事なことでしたので。さあ、カウントいきますよ』
「あーもう、調子が狂うだろうがチクショウ!」
ロナは満足げに笑うと伯爵軍の戦闘機にビームの照準を合わせてカウントダウンを始める。
シドは答えるのが照れ臭い質問に少し気勢を削がれたが、文句を言いつつもすぐに気を取り直してトリガーに意識を集中をしたのだった。




